新しい習慣を身に付けるというのは
この歳になればなかなか難しいものだ、と思っていたが、
ふと、にんじんを切る自分の手元をみて驚いた。



昔なら、ポイポイ赤いヘタを切って捨てていたような気もするが、
今は一旦切ったヘタについた赤い部分をさらに切り、
本当にヘタのみ切り抜くように切っていた。



無意識とは恐ろしく便利なものだ。
節約という概念もないままに、
高い、もったいない、が先立つ。



米も高いがにんじん、白菜、ぜんぶ高いぞ。おい。



昔、3本98円、高くて128円くらいだった気もするにんじんが
今、248円くらいになっている。
二度見するほどだ。
年末に向けて価格の高騰もあるだろうが、それにしても、たけー。


そういえば、カレーライス物価指数というのを帝国データバンクがだしている。


(こんなやつ)


米高い、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ高いとなれば、
そりゃカレーライスも爆上がり、
俄然、手元の包丁さばきも、野菜の扱いがさながら丁寧に扱うべき「貴重品」だ。


今日はカレー「で」いいよ、ではない。
カレー様とお呼び、とばかりの価格高騰ぶりだ。



ということで人参のヘタもぎりぎりまで、
白菜も表の傷んだ葉をポイポイというわけにいかず、
茎あたりの食べられそうな部分は無意識に
汚れや傷んだ部分を取って放り込んでいる。



…とまあ、無意識に頭が「野菜を高いもの」と
認識するほどに
よほど高いというわけだ。



冬休みに入り、
息子は適当に昼飯を食べてくれている。
(小さな頃はもちろん作っていた)
弁当も不要だし、楽ではある。



コンビニでサラダを買ったり、パスタを買ったりしてくれているようだが、
家にストックで置いているカップ麺のゴミをみて
こりゃいかん、と慌てて
にんじんや舞茸(しいたけよりなぜか安い)、枝豆やらと一緒に好物の高野豆腐を山盛りたっぷり煮て
「おやつや昼飯に食っていいで」と相変わらずなまくらな母親だ。


そんなこんなで旦那がにやにやしながら、今日のあの子の昼飯すごいで、というので聞くと
「コンビニで買ったししゃもと高野豆腐とごはん」という。
「田舎のおばあちゃんみたいな食事や」と。



「ふだん、さぼりすぎやから野菜食べささんと。カップ麺が続くのはまずい」と私が旦那にいうと、
「おかんが考えそうなことや。いつもありがたいと思ってるよ」などと横から息子氏がさりげなくいう。


・・・なまくらおかんにこの優しさ。
沁みる&泣ける。



というわけで、毎日
少しでも野菜を食わせようと
せっせとバカ高い野菜をむいたり、切ったりしている。



一方の会社では相変わらずヘタばかりうっては、
墓穴を掘り嫌われている。
あたたかな家庭とは裏腹に寒いどころか極寒、猛吹雪だ。



子どもにお年玉あげている、という私語ばかりの同僚の言葉にたいして
うちはあげてないですよ、必要ならいつでもお金渡していますし、特別お年玉として渡してない、自分も親からもらったことないし、と何気ない返答をしたつもりが
「いつでも金を渡せることのできる家の嫌味」ととられたのかキレられた。
「調べてみたら、6割くらいは渡してないみたいですけどね、親からは」と調べましたよ体でもますます火に油。


「いやいや娘さん、羨ましいですね、って話で
●●さんの家が変とかそういうんじゃないです、」など
慌てふためいて弁解するも、時すでに遅し。
すっかり機嫌を損ねてしまった。


やっぱり嫌いだわ、こいつ。


娘自慢しては、クリスマスプレゼント一万5000円するのねだられて、さらにはお年玉あるから
(プンスカ怒りながら)年末は金かかって大変というから、大変ですね、
うちはお年玉すらあげてないよ、と解決策の秘技
「そんなに金がもったいないならあげなきゃいいじゃん」と、答えただけなのに。(これがダメらしい)



嫌味ととられたのか、
単に合わないだけか。