川口 俊幸の場合 その4
ヤバい。
これはヤバいなー…
なんだろうな、なんでこういうヤツってこういうヤバい場所知ってんだろ。
俺が絶対通らないようなくらーい道。
なんで知ってんだろ。
うわぁ…
「おい、なにキョロキョロしてんだ」
…え?
「逃げ道でも探してんのか? キョドってんじゃねーぞ、ハハッ」
う…
うるさいな…
くそ、うるさい…
思ってるのに口から出ない。
「ちょっとケンジ、一体どこまでつれてくつもりなの!?」
あぁー…
中田、頼むから刺激するなー…
こういう時は刺激しない方がいいと思うんだ。
そっとな、そっとしておいた方がいいと思うんだよ。
「話って一体なんなのよ!」
だからね、そんなに大きな声出さない方がいいなー。
俺はそう思うんだけど、思うんだけどな?
口が動きゃしないんだ。
何か言ったら、そのまま魂とか出ていきそうで…
こっ、こわい。
何も言えねえ…別の意味で。
「ったくよー、相変わらず気ィ強えなあマナミ…まあ、そこがいいとこなんだがよ」
「なにそれ? そんなこと言われても全然うれしくないし、気持ち悪いんですけど!」
「あァ? 気持ち悪いとまで言われるたァー、ちょっとばかし悲しいねえ」
「だいたい、話ならこんなとこまで来なくてもできたはずでしょ! 早く言いなさいよ、何よ話って!」
「…そうだなァ…ここまで来りゃ、まあいいか」
「え?」
え?
なんだよ…
指パッチン?
「連れて来てやったぜェ、カズヤ」
「へへへっ」
…はぁ…?
なんだおい、これ…
ヤバいヤツ、増えてんじゃんよ…!
さ、3人増えてる…
「ケンジぃ、まさかホントにつれてくるたァ思わなかったぜ」
「そりゃねーんじゃねえか、カズヤぁ。信用って大事だろ?」
「まあな。だが…コイツは誰だ?」
…う。
お、俺?
「女だけって話だったはずだぜ」
「いやー、せっかく会えたもんでな? 誰の女に手を出したのか、それがどういうことなのか…ちょっと社会勉強させてやろうと思ってよ」
「なるほど…大事だな、勉強ってのも。じゃ、女だけもらってくってことでいいんだな?」
「ああ、それでいい」
「ちょ、ちょっと…!? 一体何の話してんの? 意味わかんないんだけど!」
…お、俺にも…
まったく、意味がわからない…
な、なに言ってんだこいつら?
女だけ?
手を出した?
いやいやいや!
別に手なんか出してねーし!
俺なんにもしてねーって!
なんなんだこれ!?
「おー、ビビってんじゃん。いいツラしてやがる」
ちょ、ちょちょちょ…
なにそのニヤニヤ、やめてちょっと。
こっち来ないでってマジで。
た、頼むから来ないで。俺なんにもしてないって。
「別になんてことねぇ野郎にしか見えねーがな…?」
そ、そうでしょ、なんてことないっすよ。あはは!
ねー? なんてことないんですから、その、帰っていい?
帰りたい…
帰りたいよマジで…
「まあいいや。どっちにしても、このケンジさまが女を取られたとあっちゃ…」
と、とって…?
いや、取ってなんか…
「いろいろとめんどくせーんで、な!」
うげっ!
「か、川口ぃ!」
「なーんだマナミぃ、心配なのかよコイツが?」
「ちょっとやめなよ、あたしに恨みがあるならあたしだけボコればいいじゃない!」
「オマエ、オレが女をボコるようなバカに見えんのかァ? そりゃー心外だ、な!」
があっ!
い、痛い!
なんだよ痛い! なんでだ!
「マジでやめてって! ちゃんと謝るから、ごめんなさいってするから! 川口には手を出さないで!」
「あー? なに言ってっか聞こえねーなー」
うぐっ、がっ!
ちょ、ちょっとなんなんだよマジで!
痛い、痛いから!
腹蹴られて痛いからそこ蹴らないで!
やめ、やめて!
「ケンジ! お願いだからやめてよ!」
「コイツ全然やり返してこねーな…なんだよつまんねぇ」
いたっ、いたい!
やめてください、俺が何をしたって…
「おーい、このまま反撃もしねーのかよオマエ? なァ?」
ぐあっ!
は、反撃…?
なに言ってんの、そっち4人もいんのにさ…
「あァ? 人数のこと気にしてんのか? ははっ」
「クククッ」
「ダッセェなコイツ」
「ヒャハハハッ!」
く、くそっ…
なんにもできない。
こ、こわくて…
こわくてどうしようもない…!
「人数が気になるってんならよ、別にいいんだぜ? 男らしくタイマンでもなァ」
う、うぅ…
「どうよ、ちったァやる気出たか? 川口クンよォ!」
ぐああっ!
うっ、くう…
いたい…痛いよう…
なんで…なんで俺がこんな目に…
「テメーマジでつまんねー野郎だな? せっかくこっちがタイマンでもいいって言ってやってんだぜ…根性見せてみろよ?」
「おいケンジ、コイツはもうダメだろ。ほっといても何もできやしねえ…それよりこの女をそろそろ」
「…そうだな、ちったァ楽しめると思ったんだが…」
う、ううう…
やめて…こないで何もしないで…
いたい…
痛い………
「クソがッ!」
ぐぇあっ!?
「ペッ! 生ごみ抱きしめて寝てるのがお似合いだぜ、川口クンよォ」
う、う…
ううう…
「じゃあそろそろ行くとしようぜ、マナミ…まずはひさびさに楽しんでからだ」
「ちょっ…! やめ…気安くさわんないで」
「さわんないでってオマエ、さわんなきゃ楽しめねーじゃねーか。なァ、カズヤ?」
「クククッ、まったくだ」
「…えっ?」
「おっ、いい顔したぜマナミちゃん。心の底からゾッとしてるって顔だ」
「そうか、さすがいい勘してるなぁマナミ。どうやらカズヤがオマエのこと気に入ったみてーでよ、あとで『貸してやる』ことにしてんだよ」
「…はァ!? 貸して、って…あんた何言ってんの?」
「そのままの意味だぜ。なーに、恥ずかしがるこたァねーよ。オレがちゃんと見ててやるからなァ」
「ばっ、バカなこと言ってんじゃないわよ、ちょっと…!」
「おっと」
「ぐへへ、逃さねーよ」
「順番だよ順番。まずはオレ、んでカズヤ、そのあとはタツオとマナブもまざってみんなで楽しもう…それが今日のメインイベントだ」
「なにそれ…? 頭おかしいんじゃないの、ちょっと離してよッ!」
「心配しなくてもだいじょぶだって。なんつっても、とびっきりのヤツ仕入れたからな…オマエもすぐに、恥ずかしいなんて思わなくなる」
「とびっきりのヤツ…? ケンジ、あんたまさか!」
「ククッ。まあ、そこらへん詳しい話は、お楽しみ中にじっくり教えてやるよ…クククッ」
「…じょ…冗談じゃないんだけど…!」
う、うう…
「か、川口! 助けて、川口っ…あたし、あたしこのままじゃ…!」
え…?
中田?
このままじゃ、なんだって…?
「お願い、助けて…!」
う…
い、いてて…
だ、ダメだ…体が、動かない。
なんかすっげぇヤバそうだけど、どうしたら…どうしたらいいんだよ…!
「…おやおや~?」
…え?
「こんなところで寝ていては、風邪をひいてしまいますよ?」
え…?
「…! だ、誰だテメェ!?」
だ、誰…?
なんか、すごい…
すごい、キレイな人…
「あら~、キレイだなんて言われると困ってしまいますねぇ。私~、一応生物学上はオスなものでして」
は…?
い、いや、あの…どちらさまで…
「あ、私のことですか~? 少々長くなりますけどいいです?」
「いいや、長々としゃべってもらっちゃー困るな!」
「おや」
あ…
「何かお急ぎの御用が?」
「御用が? じゃねーんだよ! 見てわかんねーか、こっちは取り込んでんだよ!」
「はあ…お取り込み中でしたか。…あなたも?」
い、いや…
俺の場合はお取り込み中っていうか、ボコられて痛いだけ、っていうか…
「ボコ?」
そ、その…
……。
「痛いんですか?」
は、はい…
っていうか、その…
な、なんなんだこの人…
なんか、ちがう。
雰囲気とかタイミングとか、なんか…
なにもかもが、ちがう…?
「おいテメェ、取り込み中だっつってんだろ! さっさとここから消えな!」
「おやおや、消えろとはこれまた無茶なお言葉」
「なんだと?」
「この場から瞬間移動で消えるというのは、さすがの私にもちょっと…」
「どうやら、思ったよりトボケた野郎みてーだな。そうかい、よくわかった…」
「あ、おわかりいただけましたか? それはありがたいことでございます~」
「その顔、ボコボコにしてやんなきゃわかんねーみてーだな!」
あ…!
「…!?」
え?
「な、なんだと!?」
今…え?
何が起こったんだ?
ケンジってヤツが、キレイな人に殴りかかって…
でもキレイな人は全然動こうとしなくて…
なのに。
それなのに…!
「…ど…どういう…ことだ、こりゃ…!?」
「あははー、うまくいきましたかねぇ? 『消えろ』とおっしゃられましたので、ちょっと『消えてみました』が~」
「な、なにィ…!?」
き、キレイな人が、いつの間にか…
後ろに…!
「て、テメェ…ナニモンだ! プロの格闘家か!」
「あ、私ですか~? 私、ただの~…」
ただの…
え? どっか指差して…
…たこ焼きの、屋台?
「…屋台のたこ焼き屋さんでございます~。どうぞごひいきに~」
た、たこ焼き屋…?
なに言ってんだこの人…
こんな人気のない場所に、わざわざ屋台を引いてきたっていうのか…?
いやそうじゃない!
ケンジってヤツのパンチを、瞬間移動みたいに…まるで消えるように避けて…!
い、一体…
何者なんだ…!?
「ですから~、今申し上げました通り、屋台のたこ焼き屋さんですよ~?」
いや、ですよ~? って。
そんなステキな笑顔で言われても…
い、意味が…
全然わからない…
>その5へ続く