文章を書くことはしょっちゅうあるものの公開しないまま埋もれていく文章がたくさんあるため、この種の話って前アップしたっけなーとわからなくなることが度々ある。みんなそうかもしれんね。書いては消し、書いては消し…を繰り返してますという話はしばしば聞く。全部公開してしまえればよいのだが現実としてはそうはいくまい。羞恥心とか社会性とか様々なものがあり、それらが自由な開示を阻むのである。つっても阻まなければなかなかえらいことになると思いますけどね。これは別に俺の知られざる文章が攻撃性に満ちているという話ではない。至って普通…ではないかもしれないが、まあみんなもそんなものなのではないか。知らん。

今日外食をしてだな、隣が男3女3の団体がいてだな、ビジュアル系ぽい格好をしている金髪の女なぞもいて最初はぎょっとしたものだが、はしゃいではいたものの声を抑えようという意識は感じられたし、総じてなかなか好感が持てた。その金髪の女は店員さんにもえらく低姿勢であり、気も利き、ああこのような誠実な女性の精神ほど現代では切迫され磨耗しているのだなと想像するのはいささか単純すぎるだろうか。ビジュアル系方面の子はどこかしら病んでいる部分があるというのは偏見が過ぎるだろうか。これはちと経験則すぎるのだよな。狭い世界で見てきたことなので、正直よくわからん。とかとか言いながら俺もビジュアル系は結構好きだがコスプレしたいとは思わんし、病んでいるとも思わん。一般的な意味での偏屈だとは思うが、とは言えだいぶ社交的ではあるし、実は結構好意を持って人に接しているし、うーん俺のような人間に全く会ったことがないから変な個性の主張とか矜持とかではなく一般的な意味での客観的視点として俺はかなり特異なのではないかと思っているが、その客観は実は客観性が乏しく主観が多分に入っていて俺をよく知る人物から見ても俺はどこかに類型されるプロトタイプなんちゃらなのかもしれん。別にそれでも良いけどな。自分の個性って何だろう?とかこれまであまり考えたことなかったけど心底どうでもいいな。自己承認さえちゃんとできてれば、資質がキチガイだろうが凡夫だろうがどうにでもなるはずだ。