この曲を聴くとS君を思い出す。
大学に入ってからの友人で、
よく集まる仲間の一人だった。
S君はちょっと変わった奴だった。
小柄で運動は苦手そうだった。
確か浪人したと聞いていたので、
いつも一緒の仲間より歳は上だったはずだ。
だけど彼は誰に対しても敬語だった。
それでいて時々吐くブラックジョークは
ひどく寒く、とぼけていた。
彼を昔から知っている奴らは
「また言ってるよ」とニヤッとする。
僕はそのジョークに慣れるまで3ヶ月かかった。
大学時代のある日、
みんなで鎌倉にハイキングに行こう
という事になった。
S君は昔からずっと鎌倉に住んでいる。
彼におススメのコースを聞いた。
少し考えてS君は答えた。
「そうですねぇ。初級コース、中級コース、
上級コース、あと、死ぬコースがありますけど。
どれがいいですか?」
仲間は全員「死ぬコース」は口にしなかった。
S君のことを知っていれば、
そのコースは
本当に死ぬくらいハードなものだと
想像できたからだ。
これを選べば
自分も大変なことになるのに
それを顧みず提案する、
S君はそんな奴だった。
「中級くらいにしたいんだけど。。。」
と答えると、
S君はすごく残念そうな顔で言った。
「そうですかぁ。せっかくいい死ぬコースを
考えてたんですけどねぇ」
ハイキングは江ノ電の長谷駅からだった。
長谷寺、鎌倉大仏、佐助稲荷、銭洗弁天、
源氏山公園、葛原岡神社、その後は
鶴岡八幡宮に寄って、
鎌倉駅に戻った気がする。
S君にしては
珍しくノーマルな中級コースだった。
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大学院を修了しても
S君との年賀状のやり取りは続いていた。
ところが、ある年から
急にS君から年賀状が来なくなった。
それでも翌年も年賀状を出すと、
彼の母親から手紙が返ってきた。
それで
S君が病気で亡くなったことを知った。
仲間で一番早く旅立ってしまったS君。
こんなことなら、
あのコースの内容も聞いておけばよかった。
鎌倉物語