森山大道
(昨日の続き・・・)最後に恵比寿に移動しNADiffというアートギャラリー・ショップで開催された森山大道さんのトークイベントへ。
写真のことは、正直詳しくは無いのだけれど、この森山大道という写真家の作品は昔から好きだった。
主に白黒で、ザラッとした、ブレとボケと、インパクトのある、記憶に残る作品を多く残している。
もう70歳を過ぎているが、全く若い。
初めて生で見たのだが、まだ50代ぐらいかと思った。
鈴木一誌さんとの対談形式で、この前出版された、
『にっぽん劇場1965-1970』『何かへの旅1971-1974』について、特に70年代を中心に振り返る内容だった。
25歳で結婚し、写真家のアシスタントを辞め、「真っ白な毎日にグラデーションをつけたい」と思い、半年かけて横須賀を舞台に路上で写真を撮り、カメラ毎日に持ち込み、見事10ページの掲載を勝ち取る。
その後も、日本の通俗を撮ることをテーマーに、路上を中心とした作品を撮り続ける。
面白かったのが、当時の写真には、写真家が自分で解説を載せるというのが一般的だったようで、当時の森山さんの解説を鈴木さんが読み上げ、知ることができた。
まるで演歌のような、時にはハードボイルド小説のような、情景豊かな描写で、写真と組み合わさった時に、その強烈な世界観がビビットに読者には伝わったんだろうなと、思った。
今は、どうなんだろう。
写真集や個展では文章の説明なんてものはほとんど無く、写真誌や週刊誌にはまだこういう解説はついているんだろうか?
それだけで勝負、という潔さもまた写真の魅力なのだろうが、写真家がどういう想いで撮ったのか、それを知る機会もあるとまた面白いんだろうなと思った。
森山さんが、
『僕は、いつもこんなところにいていいんだろうかと思うんです。ここにいる場合じゃないって。もちろん今も(笑)。外に出なきゃって。』
と言っていたのが印象的だった。
そうか、俺もこんな所にいる場合じゃないな。。
淡々とした中にも、森山さんの静かな闘争心と焦燥感と情熱を感じた2時間だった。
なんだか、70年代の、というか、まだザワザワしていた時代の空気だった。

写真のことは、正直詳しくは無いのだけれど、この森山大道という写真家の作品は昔から好きだった。
主に白黒で、ザラッとした、ブレとボケと、インパクトのある、記憶に残る作品を多く残している。
もう70歳を過ぎているが、全く若い。
初めて生で見たのだが、まだ50代ぐらいかと思った。
鈴木一誌さんとの対談形式で、この前出版された、
『にっぽん劇場1965-1970』『何かへの旅1971-1974』について、特に70年代を中心に振り返る内容だった。
25歳で結婚し、写真家のアシスタントを辞め、「真っ白な毎日にグラデーションをつけたい」と思い、半年かけて横須賀を舞台に路上で写真を撮り、カメラ毎日に持ち込み、見事10ページの掲載を勝ち取る。
その後も、日本の通俗を撮ることをテーマーに、路上を中心とした作品を撮り続ける。
面白かったのが、当時の写真には、写真家が自分で解説を載せるというのが一般的だったようで、当時の森山さんの解説を鈴木さんが読み上げ、知ることができた。
まるで演歌のような、時にはハードボイルド小説のような、情景豊かな描写で、写真と組み合わさった時に、その強烈な世界観がビビットに読者には伝わったんだろうなと、思った。
今は、どうなんだろう。
写真集や個展では文章の説明なんてものはほとんど無く、写真誌や週刊誌にはまだこういう解説はついているんだろうか?
それだけで勝負、という潔さもまた写真の魅力なのだろうが、写真家がどういう想いで撮ったのか、それを知る機会もあるとまた面白いんだろうなと思った。
森山さんが、
『僕は、いつもこんなところにいていいんだろうかと思うんです。ここにいる場合じゃないって。もちろん今も(笑)。外に出なきゃって。』
と言っていたのが印象的だった。
そうか、俺もこんな所にいる場合じゃないな。。
淡々とした中にも、森山さんの静かな闘争心と焦燥感と情熱を感じた2時間だった。
なんだか、70年代の、というか、まだザワザワしていた時代の空気だった。
