2026年になりました

明けましておめでとうございます

今年から立て直しのスタートと言われています
これからどんな事が起こるのか楽しみです


最近は週に2〜3回半日バイト
週に1回母の点滴で病院へ
週に2回母のお風呂介助と
なんだかんだと忙しくしています

バイトではドーナツを揚げたり、仕上げをしたり、冷凍庫から生地を出したり、食パンを釜から出したり、パンの袋詰めをしたり、食パンのスライスをしたり…
誰よりも仕事が早く出来るようになりましたクラッカー
店長が「めっちゃ早い〰️」って言ってくれる

最近は成型もさせてもらえるようになり店長が「上手ですねー」って褒めてくれてうれしくて
YouTubeで生地の伸ばし方とか勉強してます
古巣の職人さんの動画を見つけたりして、それもうれしい
フランスパンの成型も出来るようになりたいな
生まれ変わったときは、もの作りの職人さんになりたい
自分の手で作り上げる事のできる仕事がいいな、なんて考えてる
ホワイトカラーはほぼAIに変わるから、もの作りは生き残れるかもしれない
けどAIロボットならパン作りさえ人間に成り代わる時代が来るだろうね、とか店長と話してる

母の点滴は行かなくてもいいものだけど腎臓が悪いからおまじない程度に

姉がインフルに罹り母をお風呂に入れられないからと、それから我が家に連れてきてお風呂に入れるようになった
介助が出来るようにそれ用の椅子を買って
母はギリギリ浴槽を跨いで入れるくらいの状態
友だちが親のお風呂介助をしてる聞いた時は大変だろうなぁーなんて想像したけど

もう90才で服を着替えるのも疲れてしまうほど
その気持がわかるからパジャマの上にダウンを着せて車に乗せて我が家に連れてくる

チンチラの居るリビングにお布団を敷いて
母を寝かせる
お風呂に暖房を入れて、寝室の暖房も入れて家中を暖める
1時間程してお風呂に入る
椅子に座ってもらって掛け湯をして浴槽に入る
お風呂に出る時は呼び出しボタンを押してね、と
好きなだけお湯に浸かってもらう
呼び出しの音が鳴ったら浴槽から出るのを手伝って
椅子に座ってもらって髪を洗う
最初は上手にできなくて顔を濡らしてしまったけど
2回目からは上手に出来るようになった
側にタオルを置いておいて、顔にお湯がかかったら自分で取って拭いてもらうようにした
体は自分で洗えるところは洗ってもらって、できないところはわたしが洗う
足からお尻、背中とシャボン玉石鹸を泡立てて優しく洗う
細くなった足や腕、今でも逞しい背中とお腹(笑)

石鹸を流したら、もう一度お湯に浸かる
出る時、呼び出しボタン押してね…
浴槽から出たら椅子に座ってもらって
出ると寒いからお風呂場のまま
髪と体を拭いて下着とパジャマを着せる
延長コードを持ってきてドライヤーで髪を乾かす
足の下にタオルを敷いて足先までドライヤーで乾かす
高齢者特有の肌の乾燥があるから背中やお尻、足に保湿クリームも忘れずに塗る

全部終わったらお布団に寝かす
TVにYouTubeを繋いで演歌メドレーを流す
お気に入りは島津亜矢さん
吉幾三さんと島津亜矢さんの「娘よ…」だっけ?を聴きながら母と二人で泣いてる(笑)

YouTube観ながら一緒に夕ご飯を食べて実家に送り届ける
「大変だろうなぁー」と想像してた事が、わたしは楽しくて、うれしくて、とても幸せな時間になってる
母と過ごせる時間が本当に尊くて、わたしはもしかしたら母に会うために生まれてきたのかもしれないなぁなんて思ったりしたのでした

わたしは広島の原爆で亡くなった母のお兄さんの生まれ変わりかもとか
母が20才で死産した良夫兄ちゃんの…とか
兄とわたしが生まれる間で堕ろした兄弟?姉妹?の…とか
母と一緒に生きたかった人たちに思いを馳せたりするのでした

クリスマスイブ🎄は母のお風呂の日だったので一緒に


作ったのはサラダだけ

お正月は母と姉を我が家に呼んで御節を囲みました
父の写真もお誕生日席に置いて(笑)
沈んでるけど、もちろん餡餅のお雑煮も作りました
ちゃんといりこと昆布で出汁も取りました(ここ大事)

チンチラ仕様の部屋なので19℃となっておりまして
母と姉は少し寒いかもと思ったけど陽が入って暖かでした

そんなこんなの日常と年末年始

チンチラたちと仕事と親との時間はバランスが取れてるからこそ
楽しく過ごせているんだと推察しています

無理をせず、自分を一番に労ってこそのバランスだと思います

一見悪いことのように思える出来事も
人間万事塞翁が馬…と捉え直しができるようになってきました
「大丈夫!全てはうまくいっている」という言葉が最近のお気に入り♡

「自分を決して見放さない、必ず助ける」とKOUさんのblogにあった言葉がわたしのこれからの誓いです

こぅちゃんからのメールに
悲しみや苦しみさえもとことん味わって自分を抱きしめられる人間になりたいと返しました

日々、チンチラたちや親姉兄が今日も元気でいてくれることが有り難くて

何も無くても自分は完璧な存在なんだとちゃんと思えるようになりたいと心の底から思っています

通り過ぎては忘れてしまう
母や父との日記を読み返すと
日記に残しておいてよかったと思う

この気持ち、思い、感覚を覚えていたい

母は「こんな身体になるなんて思いもしなかった」とか
「この足がもう少し言うこと聞いてくれたら」って言う

確かにそうなんだけど…

でも、こんな身体になったからこそ、わたしはお母ちゃんの手を握り、体を抱いて起こし、肌に触れる事が出来るんよ

わたしはそれが出来ることがうれしいよと返すのです


9月23日は初めてチンチラをお迎えした日


チンチラ飼いのわたしの朝は

8匹のチンチラに一粒ずつのペレットを手渡すことから始まる


なぜなら…

この1年で2回もペニス脱で病院へ走ったからだ


↓ペレットに釣られて立ち上がってる図

ペレットで釣ってちんちんチェックをする

ポロンと出ていないか


初めてのペニス脱は来福だった

↓僕だ

ぬいぐるみやブランケットやケージに被せたフリースの布を相手にするので、それに付着した毛がちんちんに絡まって(ファーリングに)なってた
そして、来福は右手の一番長い指の第一関節から先を失った…
たぶん、部屋んぽ中、福もちに噛まれたんだと思う
ちょうど関節に入ったんだろうね、血も一滴も出ず傷口はそのまま塞がった
本チンチラは表情にも出さず痛みや不便さを推し量ることは出来ないけど、飼い主は短い指でペレットを握る手を見ては胸が痛くなる
男の子の部屋んぽ中も福もちは外に出すようにしました

次に福太郎がなった

↓僕だ
来福の時と同じように処置しようとしたけどファーリングは見当たらない

ちんちんを指で押し込もうとするけど出来ない

焦って嫌な汗が出る

ダメだ!病院だ

かかりつけの病院を調べると休み!こんな時に限って泣き笑い

前に調べておいたチンチラ保険適用となってた病院へ走る(わたしは保険入ってません)

保険適用ってなってるから少しは診れると思ってたのに処置する様子を見ていると、どうもそうではないらしい

結論から言うと膣栓となる体液がちんちんの根元付近に付着して固まってたっぽい(想像)

生理食塩水的なものをジャバジャバかけながらピンセットで取り除いてくれた
ちんちんの皮なのか、そうじゃないのかもわからないようだった
横からわたしが「これ!これは体液が固まってるんじゃないでしょうか!?」と促して
丁寧に取り除いてくれた
かかりつけ病院へ持っていけるように経過報告書を書いてくれて、無事にちんちんは収まってくれて有り難かった

そして、またやってしまった飼い主のやらかし
福太郎のケージの窓を閉め忘れて、夜中に脱走し流血の惨事
福太郎の掌は血で何がなんやら見分けがつかない状態で急いで病院へ走った
傷口を洗浄して状態がわかるのかと思ってたら、洗浄はしないほうがいいと、このままでということだった

福太郎も指1本は無くなってる事を覚悟してたけど、掌を噛まれての流血だった

抗生剤で様子見、以降、病院へ行くことはなかった

福助と丶福は爪が1つ無くなった



続いては安定感ハンパない丶福のちんちんが!
↓僕だ
ケージの掃除をしようと覗き込むとポロンと出ているではないですかー(⁠´⁠⊙⁠ω⁠⊙⁠`⁠)⁠!
これは見事なまでのファーリング!
自分で除けることも出来たけど、嫌な汗は出るし、手は震えるし、ハサミを使わないと無理っぽかったので病院へ
先生はファーリングした毛の輪っかをピンセットでチョイとつまみ、ハサミでチョキンって切って「はい、終わり」て
ちんちん出しっぱなしで返そうとするから
「ちんちん、このまま出しっぱでいいんですか?」って聞いたら
「じゃ、ワセリンでも塗っときましょうか」ってチョイチョイと塗ってちんちん押し込んでくれた

後なってないのは福助だけ
↓僕だ
福助は最近、水を多く飲む
70ccくらい、多い時は80cc も!(通常は50ccくらい)
他の男の子たちは45〜60ccくらい
でも、去年の今頃も多く飲んでる
ペットシーツがおしっこだけとは思えない濡れ方してるから、もしかしたら漏れてるのかもしれないけど??
この時期になったら飲むのが下手になるとかなの?
わからん…

女の子組
福ちゃんも元気です
↓わたしだ
部屋んぽ中、チモシーを出して遊んでる
珍しく遊んでる福ちゃん
福ちゃんは1回病院へ行きました
まーったく抱っことかできないので、お尻あたりの毛がモハモハしてきたので抱っこしてブラッシングしたら2日後に💩が出なくなりました
病院へ行って点滴してもらいました
もうブラッシングはしません…はい

福笑ちゃんも元気です!
↓わたしだ
部屋んぽ中、なにかと福ちゃんに絡んでいくし、福ちゃんもまんざらでも無さ気なので
仲がいいのかと思って一緒に部屋んぽさせてみたら
とんでもなく喧嘩する不思議な2匹
なんなの?

こ福ちゃんも元気です!
↓わたしだ
こ福ちゃんは毛が密過ぎて、ブラッシングが欠かせない
少し福助に分けてあげて、ってくらい毛が多い
ソアホックになって、一時はお薬も飲んだけど、あれからはなってない
それほど運動量も増えてないけど、最近は男の子たちにちょっかいを出してる姿をよく見かける
福助と丶福の間で遊んでる
魔性のチンチラかな

福もちも元気です!
↓わたしだ
可愛いわねぇ
可愛いけど、やっぱりこやつは癇癪持ちっぽい
部屋んぽ中、わたしが歩くと足に突進してくるし、おしっこひっかけるし
ペレットごはんが待てなくてブゥブゥ言うし、ケージに手を入れると体当たりしてくるし
こんなふうにしてると可愛いんだけどね
天使の寝顔
かわええ~

そして福来
↓わたしだ
福来に会いたい
福来に会いたい
福来に会いたい
本当なら福来を失う経験なんかしたくなかった
あの時に戻れるなら戻りたい
自分の弱さが情けなくて仕方ない
福来を失って、わたしは強くなれただろうか
まったくそんな気はしないけど
3年経っても思い出しては胸が痛む
眠れなくて、食べられなくて、福来の痛みと苦しみを同じように味わった、あの時間を忘れない

そして
今日もみんなが生きてる!
みんなが元気!

無添加石鹸で洗濯してお日様で干したよ


最近、年1のチンチラ日記なので、たくさん写真貼りましょうね








こうして1年を振り返ると、いろいろあったなぁ


これからの1年は、あんまり書くことがないような日々が送れたらいいな



こんな日がこんなに早く来るなんて…って気持ち


それだけ国民の不安や不満が溜まってったってこと


アメリカやドイツやイタリアやフランスで起きていたことが

こんなに早く日本で起こっている


日本はいま岐路に立つ


雨の中、参政党の街頭演説に集まる人たち
多くの人たちが集まってくる

さて、日本はグローバリストたちに抗えるか


このまま株主資本主義の社会が続き貧富の差が広がり
日本人は働いても働いても豊かにならず
考える暇さえ与えられず
生きていく道を選ぶのか

日本人を目覚めさせたくなかったグローバリストたちと繋がった日本政府が焦ってる

参政党を潰せる方法はただ一つ
「大きな既存政党が日本人を大切にする政治をすること」とは大人の社会化チャンネルのtetsuyaさんが言ってたけど

なるほど

参政党員の若い男性

どうして参政党に入ったの?って聞くと

唐揚げが1個皿にのった給食のニュースを見て…

日本がおかしい

日本ファーストと言っただけで袋叩きにあう日本はおかしい

いつの間にこんな日本になってたの?

おかしい…って気づいて立ち止まって抗う道を選ぶ人たち

がんばれ!日本人

抗え!日本人

母の乳がんでの右胸全摘手術終わりました


6月11日入院、12日手術、16日退院でした


5月26日のCTの検査では転移はたぶんないだろうとのことでしたが、可能性は0ではなかったので姉はとても心配してました


わたしは「ない、ない、わたしがないって決めたから、ない!」なんて言って不安になる気持ちを振り払ってました



転移もなく無事に手術を終えました


3月末、乳がんと診断されて手術日が決まった時

24時間の付き添いをお願いしますと当たり前のように言われたから

コロナ以降の面会時間が1日のうち2時間の中の15分だけとか、この狂ったご時世

「え?」ってなったけど

有り難い♡

バイトも休みを取って、姉と12時間ずつ交代で付き添いました


わたしはチンチラたちのお世話があるから22時〜10時まで


手術は9時からの3時間程度の予定で病室に帰ってきたのは12時半

11時頃に病院に着いて病室で待ってた

事前に摘出した乳房を見ますか?って聞かれた時

「見なくていいです」って伝えたのに

先生から説明がありますと指定された場所に行くと先生がでっかいタッパー持ってて

「見ますか?」って言うから

「じゃ、せっかくですので…」って見せてもらった


前日、母を病院に置いて帰るとき、姉に「あ!右胸にありがとうを伝えるのを忘れた、わたしたちを育んでくれた胸なのに(笑)」なーんて話をしていたので、最後に肉体の切片となった右胸と対面できて、心の中で「ありがとう」を伝えた

伝えることができて良かった

神の采配か?(笑)


手術が終わって麻酔が覚める時苦しそうで

2度ほど胃液を吐いた

「お母ちゃん、お母ちゃん」と涙を流しながらうわ言を言ったので

「和子、ようがんばったな」って祖母のふりして言っておいた


チンチラのお世話があるので15時に面会に来た兄と入れ替わりに帰宅した


初めての付き添いにちょっと緊張してた


16時からチンチラの部屋んぽを始めて

この日はみんないい子で30分でサクサクとケージに帰ってくれた



21時半に病院に着くと母は起きていて

部屋の天井をじーっと見つめながらすごくスッキリとした表情をしていた


「喪失感はある?」って聞いたら「わからない」と

「全部の役割が終わっててよかった」と

それからいろんな話をして0時頃、看護師さんが来て明日のリハビリの為に体力温存しないといけないから、もぅ寝ようねって

やんわり叱られるほど


ねぇ、魂は永遠でね、死ぬことは怖くもないし、悪いことでもないんだって

次にどんな経験をしようって決めて、また生まれ変わるんだって

でもね、もしよかったら、お姉ちゃんとわたしが死ぬまで魂のまま、わたしたちの側に居てほしい…


…なんて身勝手な事を母にお願いをした

そんなことしてられない、早く生まれ変わらなきゃ!っていうんだったら

側にいなくてもいいけどねって一応付け加えて



祖父母の話、戦死したお兄さんの話、幼い頃の話、父の話、孫たちの話


叔母たち、孫たちがLINEで心配と激励の声を届けてくれて

孫が歌う津軽じょんから節を何度も聴きたがって、聴いては泣いてた


初めての付き添いの緊張で1日目、2日目は殆ど眠れず、10時頃病院を出てご飯を買って帰って

リクガメのオジにご飯をあげて、マメルリハたちのケージを掃除してご飯とお水を替えて

チンチラたちのケージの掃除をして

ご飯をもそもそ食べた

15時過ぎにはチンチラの部屋んぽを始めないと間に合わないので

お昼寝もできなかった

ふーわ、ふーわした状態の最初の2日間だった


兄嫁が週末付き添いを代わるよと言ってくれたけど

非日常が楽しくなってきてたので断った

夜の病院はしーーーんと誰も居なくて

警備員さんがロボットのように働いてて

看護師さんもそこに心が宿っていたり、いなかったり

まるで現実ではないような


わたしは感情があるような無いような


矢作直樹さんが言ってた

「死んでもいいし、死ななくてもいい」って言葉を何度か繰り返してたような気がする


生まれてきた日常の中で学んだ良いとか悪いとかの常識とか価値判断は正しいとは限らない


その時その時、自分自身に「どんな気持ち?」って問いながら過ごしてた


母はCT検査で大動脈瘤が見つかって、どんな治療になるのか


退院した日に目をつけてたケアハウスに連絡をして2日後にケアマネジャーさんが来てくれた


半日週2回のデイサービスを希望した


少しでも楽しく尊厳のある生活をしてほしい




少しずつ、父の時のように受け入れる時間を与えてもらってる気がする


1つずつやってみて諦めるというか受け入れることをやっていく


無償の愛をくれる 

たった一人の人を無くすことがどういうことなのか


そんな事を考えたりするのでした