人間万事塞翁が馬、だと確信しています

人間万事塞翁が馬、だと確信しています

自転車でふらふら。
いろんなことがあっても向き合ってゆきましょう。

 成人の日の連休に、庭の白梅が一輪咲きました。

またずいぶん早いなぁ、と思っていたところ、今年は全国的に梅の開花が早いそうです。

蝋梅も咲いており、この冬最強の寒波の中にも春の訪れを感じます。

1月中旬に多摩川を渡り、アルバイトで港区の会社へ行きました。

2月、3月とあと2回、締めくくりに向けてあと少しです。

2月は上旬にセールスマン時代にお世話になったお客様とも会います。

来月は2回多摩川を渡ります。

 

 都内は私にとって慌ただしいところに感じつつあります。

中央区に住んでいたので下町の良さも好きです。毎日お祭り的なノリです。

でもこの年になるともっと落ち着いた街がいいですね。

自転車に乗れば海も見に行けます。

ホタルのいる池も近くにあります。

小さな川の中州でクッカーを使って外めしすることもできます。

庭を見ながらぼんやり過ごすなんて考えられなかったものが、今は結構好きな時間です。

 

 新年からがっかりするニュースが多くて気が滅入ります。

そんな中、仕事先で何気ない会話の中に元気づけられることも多く、感謝です。

川崎市に10年ぶりに訪問した会社がありました。

面談者の顔もあやふやで、最初はリハビリのようなものです。

でも企業で10年というのは結構な時間です。

色々お話を伺い、ずいぶん頑張っているなぁ、とうれしくなりました。

 

 法改正で70歳までの就業確保措置というものが努力義務化されました。

いつ義務化されるかはわかりませんが、急に義務化された場合、企業側は大変です。

法令で義務になったから対応する、という考えも一理あります。

でも、あまりうまくいかなかったらどうするか、考えておく必要はあります。

うまくいっている企業を見た感じでは、おおむね共通していることは、ざっと以下の通りです。

高齢の社員に対し何を期待するかが明確です。

仕事を切り出したりして、今までの仕事の進め方を見直しています。

賃金や年金を合算して首都圏で暮らしていけるか考えています。

働き方の選択肢を増やして、より長く働く仕組みを作っています。

 

 働く人の希望や働きがいは様々です。

自分も30歳代にやっていたことと現在では、仕事に対する考え方が変わったように感じます。

都心に住んで、仕事中心の生活で、仕事ぶりで認められることがやりがいでした。

実際に、都心に住んでいた8年間が私のサラリーマン生活の評価を決めたと思っています。

むちゃくちゃでしたが、面白くて仕方ありませんでした。

ここで多くのありがたい人脈もできました。

協力していただいた方も、競合していた方も、自分の成長につながりました。

競合していた会社のセールスマンの方々と、昨年久しぶりに会って呑みました。

ガチンコでぶつかった競合には、リスペクトしかありません。

 

 働き方や考え方は変わるものだとつくづく思います。

意地を張るよりも、しなやかに考えた方がストレスは小さいと思います。

自分の体や財布や家族と向き合い、落としどころを見つけることが大事です。

その上で、自分がやりたいことと調和させることを考えます。

これがハッピーな生き方なのかな、と思うこの頃です。

 先日、新人サラリーマン時代に私の教育係だった先輩が定年退職とのことで、新宿で送別会がありました。

新宿の店は、これも3期上の先輩の店です。

集まった社員/元社員は20名ほど。大体は名前もわかる方々です。

その方は60歳定年、65歳まで継続雇用して退職されました。

親会社は定年が65歳です。販売子会社は今も定年60歳だそうです。

転籍してなくても、親会社に在籍していても定年は子会社のものが適用されるみたいです。

定年後の処遇が定年を機に大幅に下がることが多く、ちょっと問題になっています。

入社同期でも定年60歳と65歳では生涯年収に差がついていそうです。

もっとも定年65歳でも、おそらく50歳代半ばから賃金水準は下がっていきます。

役職定年もあるので、皆が65歳まで役職手当をもらえるとも言えません。

定年の差と処遇の差はそれほどないのかもしれません。

 

 今は大学卒であっても40年以上会社員生活を送ることになります。

これって結構長いですよね。

ドラッカーだったと思いますが、「会社の寿命は人間の寿命より短い」という言葉があります。

4年前に70歳までの就業確保措置が努力義務化されました。

就業確保措置は雇用が全てではありませんが、それでも多くは雇用による就業になるでしょう。

すると、22歳で会社員になり、70歳まで働くと48年間です。

人間の寿命どころか年金をもらうまでに入社した会社が無くなる/変わることも増えるでしょう。

 

 定年の差が5年あるから、とか、賃金が数%変わる、とか、入社時に比較することは意味がありません。

大企業だから、とか、有名企業だから、とかで就職先を考えることも、どんなもんでしょう。

今の就活期間がどれくらいあるかわかりませんが、長くて1年間くらいでしょう。

私たちは水晶玉を持っているわけではありません。

どんなに業界や志望企業を調べても、約半世紀先のことなんて解るわけがありませんよね。

リーマンショックやコロナや新エネルギーや地政学的なものや、私が入社した時には考えられませんでした。

つまり不確定要素(リスク)が多すぎます。

 

 入社した後に思っていたのと違った、と言って離職する方が一定数います。

同情しますが、大小はあれ皆がそう思っているのではないでしょうか。

説明と違うということについては、人は自分にとって都合の良いことしか聞かない、ということがあります。

よく言う「言った、言わない」です。

過去の体験から、聞いた言葉を自分なりに解釈してしまっていないでしょうか。

口コミを参考にされることも多いそうです。

就活生やOBだけならゲーム理論が働いているはずですよね。

就活が大きいビジネスになることもわかるような気がします。

 

 ここで考えることとして、会社に半世紀いるかもしれない、ということです。

キャリア観を持って社会人をスタートすれば、会社がどこであれ、会社人として成功すると思います。

必ずしも同じ会社ではなくともいいと思います。

今までは退職金制度の関係で、同じ会社にいた方がよいと言われていました。

現在は退職金を辞退して月々の報酬額を増やすこともできます。

そのままでは税制上不利ですが、ポートフォリオで負債を増やしたりidecoなどもあります。

考えれば、やりようはあるということです。

 

 人の意見だけで入社した会社に50年いて、満足して会社人を終える方は、どれくらいいるのでしょう。

それなりにいらっしゃると思います。

もし、今いる会社に不満があったとしたら、推してくれた方を恨むのでしょうか?

そんなことはあまりないと思います。

思った通りの会社ではないかもしれません。

それでも自分なりに頑張ってきたことが小さな満足感になっていると思います。

 

 この項をどう締めくくるべきか、ちょっと悩んでいます。

大雑把に言えば、「何か決断を迫られたときにどうするか、その後は?」にしようかな。

長期にわたり影響を受ける決断を迫られた際に必要なこととして、区別しておいた方がよいことがあります。

一つは知識として知っておきたいこと(つまり人に聞くこと)です。

もう一つは、決断は自分で考えた結果だということです。

マネープランや法令や業界の先行きなど、一から研究するよりも人から聞いた方が早いですよね。

その上で、この会社にしようと決断して、その結果は受け入れる、ということでしょうか。

 

 その決断より遥かに入社してからの行動が重要です。

前述したようにどんなに大企業であっても50年先はどうなっているかは解りません。

会社はあっても自分が所属する部門が売却されることもあります。

遥か先のことは予測できないことを承知の上で、それでも考えておくこともあります。

 

 例えば10年程度先までの大雑把な予定を立てることがあります。

3年くらい先もそうです。この辺りではキーワードや具体的な目標を作ることもできます。

そして今から1年何をやるか、6ヶ月先、3ヶ月先の目標を決めます。

このくらい近くになると、大きなイベントならカレンダーに入れることもできます。

今月やるべきことを決め、準備します。

スケジュールに追われすぎないよう、工数にとらわれず必要なことを挙げていきます。

基準は3ヶ月先、6ヶ月先、1年先の目標です。

やるべきことが吟味出来たら週の行動計画になり、あとは機械的にこなすだけです。

やるべきことを決めた上でスケジュールを立てる、という順番を重視します。

 

 不測の事態が起きた時は、目標と引き比べて優先順位をつけます。

基本はホイホイ受けないことです。後で身動きが取れなくなります。

でもやらざるを得なければ、スケジュールや週/月の目標を変更します。

 

 このようなことの繰り返しを愚直に続けることが大きな果実をもたらす気がします。

来年の目標を立てようとして、うまくいかない時があります。

10年先、3年先のイメージをまず決めることがお勧めです。

これが無いといびつな目標になっているかもしれません。

考え方が一貫していれば、個別の行動がぶれても問題はありません。

頑固さと芯の一貫性とは違います。

こうしておけば力みがなく、しなやかな目標が立てられると思います。

 

 年末の大掃除で心が折れそうで、PCのデスクに避難しています。

明日中には終わらせますが、いやはや。

良いお年をお迎えください。

 随分時間が空きました。

その間の出来事など。

 

 10月末にセールスマン時代の競合企業の方と新宿で食事しました。

私にとって大切なお客様のコンペティターであり、優秀な方々でした。

営業で手を抜いたら失礼になりますから、こちらも必死です。

ただ商売ですから勝ち負けはあります。

負ければ本当に悔しいのですが、負けた理由は必ず自分にあります。

私は、お客様やこれら同業の方々に育てられたな、とつくづく思います。

 

 4人集まったのですが、全員その時の会社を辞めていました。

今はそれぞれの道を歩んでいます。

一つの会社で定年まで勤め上げることは立派なことです。

私は今もこの考えは変わりません。

ただ今後は雇用区分や就労形態が多様化する中で考えていく必要があります。

具体的には、「正社員として定年まで働く」ことだけではないということです。

正社員であっても副業や地域活動など複線でキャリアを形成する意識が求められます。

 

 11月末に小中時代の友人と野毛で落語を聞きました。

終わってから師匠らと飲み会、さらに友人と横浜でも古いバーに行きました。

名前は知っていたものの何か敷居が高くて行きそびれていました。

創業70年を超えるそうです。

近所には、もう閉店してしまいましたが創業50年超の店があり、ここは時々行っていました。

野毛のジャズ喫茶はまだ改装中でした。ここは創業90年超です。

 

 古いから良い店だと断言はできませんが、世代を超えて支持されてきたことは評価できます。

店としての機能が支持されなければ、記念で1回行って、それまで、となるからです。

多分、新機軸を織り交ぜながら時代に対応していったのだと思います。

 

 その後はこれも初めてですが都橋の飲食店街で少し呑みました。

ここは映画(Vシネマ?)の撮影に使われることも多いので、歩くと既視感があります。

川に面した小さな店に入りました。

私は年のせいか行きつけの店に行くことが多く、あまり呑み屋の新規開拓はしません。

でもこういう吞み方もアリかな、と思います。

 

 この前の土曜日は昔のお客様と紅葉を見に自転車で鎌倉巡りをしました。

昨年、今年と猛暑で紅葉が今一つです。

個人的には海蔵寺が好きなのですが、茶色が目立ちます。

お寺までの住宅地にはきれいなモミジがいくつかありました。

鎌倉宮も例年ほどではないようです。

これが常態になってしまうと、紅葉を楽しむこと自体がなくなりそうで怖いです。

庭の植物でも、この夏はブルーベリーやゼラニウムの葉が白くなりました。

ブルーベリーは見事な紅葉なのですが、白化した葉は紅葉せず落葉しました。

イチョウはこの点あまり心配はなさそうです。

荏柄天神、御霊神社などで見ることができました。

 

 鎌倉宮で甘酒でも飲めないかと思い探しましたがありませんでした。

大町の方まで走り、喫茶店に入ります。

この店は松竹の女優さんが引退後に経営していた店だそうです。

私は昭和の喫茶店が好きなのでいい感じです。

寒かったのでココアがおいしかったです。

 

 遅めの昼食は辻堂の先まで走り、ラーメンを食べに行きます。

途中、一緒に回った方が大仏前の華正樓で中華まんを購入、ご自宅が辻堂なので、いったん寄ります。

奥様にご挨拶してラーメン店へ。

松下政経塾のほうにおいしい家系ラーメンがあります。

私は家系ラーメンがそれほど得意ではないのですが、おいしいと思います。

今回はその少し手前で、本店は茅ケ崎にあるそうです。

魚介ととんこつでだしを取っているそうです。

おいしくいただきました。

 

 最後は喫茶店で一服します。

ご一緒した方は音楽に詳しく、70年代から80年代の音楽の話など。

50Kmくらいを時間をかけて走るのもいいな、と感じながら帰宅しました。