すでにモノが過剰になった先進国の市場において、生産性だけ追い求め、役に立つモノをつくっても評価されません。日本の企業を混乱させている定石の1つに「カスタマーファースト=顧客第一主義」という考え方があります。しかし、本当にカスタマーファーストという思考・行動様式は私たちの競争力を高めてくれるのでしょうか。

安藤忠雄さんの仕事ぶりについて、自伝や記事を読んで感じるのが、徹底した「顧客無視」の姿勢です。「いつになったら提案してくれるの?」と、いぶかる施主を2年以上も待たせていたある日、安藤さんに「壁に入れられた十字のスリットから光が差し込む」という「光の教会」のアイデアがひらめきます。

光の十字架というアイデアは絶対に捨てられない、一方で予算は足りない。しかし安藤さんはとんでもないことを言い出します。それは「屋根はいらないですよね?」という提案です。

 あぜん。「・・・雨や雪のときはどうするんですか?」ともっともな疑問を呈する施主に対して安藤さんは諭します。この建築物は自然とともに礼拝する場所なのです。イエスの時代に屋根がある祈りの場所があったでしょうか。なかったはずです。信者の寄進が集まったら、そのときに屋根を造りましょう。信者の思いとともに育つ、それがこの教会、すなわち「育つ教会」なのです、と。

施主はこの後、同じ敷地内の教会堂や日曜学校の建築も安藤さんに依頼しました。顧客の維持という点でも、自身の実績という点でも、この「光の教会」という仕事はこれ以上望めないほどの成果となったのです。

私たちは「ビジネスを成功させたければカスタマーファーストが大事だ」と盲目的に考えてしまいがちですが、その思想の下に設計されている多くの製品がグローバルな競争力を発揮できずにいます。

その一方で、安藤さんや家電のバルミューダなど、自分が納得できる仕事をとことんまで追求する「俺、ファースト」のほうが、最終的には存在感を放っているケースが多いように思います。

「安藤忠雄 『俺、ファースト』で存在感を放つものづくり」山口周、『週刊東洋経済』H310323