南天群星 LAST
「チャコの海岸物語」以降もヒット曲を連発していきます。
1982年5月21日 15thシングル
「匂艶 THE NIGHT CLUB」「走れ!! トーキョー・タウン」
1982年7月21日 5thアルバム
NUDE MAN
1982年10月5日 16thシングル
「Ya Ya(あの時代を忘れない)」「シャッポ」
1983年3月5日 17thシングル
「ボディ・スペシャルⅡ」「ボディ・スペシャルⅠ」
1983年7月5日 18thシングル
「EMANON」「ALLSTARS' JUNGO」
1983年7月5日 6thアルバム
「綺麗」
1983年11月5日 19thシングル
「東京シャッフル」「Still I Love You」
1984年6月25日 20thシングル
「ミス・ブランニュー・デイ」「なんば君の事務所」
1984年7月7日 7thアルバム
「人気者で行こう」
1984年10月21日 21シングル
「Tarako」「Japaneggae」
1985年5月29日 22thシングル
「Bye Bye My Love」「Dear John」
1985年8月21日 23th
メロディ (Melody)
1985年9月14日 8thアルバム
KAMAKURA
チャコの海岸物語からメロディを経て「KAMAKURA」のアルバムを出すまでの期間は「南天群星」の全盛期だと思っています。
何しろ曲を出すスパンが短い。志があってミュージシャンとしてデビューした限りは、やりたい事、表現したい事がいっぱいあって、湧き出る欲を抑え切れずに吐き出し続けていたような印象です。
ジョンが高校一年の時「KAMAKURA」が発売されました。
ジョンが初めて自分のお金で買ったアルバムは「人気者で行こう」ですが発売してから買ったので、発売を待ってニューアルバムとして初めて買ったのは「KAMAKURA」です。そのため、明確に記憶していますが、当初の予定よりも半年くらい遅れて発売されているはずです。
「KAMAKURA」は初めての2枚組アルバムです。発売を遅らせてでも、やりたいことは全部やり尽くす。そのためには2枚組にする。意欲の現れだと当時のジョンは感じました。
ベストを含まない英国公式のオリジナルとしてビートルズは12枚のアルバムを出しています。そのビートルズの9枚目のアルバムは何でしょう。
2枚組の真っ白なジャケットで通称「ホワイトアルバム」と言われますが、これはあくまで通称であり正式名称は「The Beatles」です。アルバムタイトルに自らのバンド名を使う場合は非常に多いですが、ファーストアルバムにつけることが多いように思います。
ビートルズは9枚目のアルバムに彼らのやりたいことを全て詰め込んだと思われる名盤の2枚組アルバムを出しました。そのアルバムジャケットは真っ白でアルバムタイトルは「The Beatles」としました。
K君らは8枚目のアルバムを2枚組で出しました。
アルバムタイトルは「KAMAKURA」。本当なら「AOYAMA」くらいにしても良いのかと思いますが、Yさんの横浜とK君の茅ヶ崎の中間で湘南のイメージがある彼らの象徴的な街の名前にしました。
と、なった時、Yさんが産休になったため、しばらく活動休止することになりました。K君はこの時にKUWATABANDというベタのロックバンドを作って1年限定で活動しました。
活動休止から4年以上が過ぎて待望のアルバム発売。1990年1月13日。
K君は9枚目のアルバムになんと「サザンオールスターズ」というタイトルをつけます。
ジャケットは真っ白な背景にカブトムシ。アルバムの表はメスのカブトムシの後ろにオスのカブトムシが乗ってます。裏はオスのカブトムシがメスのカブトムシを乗り越えています。
K君は勝手にシンドバッドを世に出した時からこの時を考えていたのでしょうか?
このアルバムタイトルにジャケットのカブトムシ。ホワイトアルバムを意識していないとは思えません。あえて1枚前のアルバムを2枚組にしたのも、ジャケットのオスのカブトムシがメスを乗り越えているのも、ちょっとでもビートルズを超えたいと思う気持ちの現れでしょうか?
…
と、書いてきて、
実はK君の話を書き始めたのは1年近く前です。このあたりでジョンの筆がピタッと止まってしまいました。筆?キーボード?
このままお蔵入りしそうなので、オチがない状態ですが、一度アップします。
K君は今はもう61歳。これからも良い音楽を作り続けて欲しいです。
で、ファンなのでかなりのヒイキ目がありますが「南天群星」が残してきた楽曲、実績は既にビートルズを超えた…と思っています。
※K君という架空の人物の作り話で現実とは異なります。