猪木さんは闘魂注入した結果、 傷害罪で捕まるでしょうか?今まで捕まっていないので捕まらないのでしょうね。
Google先生曰く、
法律の解釈でも、加害者と被害者の間に同意があれば傷害罪にはならない場合があるようです。もちろん同意があっても傷害罪になる場合もあるようですが。
猪木さんの場合、お互いの合意の上で、痛いとは言え、その場で立って握手できるくらいの出来事なので客観的判断としても許されると理解すれば良いのかなと思っています。
ただし、合意があったとしても入院するような大怪我を負わせたり、後遺症が残るような傷を与えた場合はその限りではないのかも知れません。
日本は法治国家です。
なんらかの意見の食い違い、公共の福祉に反するような行動、は場合により客観的立場の専門家に委ねて判断、裁きを受けないと事態が収拾しない場合があります。その時に判断基準となるとなるのが法律です。
その判断、裁きは国民の権利として平等でなければいけません。平等であるが故に法律に良し悪しの判断を委ねた場合、状況にそぐわない「愛」のない結果なってしまうことがあります。
日馬富士が引退に追い込まれたのは寂しく思いますが、それは相撲ファンとしての個人的感情であり、ここで同情や共感を求めても日馬富士に興味があまりない方にはどうでもいい話かもしれません。
問題は、全ての暴力は悪である!許さない!即解雇、即引退…。それは法律だからルールだから。となりつつあるこのご時世、風潮に非常に危機感を覚えます。
規制は大切です。
ジョンの幼い頃、もしくはもっと先輩方の時代、暴力に対しての規制も緩く、理不尽な暴力が放置され、隠蔽されていたのは事実でしょう。規制をする事で理不尽な暴力は減っていると思います。
「くやしいです!」
スクールウォーズで映像化されている「体罰」は何故、許されているのでしょうか。そもそも許されているのでしょうか。
当時は今ほど規制がなかったからこそ地上波で放送できたのでしょう。体罰に対して緩かったのは事実ですが体罰を歓迎しているはずはありません。当時でも反論はあったと思います。
にもかかわらず、
このスクールウォーズの「体罰」がある意味感動的なシーンに見えるのは何故ですか?ある意味良い事に見えるのは何故ですか?
うわべの暴力的行動だけを見ると悪になりますが、それを超えて余りある「滝沢賢治先生」の生徒に対する愛情、熱意、更生させようとする責任感や覚悟、が画面から溢れてくるからだと思います。理解されると思います。
となると、
今のご時世でも許される暴力はあるのでしょうか。
暴力は許されないです。ジョンの幼い時代より規制がかかって理不尽な暴力が減ったと思います。良いこだと思います。
その前提の上で、
「とがめられない暴力がある」
と理解したいと思っています。