飯田裕久です。
7月28日(木)
9:00 A5クラス
10:30 A4クラス
以上、お休みさせて頂きます。
代行を担当するコーチは、石川コーチです。
宜しくお願いします!
P.S.
プライベートレッスンをお申し込み頂いたSさん!
申し訳ありません!
また宜しくお願いします!!
飯田裕久です。
7月28日(木)
9:00 A5クラス
10:30 A4クラス
以上、お休みさせて頂きます。
代行を担当するコーチは、石川コーチです。
宜しくお願いします!
P.S.
プライベートレッスンをお申し込み頂いたSさん!
申し訳ありません!
また宜しくお願いします!!
さくらいです。
とりました。
かかった時間は1時間半くらいでした。
ひょうたん型で取りにくかったそうです。
でも、取るときはまったく痛くないです。
帰ってきて、まさしく今、
笑えない![]()
おなかが弱いもので、薬をできるだけ空腹で飲みたくないのですが・・・
我慢できずに飲んでしまいました。
明日からは腹痛です。
もう3時間たつのに血も止まらないし、痛いし、どーしょもないですね・・・
我慢!
テニスと一緒です。
じいちゃん一押しのほうれん草を食べてはやく治そうと思います![]()
テニスになんのスピードが重要なんでしょうかね?
テニスに必要なスピードはなにがあるでしょうか。
パッと見、ボールのスピードがはやいと強そうに見えますね。
足がはやいと強そうに見えます。
この2つは、わかりやすいものです。
強そうに見えるということが、わかりやすいですね。
では、
ボールのスピードと足が遅いと強くないということになるのか。
どうなんでしょうね。
スイングスピード、フットワークのスピードはどうでしょうか。
必要なはやさです。
なにに使えるのか。
それらがはやいとなにができるのか。
こういうのがはやくても、強そうに見えるかどうか。
強さがわからないひともたくさんいるかもしれませんね。
判断のはやさ、決断のはやさなんかは?
なにに使うのか?
外から見ていても、それらがはやいかおそいか、わからない場合もあるかも。
なんで強いかわからないひととか、こんなことがはやいのかもしれません。
そもそもスポーツの実力は、すべてのスピードによります。
おそいやつは弱いのです。
うえのように考えると、どうやって高めたらいいのかわからないことか、頑張らないと高まらないものしかない。
よって、頑張るしかないといういたってシンプルな結果になります。
自分がどのスピードで相手を上回って勝つのかを考えるんですね~。
それはそれは楽しい作業です。
自分の遅いものをうまくごまかして、はやいものが目立つようにプレーし続けられたら![]()
その逆になると![]()
え~、
これは、ショットがコートに入り続けるひとのはなしです。
入るか入らないかわからないひとは、まず入れましょう。
自分が試合に出たらどうなるかを考えています。
出ないのかと、声をかけてくれるひとがいるので・・・。
走るの遅い、スイング遅い、判断遅い。
だから追いつけない、ベストショット打てない、きっちり決められない。
体力ないのはしょうがないとして、勝てそうな気がしません。
なにかをなんとかしたら試合になるかなぁ![]()
足が間に合わない展開にならないようにね、したらいいわけですな・・・。
簡単です!
でわ、
不定期な思いつきから![]()
さくらいです。
頑張るとはどういうことなんでしょう??
頑張るってなにを?
がんばれるものと、がんばれないものがあると思います。
正確には、頑張り方が簡単なものと難しいものがあると。
たとえば、
走ってる人に「がんばれ~」って言ったら、走ればいいわけですよね?
それも微妙な場合もあるかな・・・
マラソン選手にがんばれと言って、がむしゃらに走ったことによりへばって後半逆転負け、
ということにならないように今はがむしゃらに走らないことが頑張るということなのか。
本人と見ている人とでギャップがありますね。
本人は勝つために走っているわけで、その目標に向けて頑張っているけれど、見ている人にはその瞬間は頑張っているようには見えないかもしれない、と。
やることが単純であれば頑張ることが簡単なものだということで、複雑であればあるほど頑張ることが難しいものだと思います。
テニスはどうでしょうか。
練習がんばって!
と無責任に人は言います![]()
そう、無責任に。
そこで疑問がでてきます。
がんばってというのは、テニスをたくさんプレーしろということなのか、
試合に勝てるようにということなのか。
そんなことの答えはわかりきっていますね。
そこで疑問が。
なにを頑張ればいいのか。
その答えもわかっています。
自分で決めるんです。
これはつまり、頑張るか頑張らないかを決めるということですね。
勝てるように努力しないということは、がんばれと無責任に言ってくれた人の言葉に応えないことになります。
ところで、頑張ることくらい誰にでもできると思っている人もいます。
ぼくはそうは思っていません。
複雑なことについて頑張ろうと思ったら、その内容をある程度深く理解することが大切です。
よくわからないものをどうやって頑張るのか。
場合によっては、自分が希望する変化の逆方向に向かってしまうこともあります。
がんばろうと思ったら、具体的にどうなれば頑張ったことが報われるのか、を想像したいですね。
また、そのために必要なことを理解したいです。
それではじめて、頑張る内容が見えてくると思います。
これは、
ぼくのやり方。
というか感覚。
ただ言われるがままにやる、という方法もあると思います。
それ以外にもなにかあるかも。
言われるがままにやる場合、言っている人が正しいことが必要条件。
当たり前ですね![]()
いや、当たり前ではないかも・・・
だいたい正しいか正しくないかの明確な答えはありえない。
とくにスポーツや芸術などにおいては、どんなに当たり前と思えることでも正しいとは言い切れないと思います。
そういうカタイ頭になりたくないという自分の願望も込めて![]()
言われるがままにやるという人側からの見方では、正しいことを言ってくれていることを望みます。
これについてはある程度当たり前。
でも、正しいか正しくないかの答えがありえないということから、間違っていたとしても断固として言ってくれるならば、道を示してくれたという意味では有難いことです。
それがおおむね正しいかもしれないということは、ベターということで。
それでも、
言う側は明確な正しい答えを持っていなければなりません。
というか、
ぼくは言う側であることが多い立場なので、その内容について「正しい」ことを求めなくてはいけません。
これまた、矛盾ではありません。
正しいことは正しいです。
でも、
正しいとか正しくないとかいうのはナンセンス。
とくに、スポーツにおいて。
口でいうのは、ですよ。
勝ったやつがすべて正しいということは絶対です。
残念ながら・・・![]()
それから、たとえば、その内容に価値があると判断できるものがあれば、それは正しいです。
これは、結局それぞれの価値観。
それでいいんですね。
頑張ることは、誰にでもできることです。
一転、誰にでもできると。
複雑な意味での、というか深い(浅い)意味でのというか・・・
うえで言っているようなことは、ベストな結果のみを求めた人間らしくない考え方だと自分は思っています。
ロボット思考・・・
ぼくらは人間なので、がんばればがんばれます。
結果だけにこだわる必要はないし、良い結果でなくても自分を評価できます。
自分に自信を持っていいし、人は自分を認めてくれます。
自分が過去最高にがんばったと思えたり、人と比べてがんばっていると思えたり、そういうのでいいと思います。
たかがそんなことでも、自分にとってはこんなこと。
がんばっているんだ!と言えます。
方向が違ったらただ負けるだけ。
・・・。
スポーツは最高です。
すべてを与えてくれます。
このくそ暑いのにわざわざ汗だくになるモノ好きがいるほどに。
心おきなく頑張りたいものですね。