著者 ジュリアーノ・ダ・エンポリ
何と言うか 胸糞の悪くなるような本だった。
しかし、それは本自体についてではない。また、その書かれている内容についてでもない。
では、何についてかと言えば、主にこの本に登場する人物についてだ。
ポピュリズムのの仕掛け人として実在の人物が何名も出てくるのだが、その人物たちが揃いも揃って 実に胸糞の悪くなるような人物だったのだ。
また、そういう仕掛け人に踊らされる民衆、大衆、人間に対しても同様に胸糞が悪くなった。
さらに、 そういうポピュリズムが跋扈する時代に対してもだ。
読み進めていくうちにある種の絶望感に襲われるくらい、なぜか暗い気分にもなった。
しかし、ここでは、あえて感情的なことは抜きにしょう。
☆量子政治学
作者ジュリアーノ・ダ・エンポリが提唱する「量子政治学」は、現代の政治が従来の枠組みでは説明できなくなったという認識に基づいている。
この概念は、物理学における「ニュートン力学」から「量子力学」へのパラダイムシフトを政治の世界に適用しようとするもの。
☆ 量子政治学の主な考え方
客観的な現実の消失:
従来の政治(ニュートン政治学)では、客観的な事実や現実(例えば、経済統計、政策の効果、政治家の公約)が存在し、人々はそれに基づいて合理的に判断し、投票するという前提がある。
しかし、量子政治学が扱う現代の政治では、SNSによって事実と虚偽、論理と感情が入り混じり、「客観的な現実」が溶解してしまっている。人々は、自分が見たいもの、信じたいものを提示するアルゴリズムによって形成された、それぞれの「現実」の中で生きている。
「観測者効果」の導入(政治家の役割の変化):
量子力学では、観測行為自体が粒子の状態に影響を与える。
政治の世界では、政治指導者(または「混沌の技師」)は、もはや伝統的な意味での「哲学」や「理念」を必要としない。
彼らは、聴衆を退屈させない派手な振る舞いや、感情を揺さぶる「語り口(ナラティヴ)」を生み出すことに特化する。
政治家は「観客」ではなく「俳優」となり、絶えず「いいね!」の判断基準で評価されるSNSの論理が支配する環境で、人々の怒りや願望を瞬時に反映・増幅させる。
カオスと「カーニバル化」:
SNSは、集団的な興奮状態を生み出す「カーニバル化」の場となる。ここでは、社会秩序の転覆が祝われ、伝統的な価値観やポリティカル・コレクトネスの規範が打ち破られる。
重要なのは、正確な事実よりも強烈なイメージや身体的・映像的な訴えであり、誰もが観客から俳優になることで、そのカオス的な状況がさらに加速。
アルゴリズムによる感情の支配:
従来の政治は、イデオロギーや政策といった「理性」に訴える面があったが、量子政治学の世界では、怒りや不安といった「感情」がアルゴリズムによって迅速に煽られ、政治的な力に変えられる。
イタリアの「五つ星運動」などが、国民の話題や需要を迅速に満たすアルゴリズムを基盤とした運動であるように、政治はデータを元にした感情操作のゲームに変貌する。
エンポリは、ニュートン力学が量子力学に取って代わられたように、従来の政治学も、この「客観的な現実が存在しない」、「観測者(市民と政治家)が互いに影響し合う」新たな政治現象に対応するために、量子政治学の視点が必要だと提唱する。
そして、彼が提唱する量子政治学の視点に基づく政治的な活動とは、従来の「理性」や「事実」に基づいた活動とは大きく異なり、「感情」と「イメージ」を駆使して、SNSの論理そのものを政治に持ち込むことを意味する。
具体的には、ポピュリズムの「仕掛人」が行う、以下のような活動がこれに該当する。
1. 「カーニバル化」戦略
規範の破壊と挑発:
政治的な議論の場で、ポリティカル・コレクトネスなどの既存の「左派的な」規範やタブーを意図的に打ち破るような、無礼で品のない冗談や発言を繰り返す。これは社会秩序の「転覆」を祝うカーニバルのような雰囲気を作り出し、支持者の興奮を高める。
「いいね!」の論理の導入:
政治的メッセージの判断基準が、政策の妥当性ではなく、SNSでの「いいね!」やシェア数といった反響の大きさに変わる。
観客から俳優へ:
参加者はただの受け手(観客)ではなくなり、SNSで意見を発信し、情報を拡散することで、政治的なイベント担い手(俳優)となる。これにより、集団への帰属意識と満足感が満たされ、活動がさらに熱狂的になる。
2. アルゴリズムとデータの活用
感情のターゲティング:
従来のデータ分析を超え、SNSのアルゴリズムを活用して、特定の社会層が持つ「怒り」や「不満」といった感情をピンポイントで特定し、その感情を刺激するメッセージを配信する。
「ネットフリックス化」された政治:
政治家は、視聴者を退屈させない「ネットフリックス」のシリーズのように、常に論争、スキャンダル、派手なパフォーマンスを提供し続ける。これにより、有権者の関心を引きつけ、熱狂的な支持を維持する。
仲介者の排除:
新聞やテレビといった従来の報道機関(仲介役)を「エリート」として攻撃し、政治家がSNSを通じて大衆と直接結びつく形を取る。これは、フェイスブックやグーグルのように仲介者が存在しない「フラットな」構造を政治の世界に再現するもの。
3. 「ナラティヴ(物語)」の優先
事実よりも物語:
正確な統計や事実よりも、人々の不安や願望に強く訴えかける強烈な「物語」や「神話」が優先される。これらの物語は、陰謀論とも結びつきやすく、客観的な現実を無視した信念を形成させる。
一貫性の欠如の容認:
量子政治学の世界では、「客観的な現実」が存在しないため、政治家の発言に一貫性がなくても問題視されにくい傾向がある。矛盾する発言も、その場その場で聴衆の感情に強く響けば、その「物語」の一部として受け入れられる。
要するに、量子政治学の視点に基づく政治活動とは、「事実」と「理念」の時代から「感情」と「イメージ」の時代への移行を最大限に利用し、SNSを「混沌の技師」の強力なツールとして駆使する行動様式を指す。
つまり分かりやすく言えば、ドナルド・トランプが直接SNS で発信しているような行動様式そのものなのだ。
ということは、今のアメリカや日本でもてはやされているのは、この量子政治学に基づいての行動様式そのものと言えよう。
しかし、エンボリは、この本のなかで「量子政治学」というものの分析に終始して、これに対しての具体的な対処方法等をのべてはいないのだ。
そこで、彼の分析に基づけば、 我々が取るべき対応策と今後の政治活動の方向性は、以下の3つの柱で考えることができる。
1. 市民(有権者)の対応と対策:自己防衛とメディア・リテラシーの強化
2. 伝統的な政治・メディアの対応と対策:信頼性の回復
3. 今後の政治活動の変革の方向性:新しい対話の構築
☆新しい対話について
21世紀において、人類が積み重ねてきた「対話による建設的な解決」という民主主義の核心が放棄され、感情的な対立や反知性主義的な潮流が広がっている現状は、まさに文明の進歩に逆流する「愚かな事実」に見える。
この現象は、単なる「退行」ではなく、現代社会の構造的な変化と、それに対応できていない民主主義の脆さの結果として捉えることができる。
1. なぜ人類は「対話による解決」を放棄するのか
「量子政治学」的な現象が、長年の対話の伝統を乗り越えてしまう主な要因。
1.1. 技術と速度による対話の「破壊」
SNSアルゴリズムの作用: 対話とは、時間と手間をかけて相手の立場を理解し、共通の解決策を探るプロセス。しかし、SNSのアルゴリズムは、怒り、恐怖、極端な意見といった強い感情を伴う情報ほど速く、広く拡散するように設計されている。この「速さ」と「極端さ」が、ゆっくりとした理性的な対話を単に退屈で非効率なものにしてしまいがち。
「いいね!」の論理: 政治的なメッセージが「真実性」ではなく「反響の大きさ」(いいね!の数)で評価されることで、論理的な議論は、感情を煽る短いスローガンに簡単に打ち負かされてしまう。
1.2. 社会的・経済的な不満の蓄積
格差の拡大と不信: グローバル化や金融資本主義の進展により、経済的な恩恵から取り残された人々(特に製造業の労働者や地方の住民)の間で、既存のエリート層(政治家、学者、専門家)に対する根強い不信感が生まれる。この不信感が、彼らの主張する「事実」や「対話のルール」そのものを無効化してしまう。
アイデンティティの危機: 複雑化する社会の中で、人々は確固たる自己の居場所を失い、「自分たちこそが真の民衆だ」と主張するポピュリストの物語に、集団への帰属意識と「救い」を見出しがち。この感情的な充足は、理性的な政策議論よりも優先されてしまう。
1.3. 民主主義のシステム疲労
複雑性の増加: 現代の課題(気候変動、AI、パンデミック)はあまりにも複雑で、従来の議会や官僚機構では迅速かつ効果的な解決策を見出すことが難しくなっている。ポピュリストは、この複雑さを「エリートの陰謀」や「腐敗」として単純化し、「民意」という単純な正義を掲げることで、支持を得ている。
2. 反知性主義の愚かさに対する考え方
アメリカで広がる反知性主義は、それはアメリカの歴史と深く結びついた「反エリート主義」の現れであり、その背後には重要な心理的な構造が存在する。
知性への憧れと反発の相克: アメリカの反知性主義は、単に知識を軽蔑するだけでなく、啓蒙や文化への憧れと、知的エリートへの根深い不信感が併存している。大衆は、自分たちを軽視し、特権を享受していると感じられる「専門家」や「学者」の権威を、ラディカルな平等意識のもとに打ち倒そうとする。
「知能」と「知性」の混同: 反知性主義は、実用的な知識や問題解決能力である「知能(intelligence)」を重視しつつ、物事を客観的に評価し、批判的に検証する「知性(intellectual)」を軽蔑する傾向がある。トランプ氏が勝利した背景には、この「反権威・反エリート」の潮流を、計算された「知能」で利用したという側面がある。彼が口汚くエリートを罵るのも計算されたパフォーマンスであり、人々はエリートが引きずり降ろされる様をみて、ある種の快感を覚える。
3. 今後の進むべき方向性
この流れを食い止めるには、「感情」のエネルギーを「建設的な対話」の方向へ転換させる戦略が必要。
感情に論理を与える: ポピュリストが利用する「怒り」の感情を否定するのではなく、その感情がどこから来ているのか(例えば、経済的不安)を認め、それに対して「誠実で、かつわかりやすい政策と解決策」を提示し、論理的な裏付けを与える。
「エリート」の自覚と再定義: 知識人や専門家は、大衆を啓蒙する立場から、大衆の抱える問題に謙虚に耳を傾け、その問題を解決するために知識を用いる「奉仕者」としての役割を再定義し、信頼を回復する。
対話の場を再構築する: 感情的なカオスが支配するSNS空間を避け、少人数制の市民会議や、ファシリテーターを介したオンライン・オフラインの対話の場など、「対話のルールが守られる」新しい公共空間を意図的に育てていくことが、民主主義の質を高める道となる。
☆教育について
「量子政治学」的なポピュリズムの根底には、SNSのアルゴリズムによる扇動と、それに対する人々の知識不足・リテラシー不足が深く関わっている。
感情のエネルギーを政治的な破壊力に変えるメカニズムに対抗するためには、特に若い年代からの教育による「精神的な自己防衛力」の育成が、最も重要かつ長期的に効果のある対策となる。
まさに、この「煽りや扇動、アルゴリズムによる洗脳」から身を守るための教育は、現代の民主主義社会における必須のインフラであると言える。
若い年代から導入すべき教育の要素
この新しい脅威に対抗するために、教育に組み込むべき要素は、単なる情報の真偽を問う「ファクトチェック」を超え、情報環境と人間の心理を理解することに焦点を当てるべき。
1. デジタル・メディア・リテラシーの強化
2. 批判的思考(クリティカル・シンキング)と倫理の涵養
3. 民主主義と対話の価値の再確認教育は、「民主主義の免疫システム」を強化する最も根本的な手段
アルゴリズムが感情を武器にする時代だからこそ、人間一人ひとりが感情と情報を制御する力を身につけることが、量子政治学的な活動を無力化する鍵となりうる。
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