ロシアと中国に対する戦略的勝利を目指して、日本はどうすべきか?
 

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■1.『プーチンはすでに、戦略的に負けている』

 ウクライナ戦争は、アメリカの支援一時中断もあって、膠着状態となっており、気がかりな状況です。評論家の中には「ウクライナ軍はまもなく大敗北喫し戦争終結、これだけの証拠」などと論ずる人までいますが、それはあくまでも戦術的な勝利に過ぎず、『プーチンはすでに、戦略的に負けている』と説いているのが、北野幸伯氏の新著です。[北野]

 

Kremlin.ru, CC 表示 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=146210725による

 戦術的勝敗と戦略的勝敗の違いを、北野氏は次のような例え話で説明しています。[北野、p3]

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仲が悪いAさんとBさんをイメージしてください。
二人は、憎しみあっています。
ある日、AさんはBさんを不意打ちし、ボコボコにしました。
Bさんは、重傷を負いました。
Aさんは、Bさんに勝利しました。
ところがその後、勝利したはずのAさんに、ネガティブなことがさまざま起こってきます。
まず、Aさんは傷害罪で逮捕されました。
Aさんがしたことを知った取引先企業群は、「あなたの会社とはもう商売しない」と宣言します。
そして、ほとんどのお客さんは、「Aさんの会社の商品はもう買わない」と決意しました。
Bさんに勝利したと思ったAさんは、社会的信用を失い、一文無しになったのです。
はたしてAさんは、勝利したのでしょうか?

私は、「Bさんをボコボコにした」状態を「戦術的勝利」と呼んでいます。
その結果、Aさんは社会的信用を失って一文無しになった。
この状態を「戦略的敗北」と呼んでいます。
つまり、Aさんの戦術的勝利が戦略的敗北の原因になったのです。
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 ウクライナ戦争の日本にとっての最悪の事態は、ロシアがこの露骨な侵略戦争で戦略的に勝利して、習近平がそれなら自分も台湾で、と打って出ることです。その意味で、『プーチンはすでに、戦略的に負けている』という北野氏の指摘は現下の国際情勢の本筋を理解するための鍵となります。


■2.北野氏の20年間のぶれない主張

 北野氏の新刊は前著から1年8ヶ月ぶりです。弊誌で北野氏を最初に紹介させていただいたのが、平成17(2005)年の第一作『ボロボロになった覇権国家アメリカ』でした。以来、数えてみると、今回で13編目となります。ちょうど良い機会と考えて、今までの12編をすべて、一カ所で一気読みできるようにまとめてみました。[マガジン]

 過去の号をまとめながら、この20年間のその時々に、氏が説く国際情勢と日本の針路は深まりこそすれ、1ミリもぶれずに筋を通している点を見て、氏の著作を推奨してきた弊誌の「目は確かだった」と秘かな満足に浸りました。

 たとえば、2012年の『プーチン 最後の聖戦』では、プーチンが国内で独裁政治を確立し、それまで仮想敵国だった中国との同盟を成し遂げ、上海協力機構を反米の砦にしていった様子、石油のルーブル決済を進め、ドル基軸体制に挑戦する過程などを描いて、「プーチンはマジで世界の支配者たちと戦うつもりだ」と観察しています。[JOG(748)]

 今回のウクライナ侵略に先立ち、ロシアの大軍が国境に集結している段階で、多くの国際政治評論家が「軍事的恫喝に過ぎず、本当のウクライナ侵攻などありえない」とみる中で、北野氏は実際の侵攻の可能性がある事を正しく指摘していました。

 現在のウクライナ戦争は、「プーチン最後の聖戦」の最終局面であり、そこで『プーチンはすでに、戦略的に負けている』と指摘しているのが、今回の新著なのです。


■3.戦略的敗北(1) フィンランドとスウェーデンのNATO加盟

 プーチンが戦略的に負けている、とは、具体的にはどういう点なのでしょうか? 詳細は北野氏の著書で見ていただくこととして、経済面でのロシアへの西側諸国の経済制裁、西側企業の一斉撤退と並んで、国際政治面では以下の3点が挙げられます。

 第一はフィンランドとスウェーデンのNATO加盟です。
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・・・プーチンは、ウクライナ侵攻の口実として、「ウクライナのNATO加盟阻止」「NATO拡大阻止」を理由に挙げています。
 ところが、「NATO拡大を阻止するための」ウクライナ侵攻は、正反対の結果になりました。
 これまでずっと中立を維持し、NATO非加盟だったフインランドとスウェーデンが、NATO加盟を決めてしまったのです。
 フィンランドは、ロシアとは長い国境線を接する北西の隣国です。
 スウェーデンは、フインランドの西の隣国です。
 二つの中立国は、NATO非加盟国ウクライナが、突然ロシアに侵略されたのを見て恐怖した。
 そして、NATOへの加盟を決めたのです。[北野、p227]
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 サッカーで言えば、絵に描いたようなオウンゴールですね。


■4.戦略的敗北(2)「旧ソ連圏の盟主」の地位喪失

 さらに明白な戦略的敗北は、ロシアが「旧ソ連圏の盟主」の地位を喪失したことです。
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 まず、ウクライナ、モルドバ、ジョージアがEU加盟申請を行っています。
 加盟申請をしたのは、ウクライナが2022年2月、モルドバとジョージアが同年3月。
 これは、明らかにウクライナ侵攻を受けた動きです。[北野、p233]
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 アゼルバイジャンとアルメニアは領土問題で紛争を繰り返しており、アゼルバイジャンはトルコから支援を受けて戦っています。アルメニアはロシアに支援を求めましたが、ウクライナ戦争で手一杯のプーチンは何もできず、同国はロシア離れを加速しています。

 中央アジア地域のカザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタは弱体化したロシアから離れ、中国と「中国・中央アジア運命共同体」を構築することが宣言されています。

 こうして見ると、旧ソ連諸国で未だに「ロシアの勢力圏」と言える国はベラルーシぐらいとなり、ロシアは「旧ソ連圏の盟主」の地位を完全に失ってしまいました。


■5.戦略的敗北(3)「中国の属国」化

 かつては中国は「中央アジアはロシアの縄張り」と尊重してきましたが、現在では、この地域に勢力を伸ばしています。ロシアが石油や天然ガス、石炭などの最大顧客であった欧州から締め出され、その分を中国に輸出して、苦境を乗り越えようとしている、その足下を見ているのです。

 しかも、中国はロシアのエネルギーを買い叩いています。2023年4月の貿易データでは、中国のロシアからの輸入量は前年同月比で9%増でしたが、金額ベースでは27%減でした。価格としては3割ほども、買い叩いているのです。中国は歴史的に見ても、属国には情け容赦ない振る舞いをしますが、それが今回の対ロシアの輸入にも、中央アジア諸国への勢力伸長にもよく現れています。

 プーチンは屈辱感を噛みしめているでしょうが、「中国の属国」に転落した今になっては、なすすべはありません。

 こうして、(1)フィンランド、スウェーデンのNATO加盟、(2)「旧ソ連圏の盟主」の地位喪失、(3)中国の属国化、と並べてみれば、たとえウクライナの東側数州を奪ったとしても、それではとうてい代償とならない「戦略的敗北」をすでに喫している、という北野氏の指摘がよく分かります。


■6.プーチンが拒否した日米独からの和解の道

 しかし、こうした戦略的失敗は、プーチン自らが選んだものです。プーチンは2014年にウクライナからクリミア半島を奪い、西側諸国の経済制裁により、成長率は2000年代の毎年7%が、いきなり1%程度に落ち込んでしまいました。これも戦術的勝利が戦略的敗北に繋がった典型的な例です。

 しかし、実は、このクリミア併合の後も、ドイツ、日本、アメリカから戦略的な和解の道が示されていました。

 まず、ドイツはロシアと直接つなぐ海底ガスパイプライン「ノルドストリーム」を建設しました。当時のメルケル首相は、問題児プーチンを、経済的な相互依存関係に入れて、おとなしくさせておくことができると考えたようです。

 ウクライナ侵攻の前年2021年にはドイツの天然ガスのロシア依存度は55%に達していました。しかし、この依存度で、プーチンは逆に「ロシアがウクライナに侵攻してもドイツは何もできないだろう」と考えたようです。理想主義者のメルケルとはまるで思考方法が違っていたのでした。

 クリミア併合後、日本もプーチンに歩み寄っていました。中国は2012年にロシアと韓国に「反日統一共同戦線」構築を提案していました。これに対して、安倍総理は日米同盟を基軸に、日露、日韓関係を改善することで、「反日統一共同戦線」を無力化することを狙ったのです。

 2016年、プーチンは日本を訪問し、日露関係は大いに好転しました。日本のマスコミは「北方領土問題」しか見ていませんでしたが、安倍総理はもっと戦略的に考えていたのです。その目論見を正しく読んだ中国政府が「安倍首相はロシアを抱き込み、中国に対する包囲網を強化したい考えだが・・・」と反発しました。

 アメリカもクリミア併合後、ロシアへの接近を試みていました。きっかけはAIIB(アジアインフラ投資銀行)です。中国主導の国際金融機関で、中国の「一帯一路」構想に基づいて大規模なインフラ投資を行うという構想に、イギリスがアメリカの制止を無視して参加、以後、欧州諸国を含め、世界の57カ国が雪崩をうって参加しました。

 これはアメリカの覇権に対する中国のあからさまな挑戦であり、米政府はいまや主敵は中国であることを知ったのです。その対抗策として、アメリカはロシアとの和解に動きました。米国はクリミア併合後の停戦合意が履行されるなら(すなわち、クリミアを返還しなくとも)、ロシアに対する制裁を解除することもありうる、という意図をロシアに伝えました。

 プーチンが、戦略的な頭脳を持っていたのなら、この時点で日米独の和解の誘いに乗ったでしょう。クリミア半島は自分のものとしたままで、日米独の経済制裁を解除して貰い、その後の経済関係を発展させることもできるのです。

 しかし、プーチンは、その戦略を採りませんでした。逆に2021年にウクライナに再度攻め入って、ささやかな領土をもぎ取ることで、上述の戦略的敗北を喫したのです。北野氏が以前から指摘していたように、プーチンは戦術脳であり、戦略脳の持ち主ではないのです。


■7.日本にとっての最良の戦略的オプションは?

 北野氏の戦術脳と戦略脳の指摘から、我々が学ぶべき点は何でしょうか? ここから先は、北野氏の主張を参考に、弊誌独自の考察をしてみましょう。ただ今年1月の北野氏との対談では、ほとんど考えは一致していました。

 我々が注意すべきは、言うまでもなく、戦術的勝利を狙って、戦略的敗北に陥らないことです。考えてみると、我々の周囲には、両者の区別をあまりできていない評論家も少なくないのです。

 たとえば、橋下徹氏はウクライナ戦争が始まった頃、「ウクライナは犠牲者を出さないために早く降伏すべき」と主張していました。氏は先の大戦で日本が降伏した後も、満洲や北朝鮮で何万人もの在留邦人を虐殺、暴行していること、さらに国際法を無視した60万人ものシベリアへの強制連行で、6万人以上が犠牲になったことを知らないはずはないでしょう。

 果たしてロシア軍はウクライナ戦争でも同様に、ブチャでの虐殺やウクライナ国民の強制連行と、同じ戦争犯罪を繰り返しています。氏の考え方は、戦略的敗北をもたらすだけです。

 また冒頭の「ウクライナ軍はまもなく大敗北喫し戦争終結、これだけの証拠」の論者は、だからこそ、日本が早期終結実現に取り組まなければならない、と主張しています。しかし、ウクライナ国民の多くは一部の領土を差し出して停戦しても、それはロシアの時間稼ぎに過ぎず、何年か後には次の侵略に乗り出すと考えています。

 同様に東欧諸国がウクライナ支援に真剣なのも、ここでウクライナが征服されたら、その後は自分たちがロシアの脅威に直面しなければならない、と考えているからです。彼らも、中途半端な停戦には反対でしょう。

 クリミアを併合した後に、再度、今回の侵略に乗り出したプーチンの「実績」を考えれば、こうした見方の方が事実に基づく説得力があります。ウクライナの敗北は必至なのだから早く停戦を、というのも、戦術脳に過ぎず、長期的な戦略脳ではありません。

 日本にとっての真の戦略的勝利は、プーチンに徹底的な戦略的敗北を味あわせ、それによって、習近平の台湾侵略を思いとどまらせるということでしょう。そのためにも、習近平にとって仮にも「プーチンの勝利」と見えるような幻想を与えてはならないのです。

 長期戦を戦わなければならないウクライナ国民には気の毒ですが、ウクライナ自身のため、東欧諸国のため、さらに日本と東アジアの平和のためにも、頑張って貰わねばならないのです。当然、西側諸国も精一杯、ウクライナを支えなければなりません。

 中国経済の崩壊と人口減少もすでに始まっており、中国の衰退は日々進んでいきます。習近平に対する軍事クーデターや国内分裂の可能性すらあります。同時にロシアもプーチンの次の指導者が、今回の戦略的敗北から学んで、西側諸国との和解を目指す戦略に変わる可能性があります。時は我々の味方なのです。これこそが、現在の日本にとっての最良の戦略と考えます。
                                        (文責 伊勢雅臣)


■リンク■

・[テーマ・マガジン]「北野幸伯氏の説く国際情勢と日本の針路」
https://note.com/jog_jp/m/me51e0e343099

・JOG(748) 戦国時代を戦うプーチン ~ 北野幸伯著『プーチン 最後の聖戦』を読む
 プーチンはアメリカの覇権に命がけの挑戦状を叩きつけている。
https://note.com/jog_jp/n/ne2e59b29f120?magazine_key=me51e0e343099

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・北野幸伯『プーチンはすでに、戦略的には負けている』★★★、ワニ・プラス、R06
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4847074394/japanontheg01-22/

・矢野義昭「ウクライナ軍はまもなく大敗北喫し戦争終結、これだけの証拠」、JBpress 2024.5.10
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/74137


■伊勢雅臣より

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