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1日の中で幸せを感じる「ひととき」は?
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こんばんは、じょんちです。
「幸せ」というものがかなり漠然としているので、
私が「ほっとする」、それを幸せと仮定してみます。
まずは仕事から帰ってきて家にたどり着いたとき。
自分で鍵を開けて玄関に入り、「ただいま」。
家族の声が聞こえてくると、それはやはり幸せです。
それからお風呂に入ったときやご飯を食べるとき、
そしてお酒を飲むとき。
こんな小さな幸せが、案外日常にいっぱいあるのです。
毎日同じようにしている、そんな幸せ。
当たり前のようにそこにある幸せ。
また震災の話になってすいませんが、
今回震災に遭った人たちだって、
きっとあの日は日常の中だったはずなのです。
私はあの日、会社にいて、やはりいつも通り仕事をしていました。
たまに地震はありますので、あの日も「あ、地震だ」、
くらいに最初は思いました。
ところが収まる気配も無く、次第に揺れは大きくなり、
大きなキャビネは揺れ始めるし、
デスクの上のものは床に落ち始めるし、
丁度立っていた私は、あまりの揺れに歩くこともできませんでした。
一旦収まってからは、まず自分のデスク周りの片付け。
幸いパソコンは落下せずに済んでましたし、
書類も散乱はしましたが特にそれ以上の被害も無く。
電話はすでに通じなくなっていたので妻にメール。
幸いメールは通じましたので、無事であることも確認できました。
その後みんなで外に避難し、夕方再びオフィスへ。
泊まったり遅くに帰った人も多かったようですが、
私は家族が心配でしたので、歩いてでも帰るほうを選びました。
自宅まで4時間。
まさか歩いて帰る日が来ようとは思っていませんでしたが、
幸いその日のうちに家に帰りつくことができました。
あの時、もう少し大きな地震が来ていたら、
あの時、全然違う場所にいたら、
今私はここにいなかったかも知れません。
いつもと何も変わらない日常に、
突然やってきた震災。
夕飯のことを考えていた人もいたでしょうし、
仕事の後のデートのことを考えていた人もいたでしょう。
丁度誕生日だった人もいたでしょうし、
臨月で産婦人科にいた人もきっといたことでしょう。
そんな日常が、小さな幸せが、
何の前触れもなく突然に断ち切られたのです。
人々の小さな夢や幸せを、
そして命までも、
ほんのわずかな時間で奪い去っていく、
それが震災です。
行方不明の方もまだ多くいると報道されています。
その一方で、物資の供給や仮設住宅の準備の報道もされています。
生きている限り、
人がそこにいる限り、
放射能に汚染さえされなければ、その土地は蘇ります。
そして長い時をかけて、震災のことは記憶になっていくのだと思います。
辛いことがたくさんあったとしても、
ほんのわずかな幸せを、きっと人は見つけ出すのです。
生きていくために。
今回、自分が生きていたこと、
家族が無事でいたこと、
そして今日をまたいつも通りに迎えられたことを、
私は幸せだと思います。
では、また。
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