兄は高校退学後に就職を数回するも続かず退職。
母に金をせびり、母は自分の稼ぎもあり、
兄に対する負い目もありで、仕方なく金を渡していたようだった。
父はそんな母を責め、兄を責め、酒を呑んでは夜な夜な荒れていた。
でも、唯一の救いは、父は仕事は休むことなく続けていたことだった。
そのころ私は中学に入学したのだが、父の母への精神的虐待がひどくなり、
母は体調を崩していく。
夜遅くに父が帰ってくると、寝ている母や兄を起こし暴言をはき、
イライラのはけ口にしている光景にびくびくしながら過ごしていた。
そして母は決心し、近くに住む祖母のところへ私を連れて避難した。
しかし、父は祖母宅へ夜な夜な来ては玄関を叩き、
帰ってくるように訴える。
その頃は世間体もあり、母が自宅で自営業もあるため出ていくことも難しく、
今ほど簡単に離婚を決心できる状況ではなかった。
その上、父は絶対子供を手放さないのと、母は意地でも子供を置いて出ていく
事など考えることは毛頭なかった。
まさに辛抱するしか道はなかったのである。
とにかく一旦は母と自宅に戻り、父もしばらくはおとなしくなった。
兄は今でいうニートのような状態で、働く意思も全くなく、
毎日パチンコ三昧だった。
私は父に怯えながらも、自我が成長するに伴い、
母を助けなければ、守らなければという思いが沸き起こっていた。
しかし、まだまだ父に歯向かっても体力ではかなうわけでもなく、
金を稼いで家を出られるわけもなく、
私と父との言い争いは徐々に増えていきながらも、
歯がゆく、希望の持てない日々を過ごすことになる。
そしてこの家庭環境を恨むようになっていく。
つづく