あ、こちら弁当画像ではありません。
(当たり前だのクラッカー)


今朝は自分の作った汚弁当を
作ったはいいものの
撮影する気も、やる気も失せ、そそくさ蓋をして
元々予定していたモネ展に行ってきた。


平日にも関わらず大行列…
平日に仕事もせずモネ展に並ぶなんてどんなセレブかジジババかと突っ込みつつ


人混み嫌いゆえ
どうなることかと思ってはいたが


前売り券が手元にあったこともあり


大行列に並んでみることに。


隙間、隙間をすり抜けつつ、


滞る入口付近は避け
空いてる方、空いてる方から観てみれば
本当にいい絵のお気に入りの前に立ち尽くしてみれるほどの隙間はあった。


何よりよかった。


桃色がかった空、

緑がかった靄

色彩が溢れていて

黄緑や青、コバルトブルー

崖や空の蒼、わら草の青、

モネのタッチは

迫力ある極彩色もいいが

やはり春や朝の色彩がお似合いだ。


絵の中に入り込み、
そのままカラフルな藁の山にボフッと頭を突っ込んで、
そのまま息絶えても悪くない、
と思えるほど(どんなだよ)よかった。




積み藁は撮影不可でした。撮影してる強気なババアもいたけどね、あ、私もオバハンですが

こういうのを
一緒に楽しんで
一緒にいいね、と感想が語り合える友人の存在は本当に大きい。


辞めた会社で仲良くしていた本当に美人でクレバーな女性なのだが、
自分の年齢の半分にもならない
若い若い、生命エネルギーに満ちた方を
友人というと向こうに嫌がられそうだが、
本当に大切な存在だ。会うだけで嬉しくなる。


特に小さな頃からずっと
あの子と遊ぶな、だの
こいつと遊びなさい、だの
母親の都合で母親の選んだ奴としか
遊ぶな、と言われた身には沁みる。


母親が選ぶ友だちは
本当に偉そうにいろいろ上から言っていた。
「この子、アホって言っても怒らへんねんで!アホー」
と誕生日会に呼ばれて馳せ参じたときに言われた言葉。
就学前だから、5?6歳くらいでも意地悪な女の子は完成形だ。
あいつらのゆがんだ口元には既に意地悪が出来上がっている。
そして、一生涯そこにいる。


今から思えば
母親は私を惨めにすることで
惨めな自分を慰めていたんだろう。


そこから、半世紀近く経ち、
母親もそのアホ呼ばわり友人としてあてがわれたクソガキも生きていても死んでいてもどうということもないくらいの遠い存在となった。


うれしいことだ。


絵のあたたかさも沁みるが
一緒に楽しんでくれる存在が沁みるお年頃である。