教えてもらって出来る(使える)ことと、覚えてできる(使える)ことがある。
人が最終的に知りたいことは、だいたい覚えてできることだと思う。
教えてもらって意味のあることと、教えてもらっても意味のないこと、その現実を受け入れられなければ先に進めないと思う。
正確に言うと、意味のないことはない。
教えられただけでは使えない、使えるようにならない、という意味では教えてもらっても意味がないということ。
自分で覚えないといけないということ。
人がひとに教えてもらえる内容はあさい。
ふかい内容は自分でつかむしかない。
ふかくなるためにふかいひとの話を聞いたり、態度を見たりしたい。
そこにはヒントがたくさんあって、それが自分にとって新しいものだったら、自分は変化できるかもしれない。
自分が持っているものと同じようだったら、自信が深まるかもしれない。
変化していくためには、痛みをともなう。
それを人は嫌う。
時間がかかったり、身体に負担がかかったり、精神に負担がかかったり。
おとなになればなるほど嫌う。
お利口になっちゃうから。
ぼくは、ばかになりたいと思うときがあった。
純粋と言ってもいいかな。
余計なことを考えず、ただ求めることができる自分になりたかった。
ブレーキをかけずに。
ただ求める、というのが難しい。
痛いから、ただ求められない。
痛くないように求めたい。
でも、それでは人と同じ。
少しだけでも人と違わないと。
生まれ持った、ささやかな才能の違いしかない。
ふかみに辿り着いた過程がなくて、自信につながらない。
ふかいひとの価値観に共感できず、または理解できず自信が持てない。
上が見えない。
上にいけない。
見えないところを知っているひとに教えてもらいたいのは・・・
その見方。
なにをしたら知らない世界が見えてくるのか。
考え方。
なにかができるようになるには、どんな考えのもと、どんなやり方で自分を痛めればいいのか。
痛いのは避けられない。
でも、ムダに痛いのは嫌だ。
痛かったのに、方向が違っていたらつまらないから。
教えてもらいたい。
じぶんはそう思うから、人にもそういうものをあげたいと思う。
価値観が変わるようななにかを。
わかりにくい内容を、できるだけ簡単に受け取ってもらえるように最善を尽くしたい。
その人から自発的にテニスパワーが出てくるように。
テニスは役割が分担されていないし、攻めと守りもわかれていない。
そういう部分で、内容は複雑だと思う。
そういうスポーツは難しいし、プレーが成り立つレベルにすることは簡単ではないと思う。
そのプレーヤーが自立していて、向上心が正しい方向に向くことが、一番の近道だと思う。
教えてできることでは、近道にのれない。
ヒントを受けるひとの価値観こそ、近道への近道だと思う。
教えてもらってできることは、あさい。
ふかいところを、上を見たければ自分で・・・
その手助けをどこまでスムーズにできるか。
テニスは理屈だ。
人の向上は理屈ではない。
にんげんだもの![]()






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