南天群星3


K君はこのまま浮かれていたらマズイと察して勝負に出ます。

 

1979325 3rdシングル

「いとしのエリー」「アブダ・カ・ダブラ(TYPE.3)発売

 

オチャラケが売りのコミックバンドが何?本気のバラードとか歌ってもファンの期待と違うから売れないよ?今はファンの数をもっとふやさないと。ポリシーとか言って突っ走って潰れて行ったバンドいっぱい見て来たから悪いことは言わない。やめよう! 周りの大人からは避難の嵐でした。

 

K君の偉いところはオチャラケだけでは長く続かないと知っていたことです。折れませんでした。

 

結果、周りの大人の予想に反し3枚目の「いとしのエリー」は過去の2曲を上回る最大のヒット曲となります。

後に「TUNAMI」など「いとしのエリー」を上回るセールスを記録する曲は何曲もありますが、この曲はセールス以上の価値を持つ「南天群星」を代表するナンバーワンソングとなっていきます。

後に「エリー マイラブ」として世界的なミュージシャンであるレイチャールズがカバーするような時間も国境も越える名曲がこの時に生まれます。

 

後から考えると、この「いとしのエリー」という曲が「南天群星」の運命を大きく変えました。

この曲をきっかけに世の中は「南天群星」のことを一発屋のコミックバンドではないとの認識を持つようになります。

 

この当時、テレビ出演を拒むミュージシャンが多い中で、ビートルズのような、ある種アイドル的なミュージシャンを理想と考えるK君は、機会があればこれでもか!とテレビに出ようとします。その結果、知名度は上がりどんどん人気者になって行きます。「いとしのエリー」のヒットにより年末のNHK紅白歌合戦にも出場しました。

 

「いとしのエリー」をレコーディングしていた時には2枚目のアルバム作りに入っていました。

 

197945 セカンドアルバム

10ナンバーズ・からっと」発売

 

テレビ、ラジオ、雑誌、CM、と急激に仕事が舞い込み忙し過ぎる日々を送るK君はアルバム作りに時間をかけることができません。結果「10ナンバーズ・からっと」では常識ではあり得ないことが起きます。

 

レコード会社は発売日を決めてそれに向けてレコーディングから販売店、マスコミへの発表などを行います。そのため、まだ完成してないからちょっと発売日を延期するなんて簡単にはできません。

あまりの忙しさに歌詞カードを印刷に入れる時点で歌詞が完全に決まっていないという事態に陥ります。結果「10ナンバーくズ・からっと」に収録された10曲中の3曲は歌詞カードが☆◎??☆◎??など記号になって発売されてしまいます。

 

ジョンはそれを初めて見たとき難解な歌詞を羅列していて文字にできないのかと思いましたが曲を聴いたら普通なので歌詞カードの意味が解らなかったことを明確に記憶しています。間に合わないなんてことがあるのですね。

 

荒削りな印象の「10ナンバーズ・からっと」は「南天群星」の中で12と言ってよい好きなアルバムですが、K君は最悪のアルバムと後に言っています。

「いとしのエリー」は1番と2番で歌詞を入れ替えたい部分があるとか、他の曲でも細かなアレンジが詰まってないとか。細部まで考えてまとめることができなかったアルバムなので最悪だと思ってしまうようです。

 

その後、

1979725 4thシングル

「思い過ごしも恋のうち」「ブルースへようこそ」発売

 

19791025 5thシングル

C調言葉に御用心」「I AM A PANTY (Yes, I am)」発売

 

忙しい中で発売したシングルは5枚目の「シングルC調言葉に御用心」まで順調にヒットして行きます。

しかし、K君は納得していませんでした。テレビ出演などが忙し過ぎた結果、一番やりたいアルバム作りに時間をかけられず、半端な出来栄えの曲を世の中に出すのは耐え切れませんでした。