こんにちは。
今日は、剣道の繋がりでご縁をいただている方からの相談への返答をお伝えします。
・「勝たないと成功じゃない。」
・「稼げてる人は凄い。」
逆に、
・「負けてばかりの人はダメな人だ。」
・「儲けられない人は不幸。」
そんな風に考えてる方には、
きっと「アハッ」と感じられるような氣づきがあると思いますよ。

【相談内容】
・やるからには勝たなければ意味がないと思っている。
・自分の娘が試合稽古で負けてばかりなのにヘラヘラしてて腹立たしい。
・指導者に「勝て」とご指導(精神論)いただきたいのに、「剣道は勝ち負けの問題じゃない」「長く続けてほしい」と常々おっしゃいますが、いざ試合メンバーを選ぶとなると、やはり勝てる子なのです。当たり前ですが、強くて勝てないと選ばれないのです。
「勝ち負けの問題ではない」と思えるのは極めた方だから。大人はそう思えても、負け続けて試合に出られない子は面白くありませんし、剣道がキライになります。

【返答】
剣道と試合に関してですが、私は「試合は有効。勝たせてもらっても、負けてしまっても、自他を認め、成長の糧に。」が大切だと思っています。

試合を通して人と真剣勝負をすることは、新たな氣づきや自分の今の力量を知る意味でとても大切です。

おっしゃるとおり、勝つことは大切ですよね。勝ちはじめると自信に繋がります。

負けたら親として見ているだけでも悔しいのに、本人がヘラヘラしてるように見えると「何で?」と思われる気持ちもわかります。自尊心を持ってないんじゃないかと悲しくなりますよね。

でも、勝つことが多くなると「勝つことが当然。」という周りの期待に押しつぶされそうになったり、「いつかは負けてしまうんじゃないか。」という恐怖に悩まされます。

一方で、負けが込むと負け慣れてしまって、「自分はダメなんだ。」と自尊心を失ってしまうこともあります。

これは、どちらも勝負の「結果」で人を評価しているから湧き上がる感情です。

そうならないように、剣道は「剣の理法(精神の鍛錬・技術の向上)の修練」を目的としています。

剣道に携わる全ての人(指導者・両親・剣士)が、「試合の勝ち負けは大切。剣の理法を学ぶチャンス。」と考えると、結果で評価していた負の連鎖はなくなり、勝負の結果に関わらず剣道を楽しめるようになります。

試合をする。
→勝っても負けても、氣づきを元にして新たな剣士像が浮かび、それを体現しようと稽古に励む。
→少し成長してできるようになる。
→試合をする。
→また新たな氣づき・剣士像が浮かぶ。
→体現しようとする。
この”向上の繰り返し”が喜びであり楽しみなんだと思います。

つまり、試合(勝負)をチャンスとし、「結果」を”認める”ことはあっても、それで子どもを”評価”しないであげてほしいんです。

だから、剣道では勝った人が負けた人に敬意を払いガッツポーズをしません(やったら、一本取り消し及び反則扱いで相手に一本が入ります。)し、負けた人は潔く「参りました。」と相手を称えます。

年齢・段位も関係ありません。私も段位が上の先生方に「参りました。」といわれますし、逆に私が小学生に「参りました。」と言う時もあります。
勝っても負けても”感謝”なんですね。

「勝たなければ意味がない。」のならば、これまで存在した全ての剣士は意味の無い剣士です。無論、わたしも。
ずっと勝ち続けられる人はいませんもんね。

だから、子どもが負けても、「大丈夫!大丈夫!!良い学びがあったね!これを生かして稽古やろうね。そしたらきっと勝てるようになるよ。」と、支えてあげてください。

勝てるときもあれば、負けるときもあります。
幸せな人は、いっぱい負けてます。
それでも「自分は勝ちに近づいてる。」と確信して行動し、結果を通しての学びを楽しめ続けたから、やり続けられてるんですね。

どうか、行動を楽しむ方向に導いてあげてください。

幸せな人は楽しく行動しつづける人。

------------------ここまで------------------


幸せ且ついっぱい勝てる人(稼げる人)は、
その行動の結果、多く人が幸せになったり収入アップに繋がるようなことをされてる方なんですよね。

長くなりましたが、最後まで読んでいただき有難うございます。

幸せや豊かさの新たな氣づきに繋がれば幸いです。
「試合やりたくない。」
「打つのが可哀そう。」
「打たれるのも嫌だ。」

剣道でこのようなことを子どもが言ってきたとき、どうされますか?

私はこんな風に答えました。

「君は優しい子だね。」
「でもさ、本当の優しさってなんだろう。」
「お互いに成長を楽しむことじゃないかな。」

「君が打てる時に打ってあげないのは優しさなのかな?」

「打たれるときに打ってもらえないのは優しさなのかな?」


優しさって、お互いの楽しさに繋がることなんだなって思うんです。
だから、剣道は負けても勝っても”感謝”なんです。
試合に勝ってガッツポーズなんてもっての外。一本取り消し扱いになります。
また、どんな高段者でも良い機会で打っていただいたら頭を垂れ、「参りました。」と示します。

こうした魂のレベルが高い行為を大切にしている剣道って良いなっておもいます。


その子はこんなことも相談してきてくれました。
「試合で一本取られると、もう負けてしまうと思っちゃうんです。」

私はこんな風に答えました。
「どんな状況でも未来は選べるんだよ。」
「残り一秒だって一本取替えして延長に持ち込んで勝てることもある。」
「君はどんな未来を選びたいのかな?」


このアドバイス、皆様にも繋がるでしょw


でもね、最後に彼女はこう言いました。
「言っていることには納得できたけど、やっぱり試合はヤダ。」

ですよねぇ。
私は彼女を問い詰めませんでした。

人って頭では理解できても”体験”しないとわからないんです。

だから、「納得してくれてありがとう(´▽`)」と言いました。
目を閉じて、「この部屋に赤色のモノはいくつあった?」と質問した後に目を開けたら無意識に部屋の中の赤色のモノを見つけてしまうように。

「幸せだなぁ。」と思えば、「どうしてだろう?」の答えを脳が自然に探してくれます。

心(感情)⇔行動
この2つはお互いに関係しています。

心はこれまでの人生での経験(カルマとダルマ)によって反応します。

「あーイライラする。」などの心の反応を変えたかったら、

まず、イライラを味わってみましょう。

・「イライラすることは駄目なことなんだ。」
と無視したり、
・「何でいつもあいつは私をイライラさせるんだ。」
と責任転嫁をしないこと。

無視したり責任転嫁したら、
また何度でも人生でイライラが湧き上がる経験をすることになります。

イライラは自分のカルマをダルマに書き換えるチャンスを与えてくれています。

イライラが治まるまで味わい尽くしたら、
「どんなカルマがイライラの原因だったんだろう??」
と俯瞰してみる。

すると、イライラの原因だったカルマの思い出(時には前世の時もある)が出てきます。

例えば私の場合、
「時間に遅れそう。もう~イライラする。」という経験をした時。
どんなカルマがあっただろうと考えたら、
過去に体験したこんな”恐れ”がありました。
・時間に遅れて、皆の予定を狂わせてしまった。
・信頼を失ってしまった。

そしたら、
「同じ状況で、自分も(相手がいる場合は)相手も嬉しくて幸せな結果になれたとしたら、どんな行動をしただろう。」

と考えてみます。

私の例を上げれば、
・時間に遅れそうなことを電話で伝えて、皆には先に行ってもらおう。
となります。

思い浮かんだ行動をした自分と、周りの状況を想像したら、
きっと、心が穏やかになると思います。
人によっては、体の力が抜けたり、ポカポカと体が温かくなる反応があるかもしません。

これが『カルマの燃焼』とか、『因果消滅』とか言われますよね。

記憶は書き換えることが出来ませんが、
に対する”感情”は書き換えることができます。

書き換えられた感情は
同じような出来事に対する心の状態と出てくるアイディアを変えます。

同じような経験をしてもイライラしなくなったり、
イライラが少なくなったりします。

イライラ、嫉妬、不安、恐れ、
冷徹、見栄、意地っ張り、
などの感情への対応に困っている方は
是非試してみてください。

きっと、素敵な変化に氣づかれると思います☆