先日,ノーベル医学・生理学賞の受賞者に、京都大学特別教授の本庶佑さんが選ばれた。その時,本庶佑さんが語っていた考え方にとても共感した。それは「常識を疑うこと」という教えだ。教科書に書いてあることや今まで常識といわれていたことを鵜呑みにするなということである。若輩者の私がいうのもおこがましいが,科学者として最も重要なことであると考える。

 

筆跡鑑定では,伝統的筆跡鑑定法という昭和の古き時代からずっと引き継がれている鑑定法がある。この鑑定法は,このブログで何度も書いているように偽造筆跡には無力であることがわかっている筈なのにほとんどの鑑定人はこの手法をやり続けている。

 

要するに,先輩諸氏に教わったマニュアル通りの手法を,何の疑問も抱かずに繰り返しているのである。

 

自論であるが「常識を疑う」という発想は,簡単そうに聞こえるが誰にでもできるものではないと考える。人間は,常識と考えられていることには疑問をもたず,むしろこの常識によって安心感を得ているのではないのか。つまり,人間は変化を嫌う生き物ということである。

 

したがって「常識を疑う」発想ができる人間というのは,稀有な変人であるのだ。また,それに加えてその分野に極めて強い興味を持ち,自分の得意分野によって本当に困っている人々を救いたいという強い信念があるからこそ,このような発想が生まれるのではないのか。

 

仕事だから研究しているとか金儲けしか考えていない輩には到底このような発想はできない。

 

常識に逆らうことは,「お前はおかしい」と思われることも多い。そして常識に捕らわれた圧倒的多数の人々から疑いの目を向けられるのだ。おこがましいが,常識を変えなくては筆跡鑑定に進歩はない。このような逆境があっても,困っている方々を救ってあげたいという強い信念があるからこそいつもワクワクしながら鑑定ができるのだ。

 

常識に捕らわれているようでは筆跡鑑定の進歩はないのである。