【本編】ふたりの魔人 その5 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

ふたりの魔人 その5

「おおおおっ!」

兵士たちは歓喜の雄叫びをあげる。
彼らの目の前で、魔人は大きな爆発に巻き込まれた。

黒煙が上がるその場所を、彼らの将であるゼリオンも満足げに笑いながら見つめる。

「どーよ魔人サマよォ! 剛弓のゼリオン必殺の『ペトラテュス:ヴェシテム(槍襲撃:爆裂陣)』! さすがのお前さんでも、あの爆発はどうしようもねーだろーが? ハッハッハッ!」

「やりましたね、ゼリオン様!」

自分たちとともに得意げに笑うゼリオンに、兵士たちの喜びはますます強まる。
中には小手に包まれた手でハイタッチを交わす者たちもいた。

「ゼリオン様の必殺技は誰にもかわせない! やっぱりゼリオン様はすごい!」

「魔人まで倒してしまうなんて、さらに有名になっちゃいますね! ゼリオン様!」

「はーっはっはっはっ! それほどでもあるから困ったもんだよなァ!」

ゼリオンたちが仕えるカッシード家のための戦いではなく、それが不本意でもあるようだったが、魔人を倒したということは小さくない喜びを彼らに与えた。

事が済めば、彼らの家でもないレブリエンタ家領に長居する理由もない。
未だ晴れない黒煙をよそに、彼らは戦闘後の片付けを開始した。

今回彼らが持ってきたもので最も大きなものは、全高3メートルを誇るゼリオンの弓である。
ゼリオン自身も2メートルを超える巨漢であったが、弓はさらに大きかった。

彼は怪力をもって弓を持ち上げ、地面に刺していたアンカーを抜く。
そしてそれを運搬用馬車の荷台に寝かせようとした時、少し離れた場所から兵士の悲鳴が聞こえた。

「ひいぃ!」

「!」

ゼリオンが素早くそちらを見ると、黒煙が晴れた場所に何か赤黒いものがある。
火はついていないが、その赤黒いものからは細い煙が立ち上っていた。

「な…?」

ゼリオンは驚きに目をむく。
黒煙が晴れた場所であるということは、赤黒いものが一体何なのか…ゼリオンにそれがわからないわけがない、ということでもある。

そしてそれは信じられないことであった。

「なんだと…!?」

やがて赤黒いものはゆっくりと、まるで花が開くようにふわりと広がっていく。
ゼリオンたちが見つめる前で赤黒いものが開ききり、その中身がさらされた。

「ふぅー…」

赤黒いものの中身とは、征司だった。
赤黒いものとは、彼が操る触手だった。

ゼリオンの「ペトラテュス:ヴェシテム」は、征司のすぐそばで炸裂した。
至近距離という言葉がこれ以上ないくらい、近い場所だった。

だが征司は、爆風で飛ばされながらも赤黒い魔手で自らを包み込み、そのダメージを最小限に抑えたのである。

そして今、戦いを終えて帰ろうとしているゼリオンたちから少し離れた距離で、動ける状態にまで回復したのだ。

「危なかった…普通のヤツなら、今ので死んでた」

征司は静かに言う。
距離が離れているため、ゼリオンたちにその言葉は聞こえない。

彼は魔手を一度背中に収納し、深い呼吸をしながらゆっくりと歩き出した。
その歩みはだんだんと速くなり、やがて歩行は走行へと変わる。

「でも残念ながらオレは普通じゃない! これで決めてやる…!」

「う、う、うわああ!」

征司が走ってくるのを見た兵士が、おびえながらも剣を抜いた。
そして走り出そうとするのだが、なぜか突然その足が止まる。

「…?」

そしてそれは征司も同じだった。
剣を抜いた兵士まで残り10メートルほどというところに来た時、彼は足を止めた。

征司の前には、ゼリオンがいた。
征司と兵士の間に、ゼリオンが割って入っていた。

巨漢の割にその動きは素早く、手には弓もない。
ただ大きくその両手を広げ、征司の前に立ちはだかっている。

「止まってくれ、魔人サマよォ」

「…なんのマネだ? それ」

征司は少し厳しい表情を浮かべ、ゼリオンが広げた手を指さしながら問う。
ゼリオンはニヤリと笑い、彼に向かってこう返した。

「おれの体見りゃわかるだろ、あの矢を撃ってたのはおれだ」

「…だから?」

「他のヤツらは関係ねえ」

「だから?」

「こいつらは逃がしてやってくんねーかな。家族いるヤツも多くてよォ」

「……」

征司は、巨体のゼリオンの顔を見上げる。
このやり取りに、周りの兵士たちは不満の声をあげた。

「ゼリオン様! そりゃないですよ!」

「おれたちだけ逃がすとかやめてくださいよ!」

「そうだそうだ! 魔人と戦わなきゃいけないっていうから、覚悟を決めてきたんだ!」

「ゼリオン様!」

「ゼリオン様!」

「うるせぇ! 黙ってろバカ野郎!」

両手を広げたまま、ゼリオンは兵士たちを怒鳴りつける。
その後で、声のトーンを落として征司にこう言った。

「魔人のあんたは多分、おれの名前なんざ知らねーだろうが…一応な、『剛弓のゼリオン』って立派な二つ名があるんだ」

「……へえ」

「おれの首持ってりゃ、たいていのヤツは今以上にあんたにビビって逃げるだろう。そうすりゃ、めんどくせえ戦いをある程度やらなくてすむはずだ。だから、こいつらを殺すのはナシにしてやってくれ」

「そのかわり、あんたは自分の首を差し出すっていうのか、オレに」

「ああ、そういうことだ。あの『ペトラテュス:ヴェシテム』を防がれたら、どうせこっちにもう手はねえからな」

「ふぅん…」

征司は胸の前で腕を組んだ。
その後で、ゼリオンにこんなことを言った。

「ひとつ訊いていいか?」

「あ? ああ。なんだよ」

「あんな森の中で、なんでオレの居場所がわかった?」

「…あーそれか。一応それはヒミツだったんだがなァ…まあどうせ首もなくなるからいいか」

ゼリオンはそう言ってへらっと笑った。
ゆっくりと手を下ろし、その場に座ってあぐらをかいた。

そしてゼリオンは、征司に解答を語り始める。

「簡単にいえば、『風』だ」

「…風?」

「ああ。おれは風を感じ取れる…これは感覚的な話だが、『見える』んだよ。風の動きがな」

「だが、それだとあんたの矢が起こす風の方が大きくて、ごちゃごちゃになるんじゃないのか?」

「いや、おれが見てるのはそんな『冷たい風』じゃねえ。『熱い風』なんだ」

「あつい、かぜ…?」

征司は首を傾げる。
座ったおかげで、ようやくゼリオンを少しだけ見下ろす格好になっていた。

ゼリオンは小さく笑い、征司の体を指さす。

「どこにいようと、見えなくなろうと…体は熱を持ってるだろ」

「…ああ」

「走りまわればそれだけ、体の熱はさらに上がる…オマケに呼吸も荒くなる。おれはな、そういう風を見てるんだ。だから透明になろうと関係ねーのさ」

「…! 透明になったのは見えてたのか」

「ま、おれも長いこと戦ってきたんでな…どういう風の流れが『透明』なのか、なんとなくわかるんだよ。おれが見てるのは、熱くなった体がまとう風だからな」

「…んーと…? 透明な風の流れって、なんだ?」

「なんだよお前、色と熱の関係を知らねーのか」

ゼリオンは呆れ顔で言う。
しかし説明してやる気ではあるのか、こう続けた。

「黒いものは太陽の光を吸収して熱くなるだろ? 透明になるってことは『色がなくなる』ってことなんだよ。それで、体がまとう風の流れもちょっと変わるんだ」

「……そうなのか…へぇ…」

征司はわかったような、わからなかったような顔でうなずいて見せる。
その様子にゼリオンはため息をつき、胸の前で腕を組んだ。

そして悔しげにこう言った。

「そんなことよりも、あんたの疑問に答えたんだから、あいつらは逃がしてやってくれよ? もし逃さねえなんて言ったら…」

「ああ、わかった」

そして征司も軽く応答する。
その言葉に、ゼリオンは思わず腕組みを解いた。

「え…? あんた今、なんて?」

「あの人たちを逃がせって言うんだろ?」

「あ、ああ」

「いいよって言ったんだよ」

「え…」

ゼリオンは驚き、周りの兵士たちはざわめき始める。
征司は、自らの両手を強く叩き合わせて注目させた。

そして全員に聞こえるように、大きな声でこう言った。

「オレは、あんたたちがやる気ならやる。だけどやる気じゃないなら戦うつもりはない!」

「…?」

「あんたたちの仲間を、何人かは殺してしまった。だけど今はきっと息を吹き返してるはずだ」

「な…なに!?」

「オレと戦わなきゃいけない理由がもうないのなら、その人たちを助けに行くといい」

征司が大きな声で言ったのはここまでだった。
その後で、自分の前に座って口をぽかんと開けているゼリオンに言う。

「オレが欲しかったのはあんたの命じゃない。オレをどうして見つけられたのか、その答えだけさ」

「お、おい魔人サマ、あんた…」

「悪いけど、人の首を持ち歩く趣味はないんでね」

征司はニカッと笑ってみせ、背中から魔手を1本だけ出した。
それは偽魔バアルへと変化し、彼の体を透明にする。

ゼリオンには征司の居場所がわかるだろう。
だが、他の兵士たちにはわからない。

そしてゼリオンがどうして征司の居場所がわかるのかは、仲間の兵士たちも知らないゼリオンの秘密である。
つまり、この時点で兵士たちは「魔人は消えた」としか思えない。

「……」

ゼリオンは、ただ征司の背中を見送っていた。
魔人のまさかの行動に、追いかけることもできなかった。

そしてそんな彼に、兵士たちが嬉しそうに声をかけてくる。

「ゼリオン様! 魔人が言った通りです! 先に突撃した仲間は生きています! 少しばかりケガはしているようですが、死者はひとりも出ていません!」

兵士の報告を聞いた後で、ゼリオンは透明になった征司の背中を見つめる。
そして小さなため息をつき、こうつぶやいた。

「なーんでぇ、もっと悪逆非道かと思ったぜ? 魔人サマよォ…こりゃーちょっと、認識を改めなきゃいけねえなァ…」

彼はゆっくりと立ち上がり、荷台から自らの弓を下ろした。
だがそれで征司を狙うことはもうなく、馬車から取り外した荷台を自ら引いて、兵士たちを迎えるために森へと入っていくのだった。


”…おいセェジ、お前…”

(ん?)

”邪魔するヤツは、誰だろうと殺すんじゃなかったのかよ?”

(ああ、そんなこと言ったっけか)

ヴァージャの言葉に、征司は笑顔になる。
だが今は透明になっているため、その笑顔は誰にも見えない。

(最初はそのつもりだったんだけどさ、なんか…オレって、もっと甘ったるいヤツじゃなかったかなって思ってさ)

”ウソつくんじゃねーよバァカ。思わず殺したヤツにも『死を超える力』使っちまったんだろーが”

(うん、正解)

「ふふふっ」

口からも笑いが漏れてしまう。
とても厳しい戦いだったにも関わらず、なぜか終わった後はとても清々しかった。

(夢中で避けて、倒して…そんなこと繰り返してたら、誰かが動かなくなって冷たくなりそうなのがわかって)

”お前なァ…そんなポンポン使う能力じゃねーだろうによ”

(しょーがないだろ、なんか、ほら…夢中だったんだよ。あのごっつい矢、避けなきゃいけなかったし)

”理由になってねーよ”

(オレもそう思う)

征司とヴァージャは笑った。
戦いには非情でいようと宣戦布告をしたはずなのに、今はこうして笑っている。

(できるだけのこと、したいんだ)

笑いながら足を止める。
呼吸を整え、少し休憩する。

(殺さずに済むなら、殺したくない。そういうのは、アイツにだけでいいんだ)

森を抜けて草原に出た征司は、大きな石の陰に座った。
ヴァージャのサポートがあったとはいえ、さすがに疲れたのかそのまま横になった。

空はとても青く晴れている。
この青さを喜んでいたミュゼの様子を思い出して、少しだけ胸がキリキリと痛んだ。

だがそれも、笑顔で受け止めている。

(オレは弱虫で、とても甘ったれてて、自分で言ったことも貫けないヤツ…それでいい。そんなヤツなりに、できるだけのことをしたい)

心に浮かんだミュゼの姿は消え、青空の中に弥生を思い出す。
泣いていたのに、すぐに自分の存在に気づいた彼女の様子を思い出した。

(きっとあの人も、できるだけのことをやってるんだろうなって…なんか、今ならそう思えるんだ)

そして征司は、清々しい気持ちに包まれたまま、ゆっくりとまぶたを閉じる。
透明な状態のまま、彼は10分ほど石の陰で眠るのだった。


>その6へ続く