Ch.11 告白 | 魔人の記

Ch.11 告白

Ch.11 告白


リーエイルは、勇治郎を連れて食堂を出ていった。
切符を見つけ出すために、何らかの準備が必要らしい。

ふたりに続いて晴人が席を立つ。

「僕はこの塊王(かいおう)ゲシュタルトの手入れをしてくるよ。多分戦いになるだろうから、切れ味をいい状態に保っておかないとね」

背中に背負った剣のような塊を右手の親指で示しながら、晴人は誇らしげに言った。
それに対して、あかりは不思議そうな視線を送る。

「切れ味…?」

口から漏れるのは疑問の声。
晴人が言う塊王ゲシュタルトは、瓦礫がくっついて細長い形を成しているようにしか見えない。

つまり敵を切って倒す鋭利な刃物というよりは、殴って倒す鈍器という見た目をしていた。
「切れ味をいい状態に保つ」という晴人の言葉に、あかりはどうしても違和感を禁じ得ない。

母親の由美子を捜索するのに協力してくれるということで、晴人に対するあかりの好感度は少し上がっている。
その好感度をもってしても、違和感を消すには至らなかった。

「それは…剣、なんだよね?」

あかりは確認する意味で晴人に尋ねる。
これに、彼は驚いた様子でこう返してきた。

「何を言ってるんだい? どう見ても剣じゃないか。めちゃくちゃカッコいい剣だよ!」

「そ、そうなんだ…」

「あー、その反応!」

晴人はあかりの顔を指差す。
突然の行動に彼女が驚くと、彼は手を下ろしてしかめっ面になった。

「姫ちゃんと全く同じ反応だ!」

「え」

あかりは思わず、そばにいる姫に顔を向ける。
姫はあかりに苦笑を返した。

そんなふたりに、晴人は塊王ゲシュタルトの素晴らしさについて熱弁する。

「このカッコいい塊王ゲシュタルトはね、倒した相手の装備とか壊した物とかを刃にまとう剣なんだよ! 倒せば倒すほど、壊せば壊すほど大きく強くなっていくんだ。つまりめちゃくちゃカッコいいよね!?」

「…え、えっと…そうだね……」

反論はいらぬ争いを生みそうだ。
あかりは戸惑いつつも、同調してみせた。

晴人は塊王ゲシュタルトを抜刀し、右手で軽々と持ちながら鼻息荒く称賛を続ける。

「しかもこのカッコよくて素晴らしい塊王ゲシュタルトは、僕が倒したり壊そうとするもの以外をすり抜ける! 今も刃が天井にめり込んでるけど、僕が壊そうと思ってないから壊れない! だからどんなに狭い場所でも自由自在に振るうことができるんだ!」

さらに、と塊王ゲシュタルトを背中にくっつける。
すると剣身が縮み、切っ先と床の間にわずかな空間ができた。

晴人は両手を大きく広げ、あかりと姫に向かって高らかに言い放つ。

「納刀、つまりこのとてつもなくカッコよくて素晴らしい塊王ゲシュタルトを背中にくっつけると、ひとりでに短くなる! 地面にめり込まないように自動で調節するんだ! 意志を持ってるとかそういうわけじゃないけど、めちゃくちゃ頭がいいよね! いやーやっぱり、塊王ゲシュタルトはとてつもなくカッコよくて素晴らしく頭がいいんだよ!」

食堂に晴人の声が響く。
その残響が消えると同時に、彼は手を下ろした。

「なのに」

声のトーンが大きく下がる。

「なのに誰も、その魅力をわかってくれない…師匠もさ? 他のことにはいろいろ興味を示すのに、僕がとてつもなくカッコよくて素晴らしく頭がいい麗しの塊王ゲシュタルトについて話そうとすると『あーそういえば結界の見回りをせねばのー』とか言い出してどっか行っちゃう」

彼はじっとりとした目であかりを見た。

「あかりちゃんは期待の新人だったのに、反応が姫ちゃんと全く同じ…僕は悲しいよ。勇治郎さんは僕が話し出したらいつの間にかいなくなってるし、誰も話を聞いてくれないんだ」

「な、なんか…ごめん」

期待を裏切ってしまったようで、あかりは何だか申し訳なくなってきた。
しかしその謝罪は晴人に届かない。

彼は暗い表情のままふたりに背を向ける。

「いいんだいいんだ。とてつもなくカッコよくて素晴らしく頭がいい麗しの最強剣、塊王ゲシュタルトの良さをわかるのは僕だけなんだ。だから僕が心を込めて手入れをするんだ。切れ味をいい状態に保っておかなくちゃいけないから…」

晴人はぶつぶつ言いながら歩き出す。
リーエイルや勇治郎が出ていったドアとは別のドアに向かって歩いていった。

「……」

「………」

あかりと姫が見送る中、ドアはとても静かに開かれ、そして閉じられた。
その音は晴人の心情を表しているかのように、寂しげだった。

彼が戻ってこないのを確認してから、あかりは申し訳なさそうにつぶやく。

「なんか、悪いことしちゃったかな」

「あ、あはは…」

姫が思わず苦笑した。
あかりが気にしなくてもいいように、晴人についてこんな評価を口にする。

「晴人くん、いい人なんだけど…あの剣のことになるとちょっと……すごくなるっていうか」

「確かにすごかった」

あかりは勢いをつけてうなずいた。
すごいという抽象的な言葉で通じてしまうところがとても興味深く、また面白くもあった。

本人がいないのをいいことに、あかりは正直な感想を口にする。

「でもあの…塊王ゲシュタルト? 剣っていうならもうちょっとなんか…スラッとしてる方があたしは好きかなあ」

「私もそう思う。晴人くん細身だし、剣も細くてキレイめな飾りがついてるようなものの方が似合うと思うんだけど、なんかああいうおっきくてゴツいのを振り回す、っていうのがいいんだって」

「もしかしてそれ、男のロマンってヤツなのかな?」

「さあ…でも勇治郎さんにもお話聞いてもらえなかったみたいだし、男のっていうより晴人くんのロマンなのかも……?」

「そういえば勇治郎さん、剣の話するといつの間にかいなくなったって言ってたね。想像するとちょっと笑っちゃう」

あかりは自身の口に手を当ててくすくす笑う。
熱弁する晴人のそばから、音もなくスッといなくなる勇治郎を想像したようだ。

姫も同じことを想像し、楽しげに笑った。

「ふふっ、ほんとだね。晴人くんには悪いけど、確かにおもしろい」

あかりと姫は、それからもしばらく晴人の話題で盛り上がった。
彼と彼以外のメンバーが持つ温度差は、ふたりに一定の笑いを提供してくれた。

「はあ…」

やがてそれにも飽きる。
リーエイルと勇治郎が出ていったドアを見るが、まだ彼らが戻ってくる様子はなかった。

しかし話題がなくなるということはない。
あかりは先ほど姫がしていた話について、もう少し詳しく尋ねてみることにした。

「さっき時計の話してた時、あたしの家に設定してるって言ってたけど…それってどういうこと?」

「えっとね…この裏界っていう世界は、表側の世界と住所が共通してるの。あかりちゃんがお家で目覚めたのは、勇治郎さんと晴人くんがあかりちゃんをお家まで運んだから…なのね」

「…? うん」

晴人の話だと、あかりを運んだのは勇治郎のはずである。
勇治郎があかりを運び、晴人が元の世界に戻す仕掛けを使ったと言っていたのだ。

違和感を覚えるあかりだが、今回それは訊かずにおくことにした。
黙って姫の話を聞く。

「一度裏界に来た人は、何かの拍子でもう一度来ちゃうことがあるの。あかりちゃんはお母さんが切符を使ってこっちに来ちゃったかもしれないって言ってたけど、その切符をあかりちゃん自身が使う可能性もあった…」

「あ」

「来るとしたらあかりちゃんが暮らしてる範囲で間違いないし、お家はその出発点になる。だからこっちに来ちゃってもすぐまた帰せるように、時計でその場所を設定しておくの」

ここで姫の表情が沈んだ。

「あかりちゃんの家をチェックするのは私の担当だったんだけど…ごめんなさい、反応があんな一瞬で消えることって今までなかったから、もしかしたら故障かもしれないって思い込んじゃって…」

「あっ、それはもう気にしないで。みんなが協力してくれるし、あたしは心配してないから!」

あかりは姫を責めたくて質問したわけではない。
その気持ちを伝えると、沈んでいた姫の表情が幾分か和らいだ。

話を変えるため、あかりは自分が晴人に助けられた時のことを尋ねる。

「それじゃ、晴人くんがあたしを助けてくれたのも、その設定が関係してる…のかな」

「…!」

この言葉に姫は驚く。
迷うことなくあかりを褒めた。

「すごいねあかりちゃん、よくわかったね」

「え、えへへ…そう? 何となくで言っただけなんだけど…」

「最近、裏界に落ちてくる人が増えてるらしいの。多分あかりちゃんや…私と同じように、切符が関係してるんだと思う」

「えっ?」

あかりは目を見開く。
姫も切符に関係していたというのは初耳だった。

「切符って、姫ちゃんも…拾ったりしたの?」

「私の場合は拾ったわけじゃなくて、渡されたの…あかりちゃんと同じ、マスクにね」

「渡された…?」

あかりはマスクが落とした切符を拾ったが、姫はマスクから渡された。
押しつけられたのではなく、渡されたと彼女は言った。

となると、髪を逆立て黒いマスクに大きく裂けた笑い口を描いた得体の知れない男から、姫が自分の意志で切符を受け取ったということになる。
普通そのようなことをするだろうかという疑問が、あかりの中に巻き起こった。

表情からそれを読み取ったのか、姫は苦笑しつつ納得してみせる。

「そうだよね、普通は渡されても受け取らないよね」

「あっ…いや、その」

疑問を見破られたあかりは、戸惑いを隠せずにおろおろしてしまう。
そんな彼女に、姫は小さく笑いながらこう言った。

「私ね、いじめられてたの」

「えっ」

「ほんとにひどいいじめで…死にたいって思った。その時にマスクが現れて、切符を差し出してきたの」

姫の視線が下がる。
あかりの目を見ながら話せるような内容ではなかった。

「私の周りにいるのは、私をいじめる人か…私の存在を無視する人だけだった。でもマスクは私にこう言ってくれたの。『どうした? 暗い顔してよ』って」

「……」

「見た目は怖かったけど、いきなり叩いたり蹴ったり…私のことを豚だなんて言ったりはしなかった。だから私も…怖かったけど、マスクと話をしようって気になったの。そしたら彼はこう言った……『こことは違う場所に行ってみたくないか?』って」

姫はマスクの誘いに乗り、切符を受け取った。
その直後、飛び降りようとしていたビルから落とされ、彼女は裏界にやってきた。

「私は魔人ペンを見つけて、この体を描いた…そしたらマスクがまた出てきて、私をこの中に入れてしまった。でもそれは彼の能力だとかそういうことじゃない」

ここで一度言葉を切る。
それから深呼吸をし、あかりの目を見てこう言った。

「私がここに来た時点で死んでいたからなの」

「…え…!?」

「今もそれは同じ。私は死んでいる…それでもこうしてあかりちゃんと話せるのは、ここが裏界だから。そして勇治郎さんや師匠に助けてもらったからなの」

「ど、どういうこと?」

あかりにはわからない。
確かに姫は、見た目がアニメキャラクターということで普通ではない。

しかし死んだ者が話をするなどあり得ないし、そもそもあかりの目には死んでいるように見えない。
だが姫本人は死んでいるのだと言う。

あかりが混乱するのも無理はなかった。
姫は再び彼女から視線を外しつつ、その理由を語る。

「死んだ私は、この体の中から消えてなくなるところだった。魂だけになって、裏界の空気に溶け込む…そうなるのは時間の問題だったの。でもそこに勇治郎さんと師匠が居合わせて、私をここに連れてきてくれた」

姫は、右手に装着している腕時計をタッチする。
すると大きく17という数字が表示された。

「裏界は時間が止まってる。でも死んだ者の時間はどんどん減っていく。それがなくなったら魂だけの存在になる……ここはそういう世界。減っていく時間を止めるためのものを、師匠は私にくれたの。だからこうして、今もあかりちゃんとお話ができる」

「………」

「時間の感覚がなくなっていくことは恐ろしい…さっき私が言ったのはそういう意味なの。死んでしまっている私は、気をつけないとこの体から魂が抜けてしまう。あかりちゃんは生きてるから、そこまでの影響はないと思うけど…時間をしっかり意識しているに越したことはないから、時計をあげたの」

「……」

あかりは左手首につけた時計を見る。
姫と同じようにタッチしてみるが、彼女のように大きな数字は出ない。

表示される姫。
表示されないあかり。

その違いは、死者と生者を明確に分けていた。
あまりに重い事実が、あかりの口を開かせない。

静かになってしまった彼女に、姫はそっと謝った。

「ごめんなさい、こんな暗い話をして…でもこういう事情を持ってるのは私だけじゃないの。師匠も勇治郎さんも、晴人くんもつらい中がんばってる」

「……」

「お互い大変だからこそ、力になりたい…その気持ちは、私だけじゃなくてみんな同じだと思う。だからあかりちゃん、お母さんのこと不安だと思うけど……一緒にがんばろうね」

「…っ!」

あかりは唇を噛んだ。
姫の方を振り向くと、彼女の右手を両手でつかむ。

「ごめんなさい!」

「…え?」

「あたしバカだから、全部はすぐにわかんない! 姫ちゃんは死んでるっていうけど、あたしにとっては全然そうじゃないし…手だってあったかい!」

「あかりちゃん…」

「だけどいじめられてたとか、死にたかったとか…ほんとつらかったんだなって……! 同情とかよくないっていうけど、あたし…どう考えたらいいのか全然わかんなくて……!」

あかりの目から涙がこぼれる。

「この世界のこととか全然わかんないし、なんでわかんないんだろって自分がイヤになるし、勉強しとけばよかったって思ったりもするけど今さらだし…! ごめんなさいって思うばっかりで……!」

「あかりちゃん、私の方こそごめんなさい」

姫は、あかりの両手に自身の左手を重ねる。

「私きっと、あかりちゃんに話を聞いてほしかったんだと思う。歳が近いし同じ女の子だし、何より気が合う感じがしたから…聞いてもらえるかもっていろいろ話しちゃった。甘えちゃって、ごめんなさい」

「いいよ…! 甘えていいよ! だってずっとつらかったんでしょ? ここにいる人たちだって大変だから、つらいって言えずにいたんでしょ?」

「…! あかりちゃん…」

「ガマンし続けてきたんでしょ? あたしでよかったら話聞くよ! 助けてもらったからとかじゃなくて、なんか…そういうのじゃなくてっ!」

あかりは勢いよく手を離す。
目の前にいる姫に抱きついた。

「あたし難しいことは全然わかんないけど、姫ちゃんがつらかったのはわかるから! がんばってきたのはわかるから!」

「あかりちゃん…!」

「だから…だから……うわぁあああん!」

もはや言葉を紡ぐことはできなかった。
あかりは感極まって泣き出した。

「ありがとう……」

自分のために泣いてくれるあかりを、姫はそっと抱きしめる。
少し身長の低い彼女の頭に、頬をすり寄せた。

抱き合うあかりと姫を、ドアの向こうからリーエイルと勇治郎が見つめている。
ふたりの邪魔にならぬよう、リーエイルが小さな声で勇治郎にささやいた。

「呆れるほど真っ直ぐな娘じゃの、勇治郎」

「……」

「なんじゃ、お主…泣いておるのか?」

「バカを言うな」

勇治郎は短く言い、ジャケットの胸ポケットに入れているサングラスを手に取った。
慣れた手つきで装着すると、目元が隠れる。

リーエイルは苦笑するものの、彼をからかったりはしない。
優しい眼差しをあかりと姫に戻し、まばゆいものを見るかのように微笑むのだった。


>Ch.12へ続く

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