とってもお久し振りの更新です。
9月から矢野惣一さんの問題解決セラピスト養成講座に通っています。
行き始めてからだいぶ経っちゃったけど、
やっぱり自分の変化を残しておきたいと思うので
忘備録的にボチボチと書いていこうかなと。
自分のために書くのが一番の目的なんだけど
私のようにぐるぐるもがいてる人に届くものがあれば
なお嬉しいな
前にも書いた気がするけど、ブログは自己開示のために書こうって決めて。
元々文章を書くことは大好きで、
学生時代は友達に手紙ばかり書いていたし(まだメールとか無かった時代だからね(^_^;))
仕事でもレポートやインタビューなどの記事を書く機会も多かったから
サクサク書けるだろうって思ってた。
がっ
いざ始めたら全然書けなくて。
日々心は動いてるはずなのに、文章には出来なかった。
あと、書けないといえば
セミナーでよくある願望とかなりたい姿とかを書き出すやつ
あれも全然出てこなくていつもひたすらツラい時間だった…
わかって欲しいのに、何をわかって欲しいのか言葉に出来なくて。
話を聞いて欲しいのに、何を伝えたいのか形に出来なくて。
今の自分を何とかしたい、変えたいって思ってるのに
どう変えたいのか、どうなりたいのか何も浮かんでこなくて
私は何がしたいんだろう
何のために生きてるんだろう
毎日そんなことばかりぐるぐるぐるぐる考えてた時期もあった
ほんとツラかったな(/ _ ; )
っと、話はちょっと逸れたけど
過ぎてく時間の中で
ちょっとずつちょっとずつ自分と向き合って
書けることと書けないことの違いがわかってきた
実況や考察は書けるけど、自分の本音や感情は書けない
フィルターを通したものしか外に出せない
そしてまた時間が経って
出せないじゃなくて感じた事がないんだ
出した事がないから出し方がわからないんだって気づいた
ぢんさんの話やブログを読んでてわかんない事だらけだった
でも、ぢんさんに会うととにかくあのオーラが大好きで
ぢんさんのそばに行きたかったから
ぢんさんの言ってる事わかんないなんて
口が裂けても言いたくなかったし
自分が理解できる頭を持ってないって認めるのも嫌だった
でもそういうモヤモヤを長いことこねくり回してるうちに
そういう事かって✨
私はそうやって認めたくない自分がいっぱいで
理論武装してきたんだなって
いつだって“わかってるんだから!”って顔してたくて
辻褄合うように頭駆け巡らせて
自分の発言と相手の反応を見張って
そりゃ疲れるよなって思う
人の何倍エネルギー使って生きてんだよって思う
私の両親は自分の機嫌を自分で取れない人達だったから
私はいつも彼らの顔色を伺って生きてきた
何をするにも私の意志は必要なかった
だから私は最近まで
人と仲良くなること(うまくやっていくこと)
イコール
相手の言うことを聞いて相手を気持ちよくさせること
だと思っていたし
人から“〇〇したい”とか“〇〇して欲しい”とか言われたら
私に拒否権は無いし
人はみんなそうやってるもんだと思ってた
だから、私の依頼を無視する人のことも許せなかったし
思う通りにいかない=バカにされてる
とか
言った通りにしてくれない=私は嫌われてる
っていう方程式になってた
周りはあたたかいよ、優しいよって言われても
全然わかんなかった
だって
自分のことは自分で決めていいって
知らなかったもの
時には聞き流していいって
知らなかったもの
(`;ω;´)
好きな相手のことは
全部満たしてあげないといけないって思ってたもの
だから
私の全部を満たしてくれる人がいないから
私は好かれてないって思ってたもの
矢野さんの講座を受けるようになって
やっとぢんさんの言ってることが少しづつわかるようになってきた
人のことが許せないのは
人に対して依存心、期待が強いから
完璧主義者だから
そしてよく言われるのは自分を許してないから
この許してないってのが曲者
許してるのにーーーーって思ってた
全部満せてない自分を許してるよ?って
全部満たされてない自分を許してるよ?って
でもそこじゃなかった
許す許さないの前に前提が違ったの
私は他人の欲求を満たすために
他人のために
生きてるわけではないってこと
例え家族であっても
好きな相手であっても
相手の望む通りに動かなくていいってこと
そして全部を叶えてあげたいと思わなくっても
相手のことを好きでもいいってこと
私は相手の中に賛同できない部分を見つけると
そのまま友達、恋人でいてはいけないような気がどこかでしてた
そこに私が頑張って合わせることが出来なければ
離れなければいけないと思っていた
でも違ったんだね
もっとそれぞれがそのままでよかったんだね
これ、それが当たり前の人には当然の話なんだと思うけど
私にはそんな自由なかったんだ
私の両親や親族はそれを許さなかったんだ
だからそれ以外の世界があるなんて本当に知らなかったんだよ
最近まで
「ON ~」というドラマがあったけど
主人公が“〇〇だと思うべきかと”っていうセリフ
めっちゃ思い当たる節があって
私は周りの人(親)を怒らせないために
ここではどう感じた方がいいのかと
常に考えながら生きていた
これはもう習慣になっていて
自分の生の感情を感じていないということも
最近まで知らなかった。
だから、自分の感情に向き合うとか
本音と向き合うとかのワークで固まってたんだ
感情の感じ方さえもわからなかったから
自分の本当の気持ちなんて分かるはずもなかった
今まで必死にぢんさんの言う通りにやってきたつもりだったけど
自分のコアにアクセスできてないんだもん
効果出るわけないよね
だから私がまずやったことは
どんなことが心の中に浮かんでもOKを出すこと
他の人と出てきた答えが違っても
誤魔化したりしないこと(自分の中で)
まだまだすぐにキャッチできない時も多いけど
前よりもちょっと楽になったかな
苦手だったワークも無意識に自分で蓋をしてた感情が出てきやすくなったせいか
前より効果を感じるようになってきた
許すって
自分のそのままにOKを出すってことなんだね
やっとわかったよ
そうしたら弱い情けない自分を出しやすくなってきた
ちょっとずつだけど
ある意味何にも変わってない
心屋でいうぱっかーん的な激震も走ってない
でも、やわらかくふんわりした風が
時折心に吹くようになった
ものすごくものすごく人と関わるのが怖くなってしまって
ドキドキしながら外に出た
でもそこはあったかかったなぁ
“ここではそんなことで誰も責める人いないよ”って
細かいことたくさん言ったわけじゃないのに
すごく嬉しかったなぁ
会う人会う人みんな優しくて
ありがとうo(〃^▽^〃)o