南天群星1
主人公のK君。
K君は神奈川県の茅ヶ崎の出身。生まれ持った性格でしょうか、幼い頃から派手なもの、エンタテインメント的なものに憧れていて、プロレス大好き、ロック大好き少年として思春期を過ごしました。中でもスタンハンセンとビートルズを心の底から愛し大人になって行きました。
プロレスラーになりたい!と思ったことも多々ありましたが体格から無理だったか。プロレスラーになる夢は叶えることはできないと諦めたK君は大好きだったロックミュージシャンを目指すようになります。俺はビートルズになる!と心に誓いました。
K君は頑張って勉強して青山学院大学へ入学を果たします。1974年の4月のことです。
大学へ入ったK君はプロミュージシャンを目指して音楽サークルに所属し活動を始めます。授業なんて一切受けず音楽のために時間を費やしました。
K君が所属した既存の音楽サークルはどちらかというとフォークソング主体であったためK君のように流行のロックをやりたい部員と折り合いがつかずK君が所属した後、間もなく分裂してしまいました。
そこでK君らはロック主体の音楽サークルを立ち上げます。サークル名を"Better Days"としました。
K君は後に作った名曲「YaYa」の中で、
♪目に浮かぶのは♪ Oh!♪Better Days~♪
とサークル名を歌詞にしています。「良き思い出の日々」という意味とダブルミーニングだと言われています。
K君は新生ロックサークルのBetter Days の中で「温泉あんまももひきバンド」「ピストン桑田とシリンダーズ」などバンドを組み、更にアクティブに音楽活動をして行きます。
K君には気になる後輩がいました。
1年後輩で横浜の馬車道にある老舗天ぷら屋さんのお嬢様のYさん。Yさんは入学直後には分裂したサークルのBetter Daysではない方に所属しフォークギターを弾きながら歌う活動をしていました。
飽きたからか、途中からBetter Daysで活動するようになります。
K君はギターでもピアノでも美しく弾くYさんを初めて見たときに彼女は凄い!と感じました。しかし、Yさんには「温泉あんまももひきバンド」とか「ピストン桑田とシリンダーズ」とか言っているK君は変態にしか見えませんでした。
その後もプロのミュージシャンになるべく活動を続けます。いろいろなコンテストに出まくります。外部のライブにも積極的に参加します。
1977年。K君が大学4年の時。というか、K君は全く授業を受けていないので、入学して4年目の時期と表現するのが正しいでしょう。
その頃には変態の魅力にとりつかれたか、慣れたか、諦めたか、Yさんも固定のメンバーとしてK君と同じバンドでキーボードを弾いていました。
そんな時期。
ヤマハ主催のEastWestというビックなコンテストに応募してテープ審査を通過し本選に進めることになりました。
このとき送った曲は後のファーストアルバム「熱い胸さわぎ」の7曲目(B面2曲目)となる「女呼んでブギ」でした。
本選でも「女呼んでブギ」を熱唱し結果は入賞。K君はベストボーカリスト賞に選ばれ一気に知名度を上げることになります。
このEastWestでの活躍がレコード会社の目に留まりメジャーデビューがすぐに決まります。「南天群星」は下積みゼロで大学在学中にメジャーレコード会社のビクターと契約することになります。
メジャーデビューしたらヒット曲が出せる訳ではありません。それを知っているK君ですが、デビューシングルは絶対にヒットさせたいと願掛けをします。