筆跡鑑定に類似・非類似を判別するによる類似鑑定手法が採られていることについて私なりの考えを述べてみたい。筆跡鑑定に類似鑑定法が採用された経緯は,日本の指紋鑑定やDNA鑑定などは鑑定精度が高く,世界的にも高く評価されたことにあると思う。つまり,類似鑑定手法が世界的に優れた功績を挙げているから,筆跡鑑定にも同様に高い評価を得られるのではないかという胆略的な発想から生まれたのではないのかと思っている。


ところが、この鑑定手法により筆跡鑑定は、その信憑性が低くなり続けているのだ。その理由を述べてみたい。

 

指紋やDNAなどの鑑定手法は先に述べた通り,類似・非類似を判別する方法である。これらの鑑定が、類似鑑定法により優れた功績を残してこれたのは「偽造の可能性」がないからである。

 

それとは反対に,紙幣や有価証券,パスポート,絵画,ブランド品(高級時計やバッグなど)の鑑定に類似鑑定手法が採られているものはない。お分かりの通り,これらは偽造の可能性があるからである。では,なぜ偽造が施せるものに類似鑑定法が通用しないのであろうか。それが偽造されたものであれば、暴かれないように巧妙に模倣されて作られ、それ故に極めて類似(酷似)しているからなのである。

 

このように,精巧に模倣されたものに対し,類似・非類似を判別することになれば,類似部分が圧倒的に多くなることは明らかであり,本物であると誤鑑定されることに繋がる。即ち,偽造の可能性のある対象物に対しては,類似鑑定法を採用してはならないのである。

 

よって,紙幣や有価証券,パスポート,絵画,ブランド品などの真贋鑑定に類似鑑定手法は無力であるから、偽造の可能性を含む筆跡鑑定にも同様、この手法を使ってはならないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筆跡鑑定の信憑性と筆跡鑑定の信用性を混同している人は多い。

 

筆跡鑑定の信憑性と筆跡鑑定の信用性は全く異なる。

 

例えていうのなら,名医と藪医者が存在するのと同じだ。いや,資格制度がないという点ではそれ以上に知識や技術力に大きな乖離がある職業なのである。

 

「筆跡鑑定に信憑性はあるのですか」と問われれば,私は自信をもって「信憑性はあります」と答える。

 

一方,「信用できる鑑定を行える筆跡鑑定はいますか」と問われれば私は「ほとんどいません」と答える。

 

筆跡鑑定の結果が正しいかどうかは裁判ではわからない。ある事件で,偽造筆跡という結論を出して敗訴しても偽造筆跡ではないということではない。つまり,偽造筆跡であれば「私が偽造しました」とでも言わない限り筆跡の真偽は闇に葬られることになる。

 

つまり裁判において判決がでても,それが正しい筆跡の真偽とは限らないから本当のことは関係者にはわかる術がない。

 

一方,筆跡鑑定の結果が分かる場合がある。それは,主に「怪文書や誹謗中傷文」の書き手の特定である。

 

当職は,数多くの怪文書や中傷文書を手掛けているが,鑑定結果によって犯人が認めて依頼人に謝罪されたケースは多い。また,犯人を特定する説得力の高い鑑定をしているので「目から鱗」「十分に納得できました」「これでは間違いありませんね」と感心されることも多い。

 

なぜなら,何の意味もない「鑑定結果の方向性」ではなく,精密な筆跡鑑定によって導き出された,根拠と証明力の高い「鑑定結果」だからだ。

 

このことは,筆跡鑑定によって明らかに筆者識別が可能であるという証と考えることもできる。

 

筆跡鑑定は,このような誹謗中傷文書や怪文書などの「犯人捜し」をするのであるが,何を勘違いしているのか

「犯人捜しでなく解決の糸口を探る」とか「抑止効果」とか意味不明なことを言う鑑定人がいるのだ。もう一度言うが「筆跡鑑定」は筆者識別をすることを言うのである。犯人を特定すれば,抑止効果は当然のことながら期待できるのである。

 

何度も繰り返すが,「筆跡鑑定人とは筆者識別を行う人」を言うのであり,誹謗中傷文や怪文書の筆跡鑑定は「犯人の特定」を行う以外にその答えはないのである。

筆跡鑑定の裁判で,昭和時代や数十年前の判例が活かされることが多い。

 

筆跡鑑定とは科学の分野であり日々進化を遂げているものであるが,陳腐化された判例が何の疑問も持たれずに裁判の判決に影響を及ぼすことが不思議でならない。

 

DNA鑑定の裁判では昭和時代の判例を持ち出すことはない。DNA鑑定も筆跡鑑定も同じ科学の分野であり日々進化を遂げるものではないのか。

 

筆跡鑑定においては,司法関係者の過去の判例に固執する強い先入観が判決に影響を及ぼすことが考えられる。

 

長期間にわたり非常に稚拙な内容で鑑定書を書き続けてきたことで,法曹関係者に対し「信憑性が低い」と強い先入感を抱かせた古参の鑑定人の罪は大きい。

 

更に,鑑定できない輩が数多く鑑定業界に参入していることで,ますます信憑性に疑問を持たせ続けている。非常に恐ろしいことである。