ブログネタ:おいしいご飯を作ってくれる人とおいしいお店に連れて行ってくれる人、どっちがいい?
参加中私はおいしいご飯をつくってくれる人 派!
こんにちは、じょんちです。
おいしいご飯を作ってくれる人と
おいしいお店に連れて行ってくれる人、
どちらがいいか?
おいしいお店に連れて行ってくれる人、
どちらがいいか?
まあ、どちらが現実的かと考えると、
毎日おいしいご飯を作ってくれる人の方が、
やっぱりいいなと思います。
毎日おいしいご飯を作ってくれる人の方が、
やっぱりいいなと思います。
幸いにして、妻は料理上手ですし。
よかったよかった。
よかったよかった。
でも贅沢を言うのなら、
おいしいお店に連れて行ってくれるし、
おいしいご飯を作れる人がいいです。
おいしいお店に連れて行ってくれるし、
おいしいご飯を作れる人がいいです。
ヲイヲイ。
っていうか、私は連れて行く方の立場でした。
っていうか、私は連れて行く方の立場でした。
おいしいお店に連れて行くには、
まずお金が必要です。
まずお金が必要です。
高いお店だから美味しいというわけではありませんが、
安いお店だってお金がなければ行けませんからね。
安いお店だってお金がなければ行けませんからね。
でもお金があるからといって、
その人の舌が確かなわけでもありません。
その人の舌が確かなわけでもありません。
たまにテレビで、
目隠しをして本物を当てるという番組があります。
目隠しをして本物を当てるという番組があります。
例えば、目隠しをして、
国産の最高級牛肉とグラム100円の牛肉を食べるとします。
国産の最高級牛肉とグラム100円の牛肉を食べるとします。
結構食通で知られている芸能人が、
自信たっぷりに言い切って、見事にはずしたりします。
味覚なんて所詮は受容体が受け取る電気信号ですから、
不確かであることは仕方がないことなのかもしれません。
でも、美味しいかそうでないかは個人の味覚ですので、
例えば私は美味しいと思うものを、
他の人は美味しくないと言うかもしれません。
例えば私は美味しいと思うものを、
他の人は美味しくないと言うかもしれません。
その逆もしかりです。
そのくらい曖昧なものではありますが、
幸いにして私は子供の頃から自分で料理をしてきましたので、
どうすると美味しくなり、どうすると美味しくなくなるか、
ある程度はわかるようになりました。
幸いにして私は子供の頃から自分で料理をしてきましたので、
どうすると美味しくなり、どうすると美味しくなくなるか、
ある程度はわかるようになりました。
ので、美味しい料理に出会うとうれしくなります。
それが例え屋台の料理であれ。
それが例え屋台の料理であれ。
料理の「おいしさ」は味だけではありません。
香り、見た目、音、食感、シチュエーションと、
様々な要素が組み合わされて総合的に判断されるものです。
「楽しい」が「おいしい」につながる場合もありますし、
「きれい」が「おいしい」につながる場合もあります。
「きれい」が「おいしい」につながる場合もあります。
味や香りは思い出、つまり記憶にかなり密接らしく、
いつどこで、誰と食べたものと同じ、
という思い出はよみがえりやすいもののようです。
いつどこで、誰と食べたものと同じ、
という思い出はよみがえりやすいもののようです。
また、舌の記憶というものは時間をかけて作られるものです。
子供の頃からずっと親しんできた、
所謂「おふくろの味」が、好きで、なおかつ懐かしいのは、
その味を舌に教え込まれ、記憶に深く根付いているためです。
所謂「おふくろの味」が、好きで、なおかつ懐かしいのは、
その味を舌に教え込まれ、記憶に深く根付いているためです。
ので奥さんは、旦那さんの舌を、
今度は自分の味に慣らしていかなければなりません。
今度は自分の味に慣らしていかなければなりません。
これは結構大変な作業ですね。
そうそう、先日テレビでたまたま見てしまったのですが、
東北のある地方には「あんかけそうめん」という料理があります。
東北のある地方には「あんかけそうめん」という料理があります。
普通のそうめんに、なんとみたらし団子の餡をかけるのです。
思わず「えっ???」と目を見開いてしまいましたが、
地元の方々はおいしいと言って食べておりました。
もちろん何の違和感もないそうで。
私は食べたことがないので判断しかねますが、
これも「舌の記憶」の成せる業なのでしょうね。
これも「舌の記憶」の成せる業なのでしょうね。
さて、今回のお題は、
「連れて行ってもらう」側での意見ですが、
私はその逆の立場ですので、
連れて行く側のことも考えてみることにします。
「連れて行ってもらう」側での意見ですが、
私はその逆の立場ですので、
連れて行く側のことも考えてみることにします。
おいしいお店に連れていくには、
お金も必要ですし、
その店が「おいしい」と言ってもらえる店であることを、
自分が知っていなければなりません。
お金も必要ですし、
その店が「おいしい」と言ってもらえる店であることを、
自分が知っていなければなりません。
また、おいしいご飯を作ってあげるには、
相手の好みを知っていて、
ある程度は腕もなければなりません。
相手の好みを知っていて、
ある程度は腕もなければなりません。
どっちもそれなりに大変です。
時間も努力も必要です。
時間も努力も必要です。
連れて行ってあげよう、も、
作ってあげよう、も、
要は、相手に対する気持ちなのかな、と思います。
作ってあげよう、も、
要は、相手に対する気持ちなのかな、と思います。
妻と初めて行った店、
妻に初めて作った料理、
どちらももう10年以上前のことですが、
私の大事な思い出です。
妻に初めて作った料理、
どちらももう10年以上前のことですが、
私の大事な思い出です。
残念なことに、初めて行ったお店は
もうなくなっちゃいましたけど。
そして今は、家族で食事に行くこと、
家で家族に料理を作ること、
これが私の楽しみのひとつです。
家で家族に料理を作ること、
これが私の楽しみのひとつです。
もちろん、一緒に作るのも、ね。
いつかまた、
懐かしい記憶として帰って来る、
そんな舌の記憶を作っていきたいと思います。
懐かしい記憶として帰って来る、
そんな舌の記憶を作っていきたいと思います。
では、また。
