まあ勝ったらのお話ですが・・・ | ボクシング・メタボリック

ボクシング・メタボリック

ボクシングに魅せられて41年。阪神タイガースファン歴40年世界戦初生観戦は1983年西は熊本・福岡・沖縄とおそらく300試合は越えている。海外デラ・ホーヤとトリニダード戦を観に行っただけ。ニューヨークの殿堂はたった2回。現地速報や新聞情報貼り感想書いてます。

ボクシング史上“最恥”の命名

2014年2月22日
noname~16.jpg


  王者・湯場を倒すことを誓い湯葉を食らう細川=六島ジム

 珍名ボクサーの宝庫「六島ジム」でボクシング史上“最恥”の命名に苦労人が名乗りを挙げた。3月4日、日本スーパーウェルター級王座戦(後楽園ホール)で王者・湯場忠志(都城レオ)に挑む同級1位の細川貴之だ。

 3度目の日本王座挑戦に「すべてをかける」と言う29歳。同ジムの枝川会長から悲願ベルト奪取なら、「運子(う○こ)ごりら貴之」への改名を指令されているのだ。

 ジムでのニックネームがそのまま、リングネームになるだけだが、小学生の悪い冗談レベル。普通なら受け入れ難いはずだが、細川に迷いはない。
僕のような何の才能もないボクサーだって、やれば王者になれるというのを見せたいんです。ラストチャンスと思っているし、負ければ次はないと覚悟している」。

 10年、勝ち負けを繰り返し、努力と根性で生き残ってきた。細川にとって「運子王者」こそ、積み重ねた汗と涙の証(あかし)。泥臭いボクサー人生を誇る称号と信じている。

 21日には10回のスパーリングを終え、本格実戦形式の練習を締めた。ラウンド終盤には会長から「お前の最後のスパーや、しっかりやれ」と声が飛び、後輩らもリングサイドで笑って見守った。優しい人柄で愛されるアニキの悲願戴冠はジム全員が願っている。

湯場とは3年前に対戦し、僅差の判定の末、敗れた。序盤は攻勢ながら中盤にパンチをもらい終盤にリードされた。反省を生かし、スタミナ面を徹底強化。「雪辱へやり残しはない」と言う程の完ぺき仕上げ。辛口の会長も「ひょっとするかもしれんで」と番狂わせ!?を大いに期待する。

 対戦が決まってから自らスーパーで「京の湯葉(ゆば)」を買い、毎日ばくばくと食らってきた。「験担ぎ」にも余念はない。負ければ引退覚悟の一戦で、あとは“踏ん張り切れるか”だ。

勝ったのお話しですが、仮に勝ってもJBCが許可しないでしょうね。チャンピオンがう〇こって応援団もう〇こ、う〇こって大声援?テレビ中継があったらアナウンサーも「会場割れんばかりのう〇こコールです。おっと効いた~う〇こチャ~ンス。行け~う〇こ~って実況するんでしょうかね?まあ話題としてはいいんでしょうが、ゴリラたかゆき位しか認められないと思いますがね。

昔ホルヘ・バカってボクサーもいましたけど。リングネームの話題より試合内容で話題をさらって欲しいといつも思います。