後悔する人・しない人の違い
〜私が父の死から学んだこと〜
突然ですが、私がなぜ「終活」に携わる活動を始めたのか、今日は少しだけ話させてください。
きっかけは、父の死でした。
当時、私は大阪、父は熊本で暮らしていました。
余命宣告を受けた後も、父は自宅で過ごしていました。
ある日、スマホに送られてきた一枚の写真。
父の顔を見た瞬間、「あ、もうそろそろかもしれない」と直感しました。
(看護師はこういう時、勘が冴え渡るんですよね)
その日から私は、毎月半分を熊本で過ごすことを決めました。
仕事は後回し。周りから見れば自己犠牲に映っていたかもしれません。
でも当時の私には迷いがなかった。
”父の傍にいること”
それが自分の一番したいことだったから。
最期の最期まで父の傍で濃い時間を過ごし、サポートができた。
その満足感を持ったまま、父を見送ることができました。
今振り返ると、あのとき私は「仕事よりも父・家族」を選んだ。
それが当時の私の価値観だったんだと思います。
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でも、後悔がないわけではありません。
余命宣告を受けた後も、しばらくの間、私は父の病状から目を背けていました。
元気そうに見える父の姿を見て、「まだ大丈夫」と思っていた。
忙しさにかまけて、本気で向き合うことを後回しにしていた。
医療従事者でありながら、です。
今思えば、あれは思考停止だったと思います。
「いつまでも元気な親」という幻想の中に逃げ込んで、 現実を見ないようにしていた。
余命宣告を受けて1年半。
あの時間は、もう戻ってきません。
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後悔する人・しない人の違いは、何だと思いますか?
私はこう思っています。
行動して後悔することより、
行動しなかった後悔の方が、ずっと大きく、長く残る。
そしてその根っこにあるのは、
「何かを恐れて、考えることをやめてしまう」こと。
怖いから目を背ける。
忙しいから後回しにする。
まだ早いと言い聞かせる。
その積み重ねが、
いつか振り返ったときに 「あのとき動いていれば」という後悔になる。
↕️
逆に、自分の価値観に正直に選んだ行動は、
たとえうまくいかなくても、後悔の重さが違います。
「自分で選んだ」という事実が、心の支えになるから。
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今日からできる小さな一歩
先週、「好きな時間・苦痛な時間・ついやってしまうこと」を書き出してみましょう、とお伝えしました。
今週はもう一歩だけ踏み込んで、こんなことを書いてみてください。
・「時間ができたらやろう」とずっと思っていることは何?
・本当はやってみたかったけど、後回しにしていることは何?
・「まだ早い」「また今度」と言い続けていることは何?
答えはすぐ出なくていい。
ただ、その問いを持って今日を過ごしてみてください。
来週は
「もし●●日後が最後の日だったら?」というテーマで、5月の締めくくりをお届けします。
そして、みなさんに実際に使っていただけるツールのご案内も予定しています。お楽しみに!
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来週も一緒に、少しずつ進めていきましょう!!

自分で選んだ道に、後悔は小さくなる