まづ第一に重要なことは、歴史上の各時代の時代思想、社会思想、政治思想を正しく見ょうとするには、その時代時代に生きてゐた人びとの心情に立つて、それらを味はつてみょうとする努力が、何よりも大切だ、といふことです。

相手の心情を出来るだけ正しく知り味はつてこそ、時代の精神も、その時代の思想の中味も分るのではないでせうか。

階級闘争といふ闘争心を駆り立てて社会機構の変革をすれば、変革が成就した後に残るものは、その闘争を成功させたとげとげしい闘争心そのものではありませんか。そのとげとげしい闘争心こそは、平和にとつて最大の障害物ではないのですか。そんな心情の連中に天下を渡してしまつて、どうして「平和な社会」が実現しうるのでせうか。

社会機構の変革のみに狂奔するならば、来たるべき社会、到来させるべき平和精神の横温する社会を目指しての努力の果てに、その思惑とは全く正反対にその理想とは程遠い反平和的、非平和的心情が往き来する社会が来てしまふ恐れがあります。


「丸山真男氏の思想と学問の系譜」(6)140-145
『学問・人生・祖国ー小田村寅二郎選集』国民文化研究会
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