夜中に旅立たれた方。
 
二日間寄り添い
手を握り続けたご主人。
無口で不器用な愛が、痛いほど。
 
ご遺体の前に用意した簡易ベッドも
「一緒がいいけど。妻の前では眠れないな」
 
2日ぶりのタバコが吸いたいと仰るので
喫煙所へ。
 
物言わずにふーっと吹かす姿に
自分は、お疲れ様ですと声掛けたんですが
 
感極まって
声が震えてしまいました。
 
心をリセットして頑張ろうと思いました。ココロが洗われた。
 
コロナ禍だと、こんな
看取りもなかなか難しい。はやく
日常が戻ってほしい。過去の体験談でした。

日本人は「死」を
不浄なもの、悪いものと捉えがち
という話を聞いたことがあります。
キリスト教の国は
「死」を人の命の流れの中で
自然なものと捉えるそうで。
だから、日本に来た
キリスト圏の方々は
老齢になって
食べ物が食べられなくなってもなお
胃ろうで命を繋ぐっていう価値観は
驚かれる事が多いそう。

死を目前に控えた事を「ターミナル」
って言いますが
日本でも使う言葉ではありますが
あれ、電車に例えて、言うと
「死」っていうのは
大きなターミナルステーションへの
到着であって、そこに到着した後
また、次の新しい電車への
乗り継ぎがあるって
考えられてるんですって。
だから、死を目前にすることを
ターミナルに差し掛かったと言う。
死は、別れですが、その魂のまた
新しい命への乗り継ぎなんだ
っていう考えだそうです。

介護を仕事にするということは
その仕事の最終地点は、逃れられず
その人の「死」ですけど
死を
不浄なものと考えるスタンスだと
きっと、耐えていけない
仕事だろうと思います。
僕は、小さい頃
大好きだったおじいちゃんが死んだ後
悲しくて悲しくて、号泣しました。
「人が死ぬって、何なんだ?」と
深く考えるようになりました。
介護を仕事にしている
今の自分の根っこは
そこから出来上がったと
今になると、思います。

「死」は
新たなステージへのスタートだと
考えています。
ロシアと、ウクライナでの戦争が始まった今、
もう一度心に刻んでおきたい体験です。
 
自分の働いてる施設に住んでいた
男性の先輩
 
カラオケ行事の時間に
急に立ち上がってアカペラで
歌い始めた歌「同期の桜」
皆んなは、微笑ましく笑ってたのですが
 
先輩は歌いながら段々と
涙で言葉が詰まって
歌えなくなってしまい
座ってしまった。
強烈に記憶に残る出来事でした。
 
ここに、生きてその時代を
駆け抜けた人がいるのだなと、
リアルに感じて鳥肌が立った。
20代の事が、昨日の様に蘇ると。
 
「戦争なんか誰も起きてほしいなんて
思わない。」
その先輩も、そう言っていた。
しかしながら悲しくも
その渦中にいる人が
自分を肯定してあげるには、
お国のため
親のため
子どものため
兄弟のため
恋人のため
と、使命を植え付けて
一念を発起させる他無かったんだな。
 
そんな覚悟をして散って行った
目の前に居た仲間たちを想って
歌っていたのだな。
 
靖國に集うとかいうと
右よりとレッテルをはる
風潮はありますが
今となって変えられない過去。
私は肯定する思考です。
 
散って逝った命には
そこに行けば会えるという靖國。
残された人たちにとって
どんなに心強かったか。
 
先輩は同期の桜を、力強く歌い
自分自身を慰めて
会えなくなった人への寂しさと
敬意を表していました。
 
その方が生きた時代に想いを馳せます。
 
歌詞です。
 
貴様と俺とは    同期の桜
同じ兵学校の 庭に咲く
咲いた花なら 散るのは覚悟
みごと散りましょ 国のため
 
貴様と俺とは 同期の桜
同じ兵学校の 庭に咲く
血肉分けたる 仲ではないが
なぜか気が合うて 別れられぬ
 
貴様と俺とは 同期の桜
同じ航空隊の 庭に咲く
仰いだ夕焼け 南の空に
未だ還らぬ 一番機
 
貴様と俺とは 同期の桜
同じ航空隊の 庭に咲く
あれほど誓った その日も待たず
なぜに死んだか 散ったのか
 
貴様と俺とは 同期の桜
離れ離れに 散ろうとも
花の都の 靖国神社
春の梢に 咲いて会おう
 

介護士あるある


白衣の天使に幻想を抱けなくなった

先日書いた内容からさらに踏み込んで、同じ内容も含みつつ、再度、書いています。

私の施設では、みんなの協力あって
身体拘束とされる事、やっていません。
それをまず、前提に。

介護の仕事してると
「身体拘束」についての勉強は
避けて通れないのですが
あれ、研修行くと
わけわからん事
壇上でおっしゃる講師
居ますね。

私が受講した時の事
「身体拘束は、絶対無くすと
強い意志で臨んで、拘束ゼロにしました」って発表してる施設長の女性の講師。
その施設のドキュメントかなんかでしょうか。
業者に頼んで、作成したらしき
動画を見せられました。
なんともいびつな、内容でした。

現場で、直にケアに当たってる職員は
その方が怪我をしないで済む方法を
探し出せずに、泣いていました。

講師の女性は
「現場が何と言おうと、拘束は無くす」
の一点張り。

認知症の周辺症状で
転びそうになりながらも
危険認識が持てず歩いてしまう方を
スタッフは一生懸命支えながら
なおかつ
その方の安全を心配しながら
他の方のナースコールに向かう。
現場のリーダーを任された職員は
現場職員と、この施設長の挟み撃ち。
文句を言われる。泣いている。

疲弊していく職員さん。
この状況を、この施設長は
スタッフが成長していくために
必要な時間だとさ。

聞いていて苦しくなった。

こんなアンバランスな環境で
身体拘束を外すなら
僕はむしろ、その方の拘束は
外せないのではと思います。

そして
あの施設長さんの見せてくれた動画に
一度も出てこなかった人たち
それは
ケアを受けている方の
「家族」
家族を巻き込む話が一度も出てこない。

拘束を外すという決断は
その方の意思の尊重と共に
リスクの覚悟ですから
それを
職員だけに、責任を負わせて
家族を巻き込まない。
こんな話ないね。

僕は良く思うのは
認知症は
自我と
コントロール不能になった身体の
乖離だと思っているところがあります。
きっと、自我は、転ぶ事を分かっていて
でも身体が勝手に歩いてしまうってこと
多いにあるはずだと。

だから私は介護の仕事をしていながら
よく無いことと言われれば
甘んじて受け入れるのですが
身体拘束を、むやみに
やってはいけないものと
思ってないのです。
(冒頭でも伝えましたが、だからといって現場では身体拘束は行っていません。法令遵守はしています)

社会が進歩したら
認知症という病気がもっと
明確になったら
その人にとって
「必要な身体拘束」っていう
見直しが、始まると思うんです。
賛否あるはずですが。

「『ちょっと待ってください』
この言葉を、利用者さんに使うのは、時間の拘束ですよ」
と、壇上から、教科書のように
伝えてくるその講師。
そうなんでしょうかね。

しかし、現場で、悩みながら
ケアを進めていく、ワーカー達に
そんな言葉だけ言い放ち
研修を終わらせたこの方を僕は到底
受け入れられない。

真面目なワーカー達は、悩みました。
そしたら
どうやって安全確保が難しい入居者さんに
関わればいいの?

「待ってください」という言葉を
『身体拘束』と括るのは
前線でケアを行うスタッフを傷つけます。
現場の一つ一つ、その瞬間に
利用者を守るための
理由がある場合がほとんどです。

白か黒かじゃない。
グラデーションなんです。

グレーに染まりそうなものを
いかに白の方に近づけるかという視点
でないと
特に真面目なケアワーカーは
自暴自棄になり、答えが見つけられず
仕事を辞めます。

「ちょっと待ってください」
この言葉を
拘束なんて呼ばせないようにするには
言い方を変えるだけでも、ひとつの
解決になることがあります。

「ちょっとお時間をください」

にすればいい。
この言葉に変えるだけで
相手が尊重されます。
その言葉をさらに温かくするならば
「声色(こわいろ)」
に意識を持てば良い。
ケアを受ける相手が
優しい気持ちになれます。

ほんと
それだけのことだと思うのです。
それだけのことを
さも、拘束とはなんぞや、と
ケアワーカーを追い込む話しか
出来ない人。
壇上に立つ人ならば
現場に立つ人々を助けるために
そこまで
話してあげてほしい。

介護士が一人でも多く救われてほしい。