E.A.G.R.S.H. その2
「ねえ、征司くん」
「はい?」
「征司くんはさ、どんな女の子がタイプなの?」
「えっ…」
喫茶店のテーブル席。
頬杖をついた茜が、興味ありげな瞳で征司を見つめる。
その視線を受け止めきれなくて、征司は顔を赤くして下を向いてしまう。
だが、ちゃっかりと返答はする。
「タイプとか、よくわかりませんけど…明るい子、ですかね…」
「あ、そうなの? じゃああたしも、ちょっとタイプに入ってる感じ?」
「えっ?」
「あ、でも…征司くんからしたら、あたしなんてオバサンか」
「い、いえ、そんなことないですよ!」
征司は顔を上げ、茜を見る。
すると、微笑む彼女と目が合った。
「ふふ。征司くん、やっとこっち見てくれた」
「あ…」
「せっかくこうしてお話してるのにさ、下ばっかり向かれてると…あたしもおめかしした甲斐がないんだよね」
「え…そ、それって」
「そうよ? せっかく若い男の子と会うんだもん、できる限り若作りしなきゃね」
そう言った茜の顔は、微笑みから笑顔へと変わる。
だがすぐに、考え込む仕草をした。
「あー…でも、征司くんのそばにはいつも女子高生がいるんだよね…さすがに女子高生には勝てないなー、あたしも」
「そ、そんなこと…」
「ん?」
「そんなこと、ないですよ」
「そんなことないって、なにが?」
「あの…えっと」
「征司くん」
「わ」
茜の手がすっと伸び、征司の左手をつかむ。
予測できない行動に、彼の心拍数は一気に跳ね上がる。
茜は、彼の手をそっと握りながらこう言った。
「征司くん、そういう時はね…はっきり言ってくれたら嬉しいな」
「は、はい…」
「『そんなことない』って言っといて、さすがにあたしのことオバサンだとは…言わないでしょ?」
「い、言うわけないじゃないですか。だって…」
「…だって?」
「松井さん、キレイですよ…」
意を決した征司の言葉。
それを聞いた茜は、ぎゅっと征司の左手を握る。
「嬉しいわ、征司くん」
「松井さん…」
「今日、まだいいわよね? 時間」
「えっ? ええ…」
「もうちょっと…仲良くなれる場所、行こ?」
「…!」
「さあ」
茜は立ち上がり、征司の手をそっと引く。
年上の美女にそんなことをされて、抗える男子校高生などこの世にはほぼ存在しない。
そして征司もまた、そんな男子校高生のひとりだった。
手を引かれるまま立ち上がり、どこかふらついた足取りで彼女についていく。
一度手を離した茜は、喫茶店の勘定を払う。
その後でまた、彼女は征司に向かって手を差し出した。
「…」
征司は何も言わず、今度は自分から茜の手を握る。
細くて白い指と、自分より少し手が冷たいのを感じて、彼の体内にあるものが沸騰し始めていた。
そしてふたりそろって喫茶店を出た時。
不意に茜が振り返る。
「…ねえ、征司くん」
「はい?」
返答する征司の顔は、緊張感をなくしてゆるんでいる。
茜との楽しい時間を、今からもう心に思い浮かべているようだ。
そんな彼に彼女はこう言った。
「キミさー、ちょっと騙されやすすぎだよね」
「…へ?」
「こんな手に引っかかってるんじゃ、デート商法なんか一発でアウトよ。たっかいアクセサリーとか買わされるわよー」
「あ、あの…松井さん?」
征司はきょとんとした顔で茜に尋ねる。
すると彼女は、何かに気づいたかのように苦笑してみせた。
「あれっ? 征司くん、もしかして…さっきのあたしの言葉、本気にした?」
「…えっ!?」
「あたしといろいろ楽しいことできるって思っちゃったの? あらー…ごめんね、期待させちゃったね。でも…」
「…」
「あたし、キミのこと全然タイプじゃないんだ。ちょっとかわいい顔してるけど、やっぱ太りすぎだしねー…それにあたしには彼氏もいるし」
「か、彼氏…?」
「そう。ほら、来たわ」
茜が征司の後ろを指差す。
すると、そちらの方向から男がひとり、こちらに向かって歩いてくる。
その顔は…
「…お前…は!」
「イーグルシュ…!」
そんな声が聞こえた。
征司のまぶたは開かれる。
「…?」
(えっ?)
征司は下を向いていた。
だが顔だけが下を向いていたのではなく、体ごとうつ伏せになっている。
(今の声…オレの声?)
顔に感じるのは、コンクリートの床が持っている冷たさ。
だがずっと頬がくっついていたせいか、冷たさそのものは緩和されている。
征司のまぶたを開いた声は、征司自身の声だった。
彼は眠っており、自分の寝言によって叩き起こされた格好になっていた。
(ここは…)
それに気づいた後で、自分がどこにいるのかようやく思い出す。
ここは東警察署の留置場だった。
ずっと後ろ手で縛られているため、両肩の関節に少し違和感がある。
(あれは…夢、だったのか)
うつ伏せから体を右に倒し、両ひざを胸に近づける。
床に横たわった状態で丸くなった。
そしてこの時にまた気づく。
起きる前と後…つまり、気を失う前と後で、体のサイズが変化していることに。
(体が細くなってる…ってことは)
「いるのか…? ヴァージャ」
「ああ、いるぜ。さすがに何十時間も寝れるわけじゃねーんでな」
征司の言葉に反応し、ヴァージャはゆっくりと上から下りてきた。
横に寝っ転がった体勢のまま、宙に浮いている。
征司と全く同じ顔ではあるが、どうやら今の感情は同じではないらしい。
つまらなそうな表情が、顔全体を支配していた。
「で、セェジ…ちょっとばかり説明が欲しいんだがな。俺としちゃーよ」
「あ…」
征司は思い出す。
今回のことは、自分が「独自調査」をやった結果起こったことであり、ヴァージャに頼らず「独自」に解決しようと考えていたことを。
しかし、面会室で茜を操るイーグルシュを倒すことができず、警官に頭を殴られて意識を失ったことを。
(そうだ、オレ…)
征司は、イーグルシュことナオトと呼ばれた男のことを思い出す。
優しそうな顔をしていながら、茜をまるで自分の恋人のように操っていた。
面会室に現れ、あまつさえ征司の目の前で茜とキスをしようとした。
「く…!」
そのことを思い出すと、征司にはあまり縁がない怒りという感情が、一気に爆発しそうになる。
ヴァージャはそんな彼の表情を見て、やれやれとため息をついた。
「まあ、お前がそんな顔するくらいだ…よっぽどのことがあったんだろうぜ」
「…ああ。今度の刺客は…絶対に許せない」
「3人目が来やがったのか、なるほど…そこは予測できてたが、まさか警察まで利用してくるとはな」
ヴァージャは無理に聞き出すことはせず、征司の口からこぼれる言葉を頼りに、現状を理解しようと努めた。
だが、征司と刺客がどこで会ったのかはまだわからない。
「お前…3人目と会ったようだが、一体どこで会ったんだ? Y.N.側からは、そんなメール来てなかったろ。少なくとも今日までは」
「…会ったのは図書館だよ」
「図書館? なんだってそんなとこに」
「それはわからない。だけど向こうはオレのことを知ってるんだ…オレがいる場所を狙って、刺客を送り込むこともできるんじゃないのか」
「そうじゃねーよ、セェジ。俺が訊いてんのは、『お前がどうして』そんなとこにいたのか、だぜ」
「オレは…」
「それにお前、今とても…この世界が現実じゃないってのを、『受け入れまくってるような感じ』で言ったな? ここに来る前、なんか見たのか?」
「ああ、見たさ!」
征司の顔が、忌々しげに歪む。
だがヴァージャの顔を見ることはできずに、コンクリートの床を見たまま言葉を続ける。
「おまわりさんの頭が全部…全員だぞ? 犬の頭に変わってしまってた! おまわりさん全員がリアライザだよ! 『いぬのおまわりさん』って感じでさ…そんなの見せられたら、オレだってわかるよ!」
「…そりゃまた悪趣味な話だな…」
「それだけじゃない! 他の人たちはそんなおまわりさんを見ても、誰も不思議に思わないんだ! 受付にいる人たちも普通に話をしていた…この建物の中で、それを不思議と思うのはたったひとり、オレだけなんだよ!」
「…」
「だけどそんなことはどうだっていい! どうだっていいんだよ…! どうにかしてここを出ないといけない! 松井さんが危ないんだ…今度の刺客は女の人を操る能力を持ってる! 松井さんが本当に危ないんだよ…!」
「…松井? あの女記者…そうか、人質にされてんのか」
「人質っていうか、もう操られてしまってるんだ! あの男の恋人みたいにさせられちゃってる…早くしないと、何をされるかわかったもんじゃない!」
「…」
征司の言葉に、ヴァージャは少し厳しい顔になる。
そして、静かな声でこう尋ねた。
「セェジ、それはいつ頃の話だ? その手じゃ時計は見れねーだろうから、大体でいいが…」
「オレが図書館に行ったのが夕方で、刺客に会ったのはその時…で、ここに来てしばらくしたら松井さんが来た…多分、何時間もたってはいないと思う」
「…そうか」
ヴァージャは静かにうなずいた。
征司はその後も、体の右側を下にして床に横たわったまま、言葉を続けた。
「あの男は…! 図書館でも女の人を操った。そのせいでオレは警察に捕まった! なのに悪いことをしたとは全然思わないで、笑いながら…」
「セェジ」
「面会室で、オレの目の前で松井さんに…!」
「セェジ。ちょっと落ち着け」
「落ち着いてなんかいられない…! とにかく早くここを脱出して、松井さんを助けに行くんだ!」
「…お前、さっきからそればっかだがよ…」
「?」
ヴァージャの言葉に、征司はふと彼の方を見る。
宙に浮いているのは変わらないが、ヴァージャはもう体を起こしていた。
あぐらをかいた状態へと変わっている。
少し厳しい表情のまま、彼はこう言った。
「今度の刺客は、女を操る能力を持ってるんだな?」
「ああ」
「あの女といちゃいちゃしてるのを見せつけてきたのは、夕方あたりなんだな?」
「…ああ。それがどうしたんだよ!」
「セェジ…今はもう、夜中なんだぜ」
「…えっ?」
征司はその言葉に、留置場奥の壁を見る。
だがそこには窓はなく、外へ通じる格子もない。
今度は逆に格子の外を見る。
だがそこには通路があるだけで、時計がかけられているわけではない。
だから征司は、ヴァージャに向かってこう言った。
「な、なに言ってんだよヴァージャ。時計もないのに、なんでお前が今の時間を知ることができるんだよ? オレには全然わからないのに」
「あのな、セェジ…俺はさっき言ったろ、『何十時間も寝れるわけじゃない』って」
「それがどうしたんだよ」
「それに加えて、俺は最近眠そうにしてたろずっと。大事な話の最中にもあくびが出る体たらくだったんだ。それが…」
「…」
「お前、俺のあくびしてる姿…見たか? さっき起きてから今まで」
「……」
征司の表情が固まる。
それが3秒続いた後で、彼はゆっくりと首を横に振り始めた。
「…ウソだ」
「……セェジ」
「ウソだ。そんなことあってたまるか…」
「俺はな…毎日お前の倍くらいは寝てる。お前が学校行ってる間もそうだが、夜も寝る。起きててもしょーがねえからな」
「…ウソだよ…」
「だからわかるんだよ、セェジ。自分がどれだけ寝たかってのは…ある程度は感覚でな」
「そんなのヴァージャが思い込んでるだけかもしれないじゃないか」
「ああそうだ。思い込んでるだけかもしれねぇ。だが俺の中には、ここ最近ねえってくらい寝た感覚があるんだ」
「それが間違ってない保証なんかないだろ」
「ああ、ねえよ。だが」
「だったら今が夜中だなんて言いきれないじゃないか! あれから何時間もたっただなんて、お前がそう思ってるだけだ!」
征司は体を起こし、よろけながら立ち上がる。
後ろに回された両手にぐっと力を入れた。
しかしまだ、結び目はほどけない。
「くっ!」
征司は後ろ向きのまま格子にぶつかり、今度は格子に結び目をこすりつけ始めた。
だが格子に鉄さびなどはなく、ただつるつるとした表面を結び目でなぞるだけとなる。
「おい、セェジ…」
「そんなわけない…そんなわけない! あれから何時間もたったなんて、絶対にあるわけないっ!」
征司はそう言いながら、後ろ向きのまま扉になっている部分に移動する。
ちょうど格子扉の角が結び目に引っかかった。
「ここだ…! ここにこすりつければ!」
征司はそう言いながら、結び目を格子扉の角にこすりつける。
苦し紛れから生まれたものではあったが、これは今までにない脱出方法となった。
征司の両手親指と小指を結んでいるものは、素材が布である。
対する格子扉の角は金属。それにとがっている。
よほどのことがない限り、布製のものが金属製の角に強度で負けることはない。
こすりつけ続ければ、布は絶対にその形を保てなくなるだろう。
「ふっ、ふうっ、ふうっ!」
汗だくになりながら、征司は必死に格子扉の角に結び目をこすりつける。
その様子を、ヴァージャは少し厳しい表情のまま見つめていた。
「ううっ…ううぅ…!」
うめく征司の足元に、ひらひらと布の残骸が落ちていく。
それは結び目がほどけてきている証拠だった。
必死にこすりつけ続けているため、指自体も格子扉で傷ついている。
結び目が食い込んで痛いのだが、それは征司がうめいている理由ではない。
(時間が…! 時間がたっている! オレがここまでするのにも時間が…!)
時間は止まらない。
征司がうめいても、それは同じだった。
彼の中には、刺客の言葉が鮮明に蘇っている。
『あと2時間…いや1時間以内…いや10分以内に助け出さないと、僕は彼女とちゅっちゅしちゃうかもしれないのにね』
(そんなの…そんなの許さない! オレが! 絶対に許さない…!)
「くううううっ!」
結び目はだんだんとほどけていく。
それとともに、征司のうめき声も大きくなる。
格子扉の角にこすりつけられるだけでなく、征司の指からにじむ血を吸うことでも、結び目は征司の皮膚に食い込む。
血の水分は布を少しばかり固くし、こすりつけるという作業をとてもやりにくくする。
征司にもわかっていた。
もう、時間は10分以上過ぎている。
自分が、結び目を本気でほどこうとし始めてから、もう10分以上過ぎている。
ナオトが言ったリミットを、すでに過ぎてしまっている。
(松井さんが、あいつと…あんなヤツと! そんなの、そんなの…!)
心の中に、カッと熱いものが生まれる。
だがそれは、純粋な怒りではない。
恐らく炎の色も、澄んだ赤や青ではないだろう。
征司が今抱いている炎は、くすんで汚れた紫の炎。
(絶対にイヤだ! そんなことあるわけない、あるわけないんだ! 操られてたって、松井さんがあんなヤツと…絶対にそんなことはないんだ!)
やがて、両手小指を拘束している結び目がほどけた。
だがほどけるのが突然だったので、余った力が征司自身の手を角で傷つける結果となってしまう。
「うぐっ、く、くそっ!」
激痛を感じるが、征司はそのまま両手親指の結び目もほどきにかかる。
もはや、彼が両手を自由にするにはこの方法しかなかった。
「…」
ヴァージャは、じっと征司を見つめている。
だが征司同様、何か感じるところはあるのだろう。
時折その眉が、ぴくりと動いていた。
やがて、征司の全身が汗にまみれる頃…
彼の両手は自由になった。
「はあっ、はあっ、はあっ」
そのまま今度は回れ右をし、格子扉そのものを調べ始める。
背中から「第3の手」を伸ばし、迷うことなく鍵穴へ突っ込む。
「!」
ヴァージャはそのことに驚いたが、その時点では何も言わなかった。
これは、面会室でナオトに対して激昂した時、面会室のガラス板にある小さな穴に「第3の手」を通して攻撃を仕掛けた、という征司の経験が生きている。
だが今回は穴を通り抜けるのではなく、穴の内部を知る必要があった。
征司は「第3の手」に視覚を乗せ、鍵穴の内部を見る。
「はあっ、はあっ、はあっ…」
まだ息は整わない。
それは苦しいことであるはずなのだが、征司は構わずに鍵穴内部を見ている。
(どうにか…どうにかして開けるんだ…!)
見えているものを必死になって理解しようとする。
どこがどこと関係し、どうすれば最終的にロックを解除できるのか。
鍵穴の内部はとても小さなものだったが、「第3の手」には視覚を乗せられる他にズームもできるようで、何かの回路を見るかのように鍵穴内部を見ることができた。
ただし、元々カギ職人でも何でもない征司には、鍵穴内部が見えたところでよくわからない。
結局、鍵穴に突っ込んだ「第3の手」でいろいろ動かしてみるということが優先された。
しかし。
(テキトーに突っ込んでテキトーに開けられちゃ、カギを作った側のプライドが許さねえ、ってか)
ヴァージャは冷やかにそう思った。
そんな彼の前で、征司はカギに向かってうなだれていた。
(くそっ、くそ…! ダメだ、カギ穴の中が見えても、どういじれば開くのかがわからない! それに、ただいじっても全然開かない…やっぱりカギが必要なのか!)
「第3の手」を変形させてカギの歯のようにしてみても、そこから全く回らないのだ。
何度試してみても、それは変わらなかった。
そしてさらに、征司は感じてしまう。
この作業にも「時間を取られてしまった」と。
「……」
征司の頭はさらに下がり、カギの前で土下座をするような格好になる。
ヴァージャは見ていられなくなったのか、後ろから彼にこう言った。
「セェジ、ちょっと頭上げろ…情けねえ格好してんじゃねえ」
「…」
「セェジ!」
「……」
征司はよろよろと動き、格子を背もたれ代わりにして座るようにする。
だが、顔は上げられないままだった。
そんな征司に、ヴァージャはそっと尋ねる。
「セェジ、お前…あの女記者のこと、好きだったのかよ」
「…わからない」
「わからねーのに、そんなに取り乱してんのかよ」
「取り乱してない…それに、両手は自由になった」
「そりゃー喜ばしいことだが…もうわかったろ、あの女のことはあきらめろ。女を操れる男が、目当ての女を何時間も放っておくわけが」
「うるさい!」
征司の声が、留置場全体に響く。
それほど大きく、強い声だった。
征司は顔を上げないまま、ヴァージャにこう続ける。
「ヴァージャ…お前、なんでそんなこと言うんだ? 松井さんのことはあきらめろなんて、なんでそんなこと言うんだよ!」
「言っただろセェジ、ここは『現実じゃねえ』んだ。3人目が誰をどうしようと、現実の話じゃねーんだよ。お前ももう、わかってきてんじゃねーのか」
「おまわりさんがリアライザっていうのと、松井さんの話は全然違うだろう!」
「同じだ。あの女記者も『現実じゃねえ』」
「…話にならない…何を言ってるんだ、ヴァージャ」
「…」
征司は下を向いたままで、やれやれと両手を広げてみせる。
それを見たヴァージャの表情が厳しさを増した。
だが言葉は静かに、あくまでも静かに口にする。
「認めたくねえ気持ちはわかる…年上の女ってのは魅力的に見えるし、ナンパとかできねえお前にとっちゃ、自分に優しくしてくれる数少ねえ女だ」
「……」
「だが、もう時間は過ぎたんだ。いくら『現実じゃねえ』っつっても、時間を戻すことはできねえ…だから割り切って考えろっつってんだよ。『あれは作りモンの女だ』ってな」
「そんなこと…できるわけないだろう」
「長い付き合いだから、お前のことは大体分かるぜセェジ…あの女のこと、お前は好きだったわけじゃねーんだ」
「…!」
「好きとかじゃねえ…要するに甘えたかっただけなんだ。ただ構ってほしかっただけなんだよ。ちょっとエロくからかわれたりして、恥ずかしいけどそれが楽しかった…そんなところだろーが」
「…違う」
「違わねーよ。それを刺客のヤツが横からかっさらっていったから、それでカッカ来てるだけなんだ。ヤツの能力にかこつけて、やっとこさ怒りを解放してるだけなんだよお前は」
「だったら…?」
「あ?」
「だったらなんだよ? それが悪いのか? お前が言ってることが事実だとして、それでオレが怒るのが悪いか? お前に悪いなんて言う権利があるのかよ!」
「おっと…開き直ってきやがったなバカセェジ」
征司の態度に、ヴァージャはへらっと笑う。
だがまた表情に厳しさを取り戻し、こう続けた。
「別に権利とかじゃねえ。そういう話をしてんじゃねーんだよ…3人目は女を操れるんだろーが。だったら女を使った精神攻撃をしてくるってことだろーがよ」
「だったらどうだっていうんだ?」
「俺にカッカ来てんじゃねーよバカ野郎。『この世界の女たちは現実じゃない』って割り切らなきゃ、女に振り回されて負けるぞって言ってんだ」
「…くっ…」
征司は、今日何度目かの歯噛みをする。
開き直ってはいたが、それでもヴァージャの方を見ることはできない。
「くそっ…だけど…松井さんはオレが助け出すんだ」
「ああいいぜ、そりゃ助けられりゃいいだろうし俺も止めねえ。だが、もう少し割り切って考えろ…そうじゃないと」
「割り切るってなんだよ!」
征司の顔が上がる。
ヴァージャもここで初めて、彼の異変に気づいた。
「セェジ、お、お前…バリバリに泣いてんじゃねーかよ…」
「うるさい! お前には関係ないだろ…」
征司は慌てて目元を拭うが、涙の跡は消えない。
彼は声を震わせながらこう続けた。
「それに、オレはそんな簡単に割り切れない! オレが松井さんを助け出すんだ! オレが助けるんだ!」
「あーあー、わかったよわかった! そうだな、女記者を助けるのはお前だよ、お前! わかったよ!」
「諦めろとか二度と言うな! わかったな、ヴァージャ!」
「わかったよ…お前がまさかそこまでゾッコンだとは思わなかったぜ、俺ァよ…」
征司の涙の跡を見て、さしものヴァージャもこれ以上シビアなことは言えなくなってしまった。
長い付き合いで、征司のことはわかっているつもりだったヴァージャだが、さすがに彼が涙まで流すとは予想できなかったらしい。
結局、ヴァージャは征司に「割り切った頭で女というものを見る」ということを教えることはできなかった。
そうなればと、今度は話題を脱出方法へと変化させる。
「とにかく…まずはここから出なきゃどうしようもねえわけだ」
「…ああ、そうだな…」
「ここと似たような部屋はねえのか? まん前は通路しかねーようだが」
「確か、左にあと2つくらいあったはず…」
「なるほど。で、こんだけ俺とお前がやりあっても誰も何も言ってこねえってことは」
「うん。隣には誰もいないし、見張りもいない」
「よし、状況はわかった。あとはどうするかだな…」
ヴァージャは腕組みをして脱出方法を練り始める。
そんな彼をちらりと見つつ、征司は「第3の手」をそっと隣の牢へと伸ばしていくのだった。
>E.A.G.R.S.H. その3へ続く