僕がいつまでたっても返事をしないので諦めたのだろう。


いつの間にか弦巻も無言になっていた。


重い沈黙だけが部屋を支配していた。



僕はのろのろと、視線を壁にかけられた水彩画へと向けた。


時間の流れと共にそれは色褪せていたが、


絵自身が持つ力強さはまったく失われていないようだった。




遠山さん・・・




結局、僕が埋めた彼女の遺体は誰にも見つかることはなかった。


彼女はおそらく今も行方不明人として扱われている。


冷たい土の中で、彼女はいつまでも眠り続ける。




僕と彼女は面識がない。


だから僕は警察の事情聴取なども受けることはなかった。


そう、僕が彼女を知っていることは誰も知らないはずだった。




では何故。


何故この絵はこの部屋にあるのだろうか。




僕は胃の底が冷たくなるのを感じていた。


僕らをここに閉じ込めた犯人は、


僕と彼女のことを知っているということだ。




気のせいだろうか。


どこからか見張られているような、


じっとりとした視線を感じる。


僕たちを閉じ込めて、


一体どうしようというのだろう。






ああ・・・そうだ。


弦巻を巻き込んでしまった。


視線を、絵から管へと移す。


おそらく犯人の狙いは僕だ。


たまたま一緒にいた弦巻を巻き込んでしまった。


悪いことをしてしまった。




弦巻は、


特に何のとりえもない僕を慕ってくれる、


貴重な存在だった。




管の向こう側で、


何も知らない弦巻は、


今、何を考えているのだろうか。


僕は、初恋の人を土に埋めた。




遠山 馨。




この水彩画を描いた女性。僕の初恋の人。




彼女の描く絵を文化祭で初めて見て、衝撃を受けた。
幻想的で官能的な絵。全体的に暗い色調だが色彩は豊かで
見ていて飽きない。



この絵を描いたのはどんな人だろう。
この人とどうしても会わなければならないと衝動的に思ったのを今でも覚えている。




その後度々美術室を覗いてみた。
絵を描いてる女性がいた。
彼女があの絵を描いた人だ。
すぐにわかった。



黒いストレートの髪と白い透き通るような肌を持ち、
大きな黒い瞳がとても印象的な女性だった。
普段はほとんど話すことはなく、独りで自分の空想に耽っているような感じの人だ。

かなり不思議でミステリアスな人だったが、
僕はそこにとても惹かれた。



1年年上の先輩だったので、ほとんど会えるチャンスがなかったので、
美術部に入りたかったのだが、奥手で小心者の僕は、
彼女を目の前にしてまともでいられる自信がなく、入部を断念した。
偶然会えたときに、遠くから見つめるぐらいしかできなかった。



大げさだけど、僕は彼女に心酔し、彼女を崇拝していたのかもしれない。



一度プライベートで彼女を見かけたことがあって、
思わず後をつけてしまったことがある。
彼女は、山の中にある公共のキャンプ場についくと手馴れた様子で、
絵を描く準備を始めた。
どうやらここで、絵をよく描いてるらしかった。


そのとき、声をかければ少し何かが変わっていたのかもしれない。
仲良くなって、側にいられたら・・・今とは違う未来があったのかもしれない。



結局一度も話すこともなく、彼女も僕の存在に気付くこともないまま
半年の月日が流れた頃、彼女が行方不明になったというニュースが学校に届いた。



土曜日に出かけたきり、家に帰ってないという。
犯人から身代金要求がないところを見ると誘拐でもなく、
また彼女が家出をするような気配もなかったため、
事故もしくはなんらかの事件に巻き込まれた可能性があるとして、
地域住民も含めて、一斉捜索が開始された。



もちろん、僕も彼女の捜索に協力した。
「彼女がいなくなった。」
あのときほどの不安感は後にも先にもない。
今彼女がどういう状況に陥っているのか、なんの情報もないのが、
余計に嫌な想像を膨らませる。




僕は、放課後すぐにある場所に直行した。
そうキャンプ場だ。彼女はあそこで絵を描いていた。



僕の読みは当たっていた。
いつもの場所に画材道具が一式放置されていた。
ただ彼女の姿がない。




「遠山さん・・・?遠山さーーーん!!」



僕は名前を呼びながらあたりを探した。
すぐ側はゆるやかなくだり斜面になっていて鬱蒼と木々が茂っている。
僕はその斜面を上から眺めた。





白い足が見えた。





見たくない。
僕は見たくない。




瞬間的にそう思った。
時間が止まったように感じた。




どんな現実が待っていようとも受け止めるだけの覚悟を
持つまでに時間がかかった。

僕は、斜面をずるずると滑り落ち始めた。
彼女は岩陰に隠れて膝下しか見えない。




「遠山さん・・・?」




僕の呼びかけに返事をしない。
そっと岩陰を覗き込む。




そこには、衣服を引き裂かれてほとんど全裸に近い状態で、
横たわる彼女がいた。

ひどい暴行を受けたのか顔や体中に青痣があり、
乳房と性器と彼女の右腕が切り取られ、血まみれの状態で
目を見開いたまま絶命していた。




この彼女の悲惨な最期の姿を見た僕はまた瞬間的に思った。





こんな姿・・・こんな事実・・・誰にも知られたくない。




辱められた上に、こんなひどいやり方で殺されたなんて!
こんな形で人生を終えなきゃいけなかったなんて!




誰にも知られたくない。





僕は、衝動的に穴を掘り始めた。
無我夢中だった。
泣きながら・・・でも誰にも見つからないように声を押し殺して
穴を掘った。





彼女を埋めた。
画材道具も一緒に埋めた。




本当は全部埋めなくてはいけなかったのだが、どうしても一つだけ
彼女との思い出が欲しくて、僕はポケベルについていたキーホルダーを
もらうことにした。
戦利品を持って帰る犯人と同じようで嫌な気分にもなったが、
これから抱えなくてはいけない秘密の重さに耐えるためには必要だった。




埋める途中で、犯人のものかもしれない手がかりを発見した。
銀色のロケットペンダントが鎖が引きちぎられて落ちていた。
彼女が抵抗したとき、引きちぎったのだろうか。




そのロケットを開けてみると、片方に女性、もう片方に男性の写真が
はめられていた。




僕はこの男を知っている。




美術部の顧問 小沢 一夜




もう一つ抱えなくてはいけない秘密が増えそうだと思った。





「先輩・・・?」


僕がいつまで経っても無言であることに不安になったのだろうか。


弦巻の不安げな声が管から響いてきた。


管に向かって話しかけているのだろう、


その声は、近い。



「いや、悪い、ちょっと考え事してたんだ。」


考え事。


正確には回想。


それは古い記憶。



この部屋で目覚めたときから気になってはいたのだ。


なぜあの絵がここにあるのか。


あの絵は、僕の学生時代の忌まわしい思い出と共に、


封印してしまったはずなのに。



「なんの写真だろうな?」


「さぁ・・・よくわかんないっすねぇ・・・」



結局、僕は弦巻に真実を伝えなかった。



「あとは、特に何もないみたいっすねぇ。つか、携帯の電池が切れたら俺やばいですよね。」



まだ部屋の中を調べているらしい弦巻の声は、


しかし僕にはもう届いていなかった。



僕の意識は、深く、静かに、


過去へと引きずりこまれていた。