陸上フライング・ルール改正 | 上智まさはるの陸上競技ブログ

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7/24、国際陸上競技連盟(IAAF)が、ロンドン五輪開催に先立ち、フライングのルールを緩和したと発表しました。

これまでは、フライング1回で即失格で、なおかつスターティングブロックについてから体がピクリと動いただけでもフライングとみなされる厳格さでした。

新ルールでは、スターティングブロックについてから、両手が地面から離れない、または両足がブロックから離れない限りはフライングによる失格にはなりません。

体がわずかに動いた場合はレース運営に大きな支障をきたさない限りフライングとせず、不適切な行為として警告対象とすることになり、警告が2回に及んだ場合は失格となります。


■ルール改正の歴史

私が現役のころのフライング失格ルールは「同一選手が2回フライングすると失格」というものでした。

このルールが長らく続いていたのですが、駆け引きとして意図的にフライングする選手が後を絶たず、へたをすると1レースで入れ替わり立ち代り何度もスタートし直すハメになることから、2003年にルールが改正され、「1回目のフライングを誰がしたかにかかわらず、2回目にフライングした選手が失格」となりました。

しかしこのルールだと、1回目にフライングした選手へのペナルティがない(2回目のスタートでかかるプレッシャーは誰も同じ)ため、やはり駆け引きでわざと1回フライングする選手が後を絶たないことに変わりありませんでした。(駆け引きが1回だけに抑制されるという利点はありましたが)

そこで2010年、再びルールが改正され、「1回フライング即失格」という非常に厳しいルールが適用されることになりました。

このルールにより、選手はスタートで過度な緊張にさらされることになりました。
もともとスタートを苦手にしている人には歓迎するむきもありましたが、概ね選手には評判が悪いルール改正だったと思います。

よく揶揄されたのは、「IAAFは選手よりスポンサーをとった」という批判です。つまりTVなどの放送時間内できっちり終わることを優先させたということです。これは2003年のルール改正時から言われていることです。

個人的にはやはり「一発退場」は厳しすぎると思っています。
「一発退場」に引っかかった例として余りにも有名なのが、昨年のテグ世界選手権の100m決勝のあのウサイン・ボルトの失格ですね。
そのときのボルトは、一説によると、隣の選手(同僚のブレイク)の膝が先に動いて(それは機械にも審判にも検知されず)、それにつられてボルトが反応してしまったとも言われています。こういう状況は大いにあり得ると思います。

この「1回フライング即失格」ルールに関して、水泳などの競技ではもともと「フライング1発失格」なのだから、陸上でも当然だろうという意見もあります。
しかし、陸上は水泳などとは事情が違う部分があるのだと思います。
スタートの重要さ(水泳の場合短くても1分近い競技時間ですが、陸上は10秒弱の短さ)や、自然環境(グラウンドコンディション、周囲の雑音など)の影響を受けやすいこと、クラウチングスタイルという非常に不安定なスタートの姿勢などなど。


■今回のルール改正について

今回のルール改正は、上述のウサイン・ボルトのフライング一発失格を念頭に置いたものと推測されます。
オリンピックの場で同じような事態を招くことは絶対に避けたいという強い意思の表れでしょう。

しかしちょっと解せない部分があります。
これは本当にボルトの一発失格を救済するようなものなのでしょうか?

この緩和ルールを味方につけるためには、審判が判定を下すまでにスタートを切らず踏みとどまっていなければいけません。
つまり、ボルトのようにスタートの号砲の直前に「あっ!」となっても、スタート動作はすでに始まっており、そこから踏みとどまることは最早不可能で、救済対象になり得ません。

むしろあのときのブレイクの方が、救済対象になるでしょう。
しかし、あのときは審判はそもそもブレイクの足の動きに気づかなかったので、今回のルール改正の適用はなかったはず。

結局、今回のルール改正が適用されるのは、あのときのブレイクのような事態(「位置について」から「用意」の後の静止状態で体が微妙に反応してしまった場合)で、誰もスタート動作に移っていない瞬間に、審判が微妙な体の反応に気づいた場合になります。

そのときにこれまでのルールであれば、審判は(選手全員がクラウチングの静止状態にある瞬間に、競技を中止し「立て」の命令を下し)当該選手に「一発失格」の宣言をしなければなりません。
しかし今回のルール改正で、審判は警告を発するだけで、スタートのやり直しで済むことになります。

上で述べたような状況は、我々が一般的に遭遇する「フライング」の状況(スタートの号砲より一瞬早くスタートを切ってしまう状況)とはちょっと違いますよね。むしろフライング以前の失格問題に対する解決策といえます。
発生する確率としては非常に低い状況です。

今度は視点を変えて、故意に他の選手を撹乱しようと不正を働く選手の立場で考えてみましょう。
2010年のルール改正により、このような不正の道は完全に閉ざされました。
しかし今回のルール改正により、不正を行おうという選手は、スタート直前の静止状態で体をわざと動かすことにより、他選手を撹乱することができるようになります。
つまり、不正の観点から見ると、2003年のルール改正以前の状態に逆戻りしたことになります。

このように、一般の選手にとってスタート時のプレッシャーはこれまでと余り変わらないのに、不正の道を開いてしまったことになります。
そういう意味で、今回のルール改正は「微妙」な改正といえると思います。


※その後、2013年になって日本国内の主要大会でもこのルールが適用されるようになりました。その実態を見ると、今回の改正ルールはかなり緩い形で運用されており、1回目のフライングをすべて「不適切な行為」とみなし警告にとどめているようです。
これはつまり、2003年以前のルールに戻ったということと同義になります。
今回の改正ルールをこのように解釈できるか疑問ではありますが、このような運用であれば、結果的に上で私が述べたような懸念は無くなりますね。(2013年6月13日追記)