鶏のチーズ焼きをメインに
弁当は相変わらず代わり映えしない。
パッとしない
パッとサイでリア〜とはいかない。(古い)



体調もすこぶる悪い上に
事務所ではコロナが流行っていていろんな意味でビクついている。
さらにはセラミックの歯が噛み締めすぎ?
欠けてしまったのも悲しげだ。



それでもたまに息を吹き返しては、
また小さな頃の記憶に何度でも虐待されてくじけたりする。



親には散々虐められ、
ゴミと呼ばれ
髪はバリカンでかられ
いつも無視され、支配され
包丁向けられ
散々な目に遭わされたが
他人様や世間は、
理不尽なことも多いがそれでも
親や家族よりよっぽど厳しくても理にかなった人
筋のとおった人がたくさんいたし
それぞれにそれぞれの価値観で尊いと思うことが多々あったし、今もある。


渡る世間は鬼ばかり、なんていう
昔の価値観でがんじがらめのババア脚本家は嘘っぱちだと思う。
家の中にこそ本当の鬼が少なからず潜んでいるはずだ。



親は、人を踏みにじりながらいつも感謝という
こちらから奪うことしか考えていないが
思いやり、完全に見返りなく相手に思いをやってしまうような
後から思えば神さまめいたありがたい人が、常ではなくとも、
道に迷うたび、辻辻にいたような気がする。


この前、歓迎会で飲みにいったテナントに、
昔30年?近くも昔に
広告屋だった自分が撮影ディレクションし、
制作した看板がまだ至るところに貼っつけてあった。


当時の撮影カメラマンは
まだフィルムをまわして撮影していた。
今はデジタルが主流だが、誰が撮っても同じ個性になる。
私はフィルムが好きだった。


色や雰囲気、それは
カメラマンやフィルムの種類によっては青が強かったり
赤みが強かったり、妙に色気や艶があったり。
現像屋という商売がまだあった個性溢れる時代だった。


職人気質のカメラマンに
当初は怒鳴られることも多かったが
真摯に仕事をすることで少しずつ信頼され
無理な仕事もどうにか引き受けてもらっていた頃。


焼きそばを持ち上げてヨリで撮影してもらおうとしたら
「焼きそばもつれてる!」と怒られ
それでは、と持ち上げ直そうとするも、
今度は箸がソースで汚れ
また持ち直し…を指示され…を繰り返したり、
お好み焼きを持ち上げたら、フランチャイズだったこともあり
その本部から
「うちのお好み焼きを割って持ち上げやがって!」みたいな理不尽なクレームをくらいながらも、どうにか着地させた仕事だ。


当時の経営者に言われたのは
お好み焼きなんか、30年経っても形変わらんから、
今は大変でも、綺麗で見映えのする写真に差し替えてきちっと仕事しとけば
(今は本部の写真も大変美しいものの、当時支給されてた写真はマジで汚かった)
30年後もそのまま使ってるはずや、と。



本当に、たしかにそうなった。




つやつやのお好み焼き。

この奥で、

今よりはつやつやのはず?20代の私が震えながら必死でお好み焼きを持ち上げている。







昔も今も変わらず

ふてくされたり、ぶつくさ言いながらも

懸命に仕事をしていた気がする。


親は一切励ましの言葉などくれなかったが、
何十年も昔の仕事に今さらがんばれ、と励まされたような気になる。




街なかのあちらこちらで、
まだ自分の仕事が残っている不思議。



お好み焼きが、
おそらくあと50年先も変わらない普遍的な料理で良かった。