【本編】バー「褐色の妖精」~川口 俊幸の場合~その17 | 魔人の記

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ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

川口 俊幸の場合 その17


落ち着け…
落ち着くんだ。

心臓がバクバクいってる。
落ち着け。

どうせもうバレてる…だから落ち着くんだ。

冷静に、冷静にならなきゃ…敵には勝てない。
そうだろ? ネトゲでも、熱くなってる時ほど変なミスしちまうもんだ。

「もし知っていたら、でいいんだが…」

目の前にいるこの、森とかいう刑事…
飄々としたおっさんという風貌だが、今は目がちがう。

「中田 マナミの居所を教えちゃもらえないかね?」

ヘタにとぼけてみろ、身を滅ぼすぞ…そう言ってる。
俺に尋ねるようなことを言ってるが、それは形だけのもの。

俺が中田と連絡を取り合ってるのはもうバレている。
だからさっさと教えろ…それが、今の言葉の『正解』だ。

だが…

…そうなんですか。
でもすいません、俺もアイツの居場所、わからないんです。

「…そうか」

……。

少し、目の鋭さが消えた。
当然だ、俺はウソは言ってない。

いくらウソを見破るのが仕事だといっても、もともとついてないウソを見破ることはできない。

俺は中田の居場所を知らないであせってたが…
逆に今はそれが、この刑事から中田を守ることにつながってる。

もし居場所を知ってたら、目の動きとかでどっち方面にいるかバレちまいそうだからな…
何も知らないってことが、逆に功を奏したって感じだ。

あと、よかったことがもうひとつ。
そこそこ落ち着いてきた。

どうせバレてるってのと、ウソをつかなかったっていうのが…冷静さを俺にくれたっぽい。

俺が中田の居場所を知らないことで、この刑事も俺に興味をなくしただろう。
とりあえずこの場を離れて、先に中田を見つけないと…

…それじゃ俺、これで…

「もし中田 マナミから連絡があったら、おれにも連絡してくれ。大事な話なんだ」

わかりました、伝えときます。

大事な話ね。
中田を心底ビビらせるような、大事な話ってことだろ。

別にアイツを守る義理もないが、わざわざあんたにチクる必要だってない。

俺があんたを嫌ってるのは、マスターさんのとこで見た夢がそもそもの始まりだが…

あんたのせいで中田が病院を飛び出したのは事実だってわかった以上、もう夢だけの話では終わらなくなってるんだ。

女の子が、たったひとりで病院から飛び出すって相当なことだろ。
そこまで錯乱させるようなことを言うヤツに引き渡すなんて、あまりにも夢見が悪すぎる。

とにかく早くここを離れて、中田を探し出さないと…
でもってふたりでこの辺りから離れよう。

病室に戻しても、またこの刑事がくるからな。
家に…いや、今の家より実家に帰すとかした方が…

……いや…ちょっとまて。

そういえば中田は電話で、『あいつら、いる』って言ってたよな。
あいつ『ら』ってことは、複数だ。

で、病院の前にいたおじさんも、スーツを着た『連中』だと言ってた。
あの刑事もスーツは着てるが、ひとりしかいない…

最低でも、もうひとりあの刑事の仲間がいるってことだ。
そいつは一体どこに…

「…ほう、そうか。やるじゃねえかお前」

…ん?

「ああ、わかってるぜ。今度、極上のヤツをまわしてやる…早く連れて来い」

つれて…?
今、つれてこいっつったか?

「…なんだ、聞こえちまったか?」

今のは…

「ああ、さっき頼んだ中田 マナミの件だがな、もう大丈夫だ。部下たちが見つけてくれたらしい」

…!?
え…

見つかった、んですか。

「どうやらそのようだ。これから『話の続き』をさせてもらうことになる…まあ、今度はうまくやるさ」

…うまくやるさ、っていうか…

「ん?」

アイツがキツい思いしないように、ちゃんと配慮してもらえないですか。

「…ぁあ?」

…!

な…なんだコイツ。
さっきまで、少し愛想よくしてたクセに…

いきなりヤバい目つきになりやがった!

「配慮…ああ配慮ね、中田 マナミが病院を飛び出さないような、優しい言葉で話せと」

…そうです。
担当、代わってもらうってできないんですかね?

「なんで代わる必要がある?」

アイツ、怖いと思うんです。
病院を飛び出すようなことを言う人が、また話をするとなると。

「ああ、いや…その点はもう大丈夫だ。もう、そんなことにはならない」

どうしてですか?

「そこは刑事の企業秘密ってヤツだなァ。関係のない人間には教えられない」

まったく関係ない、ってわけでもないんですけどね。

「だが別に恋人ってわけじゃないんだろう?」

…同僚、です。

「オトモダチ程度の関係だと、なかなか込み入った話はできない。今回は、そういう話をするんだ…何か別に用事があるんだろ? さあ、早く行った行った」

くっ…コイツ…!

関係の深さを言われると、俺にはぐうの音も出ないことを知ってて言ってる。
だがそんなこと知ったことじゃない!

このまま帰るとか無理に決まってるだろ…

どうせここで待ってれば、中田が連れて来られるんだ。
だったら、連れて来たヤツをどうにかぶっ飛ばして一緒に逃げればいい。

コイツの仲間ってことは、でもってスーツを着てるってことは同じ刑事で、部下ってことは若いってことでもある。

普通なら、俺が刑事とやり合うなんて考えられないが…
今はそんなこと言ってられない。

いくら強いヤツでも、中田を動けないようにしつつ俺を倒す、っていうのは骨が折れるはずだ。
最悪、俺はやられてもアイツを逃がすことはできるはず。

問題はこの刑事だが…
遠目に『中田を捕まえた刑事』が見えたら、ダッシュでそっちに向かえば引き離せるだろう。

刑事だから、俺がいきなり走り出しても反応はできるだろうが、それに追いつけるかどうかは別の話だ。

『中田を捕まえた刑事』のそばに行くまでこの刑事に追いつかれなければいい…そう考えれば、俺でもどうにかできる気がしてくる。

うん、そうだ。
希望はある…

なけりゃ無理やりにでも作り出すしかない。

もちろん素手じゃキツいから、何か武器になりそうなものを…

「ほう…その目、何か考えてるな?」

…うっ!?

「こちとら長年刑事やってるんだ…あんたが考えそうなことはわかる」

くっ…

「しかも、おれが帰れといっても帰らないってことは、中田 マナミの居場所を知らないってのは本当だったって証明されたわけだな」

…!

「あんたは俺の部下が中田 マナミを捕まえたことを知った…もし何か考えてるなら、ここにいるよりそっちに向かうはずだ。もし部下がひとりなら、どうにかしてぶっ飛ばせば中田 マナミを逃せるかもしれねえ」

な…!

「仲間をパクられたチンピラの発想だ。奇想天外ってわけでもねえ」

くっ…
チンピラの発想だとかはどうでもいいが、最初から読まれてるとなるとマズい。

どうすれば…どうすればいい!?

「別に付き合ってやってもいいぜ、あんたの悪巧みにな…ただ、あんたふたつくらい勘違いをしてる」

…え?

なんだ…?
勘違い、だって?

「思い通りになればいいよなあ? 誰もがそう願うもんだ…俺もそうだ」

…?

「部下がひとりだったらいいなって思うよな? …ああ、ちょうど来たぞ」

えっ?

…!
うう…!

スーツ姿のヤツが…
3人いる!

「…クククッ、もう一度言うぜ。部下がひとりだったらいいなって思うよなあ?」

く…くそ…!

「あと、中田 マナミが元気に暴れてたらいいなって思うよなあ?」

中田…!
お姫さまだっこされたまんま動かない…!

これじゃ、中田を捕まえてるヤツに攻撃して最悪中田だけでも逃がす、ってのも無理だ!

ああ…
なんて…なんてこった…

俺が考えてること全部、本当にコイツは最初から…
いや、俺が考える前からわかってたんだ。

完全に先手を打たれてた。
最初からどうしようもなかったのに、俺はどうにか希望を作り出そうともがいて…

作り出した気になって…
ただそれだけだったんだ。

「ククッ、『何をがっくりしてるのかよくわかんねえが』、とにかく本人の意識が回復するのを待って、話の続きをさせてもらうさ…それじゃあな、川口くん」

うう…
このままじゃ、中田が連れて行かれる。

どうしたらいいんだ。

さすがに3人、しかも2人は完全に手が空いてる状態の刑事に、真正面からぶつかって勝てるわけがない。

3人の刑事が、こっちに近づいてくる…
合流されたらこの刑事も入れて4人になって、もっと状況は悪くなる。

さらにどうしようもなくなる…
かといって、素手でこの刑事に向かっていっても勝てる気がしない。

部下がひとりしかいなくて、中田が暴れてるのをどうにか押さえ込んでるような状態なら、俺がそっちに走っていって…走ってる途中に武器になりそうなものを拾って、それでどうにかできるんじゃないかって…そう思ってた。

だがそれは甘い、とても甘い計算。
俺にはもう、どうしようもない。

どうしようも…

「おう、こっちだ。お前ら、手間かけたな」

「全然問題ないッス」

待て、ヤケになるな…
冷静になるんだ。

冷静に…
いや、もう今さら冷静になっても……

……。
そもそも…

俺がこの刑事を疑い始めたのは、夢が原因だった。
バー『褐色の妖精』っていうお店で、酒を飲んで寝た時に見た不思議な夢。

中田の体に入り込んでいるような。
まるで自分が幽霊になってアイツに乗り移ったかのような…

いや、幽霊になったって部分はなかったけど、乗り移るといえば幽霊かなっていう…
とにかく、中田に乗り移ってたんだ。

アイツは誰かと電話をしていた。
その声がこの刑事の声で、話の内容はわからないけど中田は自分の部屋でめちゃくちゃビビッてた。

『あたしが裏切ったわけじゃない』

確かそんなことを中田は言ってた。
何かを弁解しているようだった。

夢は、起きた後に忘れていた…
が、この刑事の声を聞いて思い出した。

それと同時に、俺はこの刑事を『詳しいことはよくわからないが中田をビビらせすぎる悪いヤツ』として見るようになった。

夢を原因として人のことを判断するなんて、めちゃくちゃな話だ。
俺もそう思ってる部分はあったが、なぜか夢で感じたことは間違ってないとも思った。

でもって刑事と話をしてるうちに、そもそも女の子がたったひとりで病院から飛び出すような話をするなんてとんでもないって思ったし、やっぱりロクなヤツじゃないと思って…

んで、さっき…
部下から連絡が来た時…

『今度、極上のヤツをまわしてやるからな』

そう言ってた。
しっかりと聞いたぞ。

『極上のヤツをまわす』ってなんだ?
俺の感覚では、そういう言い方をするものはひとつしかない。

そのひとつと、中田のビビりよう…
『裏切ったわけじゃない』って言葉。

それらが意味するものは、つまり…

「どうした、いきなりボーッとしちまって? ちょっとイジメすぎたか、ハハハ」

…ドラッグ。

「…なに?」

麻薬…もしくは危険ドラッグか。
そういう、危ないクスリだ。

「おい…? 何を言ってる」

あっ…
あいつらの顔、どっかで見たぞ。

スーツを着てるけど、あいつら…!

前に俺をボコボコにした、あのチンピラどもじゃないのか!

「なに…! お前…」

あいつら、あんたが捕まえたって言ってたぞ!
一体どうなってる!

「な、なに言ってるかよくわからんな。あいつらはおれの部下で、チンピラなんかじゃ…」

いや、俺にはわかる!
あいつが…確かタツオ!

「…!」

んで、あっちがマナブ!

「こ、こいつ…! なんで…!?」

中田を捕まえてんのが、カズヤってヤツだ…!
あいつらがあんたの『部下』ってことは!

ヤバいクスリを売りさばくボスが、あんたってこと…

「なんでバレたのかわかんねーが、これはマズい」

…!?
そ、それ…

銃…!

「大丈夫だ、心配ねえ。近くにはおれらしかいねえし、これが誰かに見られるってことはねえ」

し、しまった…
つい調子に乗って、犯人の前でペラペラと…!

ミステリだとこのパターンは…

「最近なあ、暴力団同士の抗争がお盛んでよ。悪いがお前、流れ弾に当たって死んだってことにしとくから」

ヤバい…!
クスリより、今、俺がヤバい!


>その18へ続く