「同じことを何度言ってでも、分かるまで現地社員を教育する。」
台湾の南部・高雄市には、大立百貨という現地百貨店があった。私がまだ台湾駐在を開始する1年前の1989年に大立百貨を訪れた。当時、この大立は、高雄では一流百貨店のプレステージを誇っており、有名ブランドの衣服が並んでいた。当社も、一番いいロケーションに「高級ヨーロッパ・ブランド衣服」の売り場を構えていた。
もちろん、売り上げは、フロアーでNO.1を誇っていた。しかし、マーチャンダイジングと百貨店の設備には問題があり、台北にSOGO百貨店がオープンしたこともあり、このままでは二流百貨店に陥落しかねない時期、1991年10月に日本の伊勢丹との合弁が始まった。名前も「大立」から「大立伊勢丹」に名前が変わった。大立時代、売り場は、トイレの臭いが充満していた。
合弁後の大立側は、百貨店業に関しては、一切口を出さず、運営は、すべて伊勢丹側に任された。当時の日本人総経理には、「台湾に日本の伊勢丹を持ってくる。」という強い意志があった。
当時、ローカル百貨店の販売スタッフは、暇なときは、店員同士でおしゃべりばかり、店頭で、おやつをポリポリ貪っている。お客様への対応には笑顔がない。お客様が入ってくると、いきなり、「要什麼・ヤオ・シェンモ?」「何が欲しいの?」と訊いてくる。お客が買わずにお店を出ようものなら、突然不機嫌な顔をして、ぶつぶつ言ってお客を睨む。
「いらっしゃいませ。」とか「ありがとうございました。」なんて挨拶は、無い。
伊勢丹の総経理は、私に愚痴った。販売スタッフには、何回も同じことを言って注意しても、一向に改善しない。それでも、諦めずに 「販売スタッフに、嫌われても同じことを何度も言って教育することを忘れない。」 お客様に満足して買っていただく。いわゆる、「顧客満足」を得られるように徹底していきたいと言う。
売り場の改装、MDの強化、社員教育の徹底により、売り上げは、以前の大立百貨のそれよりも、毎年、目を見張るように、右肩上がりで伸びて行った。売り場の設備改装により、その後、トイレの臭いは消え失せた。努力の甲斐あって再び一流百貨店にもどったのである。やはり、日本の百貨店が長年培ってきたノウ・ハウは、この後も、どんどん台湾に浸透していくことになる。
伊勢丹は、やはり伊勢丹。社員も一流、百貨店も一流である。
大立伊勢丹の日本人総経理の初代から始まり、その後何代にも亘り、ずっと私には懇意にしていただいき、協調路線を歩み、売り上げには貢献できたと自負している。
しかし、残念ながら、伊勢丹は、大立との契約を2008年3月に解消した。
