時の流れのままに | ジョイントツリー(joint tree)の『よおきたね』ブログ

時の流れのままに

先日、田舎の幼馴染のダチSが電話をくれて、
先日行なわれた、
おれが、行けなかった小学校の同窓会の
写真が見れるサイトを教えてくれた。

パスワードを入力して開く。

ズラズラっと並ぶ懐かしい写真。

便利な時代になったもんだ。
小学生当時は、先生が撮った写真を
廊下に張り出して、
欲しい人は番号を書いて焼き回しして貰ってた。

皆が全部の写真を買う程リッチではなく、
買うのは大抵、自分の写ってる数枚。

今は便利で、全部見れるし、
離れててもアップしたら直ぐに見れるし、
直ぐにゲット出来る。

まぁ、話を元に戻すと、
そこには懐かしい顔ぶれ。

歳を重ねても、その人間が持つ特長は変わらない。

ただ、名前が出ない。
何となくは浮かぶけど。

懐かしい担任の先生の写真もあった。
おれは写真の中の先生の目ん玉を覗き込む。

汚れの無い、あの時のままの真っ直ぐな瞳。

熱血教師だったそのままの瞳。
先生を取り囲む同級生の笑顔。

懐かしさを感じながら、
反面、汚れた自分を感じる。

みんな故郷に住んでる。

おれはハタチで上京。

その間の20年間。

生きるために色々やった。
汚い事も、恥ずかしい事も。

体験した様々な思い出。
おれを形成した20年間。

勿論、小学生時代もおれの一部。

今、「何をやってる?」と尋ねられたら、
「おれは歌を歌ってる」と答える。

これ以外、特に誇れるものなど無い。

あと、「嫁と幸せに暮らしてる」と答える。

結局、おれは、地位も名誉も、財産も名声も、
何も手に入れてはいない。

ただ、それが自分の証明になりはしない事を
一回りも二回りもして気がついた。

写真に目をやると
同級生の笑顔が眩しい。

こいつら、真っ直ぐに生きて来たんだろうな。

実際、それぞれが
何を背負っているかなんてわからない。
何をやって来たかも知らない。

みんな笑える程、老いてる。
しかし、おれから見て、みんな美しい。

玉手箱を開けたように感じる。
肌、シワ、髪、
時間は人に渋みを背負わせる。

それはおれも同じ。
当時のおれを知る人は「太ったな」「逞しくなったな」と、思うだろうね。

当時はひょろひょろだったからね。
ははははは!

写真の中に、
かつてのド不良と、真面目な奴らが方を並べて笑ってる。

不思議な光景に見えるが自然な感じ。

時間は確実に、
当時のわだかまりを壊してた。

女性陣もみんな美しい。

知ってる姿は中学生の時のままだから、
確実に女になってる。

野郎よりも不思議な気がする。

改めて、みんなそれぞれが背負ってるんだなと、
彼女達の瞳の中から幸せと悲しみが見える。

当時は同級生の女子よりも、
好奇心旺盛な自分の性欲が勝り、
同級生より、年上と付き合ってた自分。

中学生の頃、
飲み屋のねーちゃんとかに甘えてた自分。

当時は同級生の女子は女では無かった。

だから同級生は彼女にはなりえなかった。

やはり、今の姿を見ても、
恋と性の対象には思えない。

何だろ?不思議な当たり前な この感覚。

写真の中の女子は、
ただ、ただ、美しい。

今話すと、また新しい印象が生まれるのかな。

写真を見ながら、
心から、参加すれば良かったと後悔。

あの輪の中に入りたかった。

アルバムの中に、
参加してない自分の実家のお店の
看板の写真が混ざってた。

写真をアップしたのが誰かは知らないが、
この時間の鱗片に、おれの存在を加えてくれてた。

何か嬉しくなる。

感謝。

それを見て、自分に帰る。

やはり、おれは汚れた。

しかし、生きてると何かしら汚れてしまうものかも。

離れてるから特に感じる。

おれのやりたかった事、。
これからやりたい事、
小学校の担任が望む未来とは
大きくかけ離れてる気がする。

写真を見せて貰えた事に心から感謝。

みんな本当に美しい。

若い時より美しい気がする。

生きるって凄いな。

もし皆と会えるなら、
胸を張って笑顔で応えたい。

人は仕方ない事を沢山背負って生きる。

生活、人間関係、責任、煩わしい全部。

そういうものを突っ払える一時。

みんな本当美しい。

いつまでも元気でいて下さい。

PEACE♡