【本編】幽獄Lv0+5 閃き | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

幽獄Lv0+5 閃き

「…はあ、ふう」

征司の息が切れている。
彼の体は前かがみになっており、両手を両ひざに置いていた。

(なんて…中途半端な場所にあるんだ、この図書館…!)

恨みがましく見上げる先には、くすんだ白に包まれた建物があった。
そこはF市東図書館であり、隣には区の体育館が併設されている。

場所としては、西鉄椎葉駅と椎葉香園駅のちょうど中間にあり、バス停も近くにはないため直接ここに来れる交通機関はない。

「…」

しかし征司が見ている図書館の看板には、「当図書館へは公共交通機関をご利用ください」と書いてあった。
彼は正直にこう思う。

(交通機関で来いっていうんなら、もうちょっと…せめてバス停くらいは置いといてほしいもんだね…)

携帯電話からインターネットにつなぎ、ここの地図を調べていた征司は、駅と駅との中間ということである程度歩くだろうなという予測は立てていた。

それがなぜこんなに息を切らせ、こんなに恨みがましい視線をしているのかというと、この周辺にはやたらと坂が多いためだった。

普通の地図には、土地の高さを示す等高線など記されていない。
そのため、征司もただ普通に歩けばいいという程度にしか考えていなかった。

「はあ、はあ、はあ…」

そしておあつらえ向きに、図書館の入口付近にはジュースの自動販売機が置かれている。
さんざん坂道を歩いた後では、飲まずにいられない。

征司は迷わずジュースを買った。
それを一気に飲み、息を吐く。

「ぷはー…」

(見事な商売だよ…! ホントお見事!)

征司はその商売のうまさに、心から感心した。
そして一度入口から離れ、あらためて図書館を見る。

征司から向かって右側が下り、左側が上りとなっているのだが…
図書館の左側が、坂の中に入り込んでしまっている。

坂の詳しい角度はわからないが、1階の左側が3分の1ほど坂に埋まっているのを見ると、あらためて相当な角度であることがわかった。

(このあたり、これくらいすごい坂がいっぱいあるんだよな…山を切り開いたのはわかるけど、もうちょっとなんとかならなかったのかな)

自分が上ってきた右側を見ると、その傾斜にゾッとする。
心から、自転車で来ることにならなくてよかったと思った。

「…ずずっ」

ジュースを飲み終わり、ゴミ箱に缶を捨てる。
その瞬間、坂道のことは頭の中から放り出した。

(さて…調べるぞ。ここに来るまで結構時間を食ってしまったから、あまり長居はできない。とはいっても、図書館自体あまり長居は…)

入口を入った征司の目に、開館時間が目に留まる。
どうやら午前10時から午後6時まで開いているようだ。

(できないみたいだな)

学校が終わってからここに来ているため、6時といえばもう2時間もない。
征司は足早に歩き、早速本を探し始めた。

(本を借りて家でじっくり読めればいいけど、調査してるのがヴァージャにバレるからな…それは避けたい。だとしたら、できるだけ早くここで見つけて、ここで調べるしかない…!)

本棚に設置された案内板を見ては移動し、目指すカテゴリをまずは探す。
どの棚にも、本を探している人が目についた。

(…小さい図書館だと思ってたけど、意外と人がいるな…って、ここは文学か。ここじゃない…)

太い体で人と人との間をすり抜けながら、征司は悪魔についての本を探す。
だが、どれだけ探しても「悪魔学」というカテゴリはない。

(あれ…?)

目につく本棚をとりあえず全て巡った征司は、それに気づいて立ち止まった。
人の流れを見つつ、少し考える。

(『悪魔に関する本』だからって、『悪魔学』ってカテゴリで探しちゃダメなのか…? あ、そりゃそうか、宗教関係ってカテゴリで探さないとな…!)

自分の探し方を反省し、奥中央にある案内板へ向かう。
そこで図書館の地図を見た。

(えっと…今いるのはここで…ん? 図書館ってCDとかも置いてるのか? パソコンまである…)

どうやら別スペースに、本とは違うメディアでデータが保管されているようだ。
図書館といえば本を貸し出す、もしくはその本を資料とするだけというイメージしかなかった征司は、CDやパソコンを置いてあることに驚いた。

だがすぐに気を取り直す。

(っと、別に今はそういうの使わないし、本を探さないと…えっと、宗教に関する本は…こっちか)

征司は案内板を後にし、神学系の本が集められた棚へ移動する。
神や天使に関する本に混じって、悪魔に関係する本もすぐに見つかった。

(よし、思ったよりたくさんあるぞ。で、ソロモン72柱っていうのは…?)

悪魔そのものに関する本から、悪魔を退けるための方法を記した本、さらには悪魔を使役する方法を書いた本など、すぐ近くにある神関係の本が怒り出しそうなタイトルの本が、5冊ほど並んでいる。

征司はその中で、ずばり「魔導書」と書かれたものを手に取った。

(なになに…魔導書、グリモワール…)

征司が手に取ったのは、『魔導書<グリモワール> ソロモン72柱を召喚するための書』という本だった。
表紙には山羊の頭をし、黒い天使の羽を持った悪魔が描かれている。

征司はその本を開き、最初の文を読んでみた。

(んーと…『ソロモン王を王たらしめた72柱の悪魔たち。彼らを思うがままに使役し、世界最強の魔力を自らのものとせよ。ただし、彼らに認められねば命の保証はない』…まさにオカルトっぽいな)

征司は小さく苦笑して、まずは本を閉じた。
他にも探してみるが、明確に「ソロモン72柱」とタイトルに記された本はこれだけだったので、結局彼はこの魔導書だけを持って近くのテーブル席へと向かう。

運良く空いている席を見つけ、そこへ静かに、しかし若干強引に入り込む。
そして音を立てないように椅子に座り、テーブルの上に魔導書を置いた。

本をあらためて開くと、彼が先ほど読んだ最初の文以降、目次において様々な悪魔の名前が並んでいた。
時間はそれほどなかったが、まずは最初の悪魔から順に読んでいくことにする。

(えっと…まずはバアル、か)

バアルという悪魔のページを開くと、その姿を描いた絵が目についた。
足はどうやら蜘蛛のようだが、その上には左から猫、王冠をかぶった人間、カエルの頭部が乗っている。

(…なんだこれ?)

普通の感覚では想像もつかない姿に、征司はきょとんとした表情になった。
別の部分に目をやると、今度は円状の模様がある。

中心を同じくする大きな円と、それより少し小さな円が描かれ、小さな円の内部には奇怪な図形とも文字ともつかない記号が描かれていた。
大きな円と小さな円の間には、時計回りで「BAAL」というアルファベットが刻まれている。

(えーっと…『これはバアルを示すマーク。付録の魔方円に、中心の記号と円周にある名前を描いて、召喚の準備をします』…か)

もちろん征司はバアルを召喚するつもりはないので、そこは適当に読み飛ばした。
彼が気にするのは、バアルが持つ特性と能力である。

(しわがれた声で話し、人を透明にしたり知恵を与えたりする力を持つ。また、剣術の達人でもある…剣術の達人?)

その説明を読んだ後で、征司はもう一度バアルの絵を見る。
蜘蛛なので足は確かに多いが、手というものは見当たらない。

(手がないのに剣術の達人…? なんだろう、すごい『言ったもん勝ち』な感じがする…蜘蛛の足で剣を操るのかもしれないけど、達人っぽくはないよなあ…いや、逆の意味で達人っぽいけどさ)

しかし、征司はそう思っても簡単に笑い飛ばすことはしなかった。
なぜなら、最初の組み込みの前のことを思い出したからである。

(…蜘蛛…いたな。しわがれた声の、蜘蛛…!)

上には何も乗っていなかったし、剣術の達人とも名乗らなかったが、確かに蜘蛛はいた。
そして老人のようなしわがれた声も聞いた。

最初に聞いたのは、ヴァージャが城戸と戦った後にどこかへ連れ去られた時。
ベッドしかない部屋で目覚めた征司が聞いた、アドバイスの声だった。

(そうだ、リアライザが来るから…ベッドの下に出口があるって教えてくれたんだっけ。オレが鈍くさいから、2回も失敗しちゃったけど…だけどあのおかげで結局は助かったんだ)

後で聞くと、あれは生体組織に含まれる「何か」たちが、征司と話ができるように彼に与えた「ショック」だったらしい。
命に関わるような衝撃を敢えて与えることで、新たな感覚を呼び覚ましたのだろう。

その一番最初に聞いた声が、しわがれた声だった。
それは蜘蛛の声であり、「知恵を与える」という魔導書の説明とも符合している気がしてくる。

(みんなを代表してロバや狼が言ってたけど…あの子たちの個性は『砕かれたもの』らしい。だとしたら、『蜘蛛の上にいろいろ乗ってる』って個性が砕かれて『蜘蛛』だけになったっていうのも…まあ、わかる気はしないでもない)

そして目が行くのはバアルのマーク。
そこにあるアルファベットである。

(『BAAL』ってつづりなのか。個性もそうだけど名前も砕かれたって言ってて…あの蜘蛛は『L』って名乗ってた。だったら…決まりなんじゃないのか、あの蜘蛛…!)

この発見に、征司の体に鳥肌が立つ。
そして彼は、バアルの召喚方法などをすっ飛ばして次の悪魔のページを開く。

(2番目はアガレス『Agares』…クロコダイルに乗った老人が、大鷹をとまらせた姿…なんだかまたわかりにくいけど、確かにワニはいた! あのワニは『S』って言ってた…)

アガレスの場合は、召喚方法はもとよりその能力まですっ飛ばしてページをめくる。
そして3番目のヴァサゴ(Vassago)は姿が不明であること、だから白いモヤだったことを征司は思い出した。

(4番目はガミジン『Gamigin』で…こいつがあのロバか! 召喚者の質問に、明瞭に答えようとする…だから先頭に立って、オレと話をしてたのか…?)

その真意はわからない。
わからないまま、征司は5番目と6番目の悪魔も調べてしまう。

(5番目はマルバス『Marbas』でライオン、6番目はウァレフォル『Valefor』で天使…最初の組み込みの時、みんないた…いたぞ…!)

そして、征司の中で悪魔たちの名を示すアルファベットたちが並べられていく。
その並びの中には、「先頭は大文字にする」というアルファベットのルールはなかった。

バアル(baaL)
アガレス(agareS)
ヴァサゴ(vAssAgo)
ガミジン(GamiGin)
マルバス(marbaS)
ウァレフォル(valeFor)

大文字にしたアルファベットのみを抜き出すと、以下のようになる。
なお、同じ種類の文字は1文字だけ抜き出すものとする。

L
S
A
G
S
F

これらを横に並べ、「省略している意味のピリオド」をつけると…

L.S.A.G.S.F.
(ルサグスフ)

となる。

つまり、バアルからウァレフォルまでの6柱を、Y.N.側独自のルールでまとめたのが「L.S.A.G.S.F.」ということになるのだ。

(なんでこんな妙な抜き出し方をしてるのかはわからない…でも多分、すぐに調べがつかないようにしたんだろう。こんなの、悪魔に興味持ってないとわかるわけがない…実際、オレもここに来るまで全然わからなかった)

征司はそう考えながら、悪魔たちの名前を指でなぞっている。
「L.S.A.G.S.F.」を解き明かしたひらめきは、彼に新たなひらめきを与えていた。

(ヴァサゴとガミジンは同じ文字が2つある…だけど、きっとこれは両方ってことじゃない。どっちかひとつを指しているんだ。そのヒントがあの数字…『12』!)

12という数は、Y.N.側から放たれる刺客の総人数だと征司は考えていた。
だが、ここで悪魔たちの名前をアルファベットで見た瞬間、それ以外にも意味があることを知る。

(バアルがなぜ『L』なのか…それは『名前の中で12番目のアルファベット』だからだ! 『Baal』は4文字で、LまでいったらまたBに戻る、っていうのを繰り返せば『12番目はL』になる!)

同じように、『Agares(6文字)』の12番目は『S』。
『Vassago(7文字)』の12番目は『A』。

『Gamigin(7文字)』の12番目は『G』。
『Marbas(6文字)』の12番目は『S』。
『Valefor(7文字)』の12番目は『F』となる。

これを抜き出しても『L.S.A.G.S.F.』となる。
何のロジックかはわからないが、征司のひらめきとそれがもたらした結果は、刺客と生体組織の名前にぴたりと当てはまってしまった。

(きっとO.R.O.E.O.Sもこれと同じルールなんだろう。11って言ってたから、名前の11番目のアルファベットを抜き出して名前にしてる…そうか、これが名前の意味だったんだ…)

最初、ルサグスフという言葉を聞いたとき、征司とヴァージャは「ロシア語、もしくはロシア人の名前のようだ」と思った。

そこからインターネット検索をかけてみたりもしたが、引っかかるはずなどない。
「ルサグスフ」とは、Y.N.側の造語だったのだから。

(…ちょっと、我ながらすごいひらめきで体がビリビリしてるけど…これで終わりじゃない。能力の方も調べないと…)

7番目以降の悪魔へ行こうとして、征司はページを戻す。
2番目のアガレスまで戻り、その能力を見る。

(えっと…逃亡者を戻ってこさせる能力と、地震を起こす力か…福原さんのとは違うな。じゃあ、次…)

3番目のヴァサゴは、過去・現在・未来の出来事に詳しく、隠されたものの発見を能力とするようだ。
だが征司は首を傾げる。

(ヴァサゴって、姿が不明…あの白いモヤだよな? ぽぽぽーってだけしか言ってなかった気がするけど…出来事に詳しくても、会話にならないんじゃないのか)

小さく苦笑しつつ、次のガミジンの能力を見る。
最初の組み込みの時、先頭に立って話していたロバがこれに該当する。

(罪に死した者の魂を呼び寄せる…うーん、これでもないな。もしかしたらロバの能力かもって思ってたんだけど)

どうやら、征司と面と向かって話す悪魔と刺客の能力とは、関係がないらしい。
彼は自らをそう納得させつつ、次の悪魔を見る。

(マルバスは…あのライオンか。疫病をもたらす力と治す力を持つ…へえ。隠されたものや秘密に関する質問に真摯に答えてくれる…なるほど。じゃあ、福原さんの能力は…)

ターゲットは最後の6番目、ウァレフォルとなる。
その能力を読むと、征司の頭がまた少し傾いた。

(盗賊と関連の深い悪魔…人々を盗みに働くように誘惑したり、泥棒と和解させることができる…? 福原さんの能力とはちょっと違うな)

刺客『ルサグスフ』だった福原 耕作の能力は、「盗みを働いた人間を操る」ことである。
また、盗みの常習犯であればあるほど、強力に操ることができる。

盗みということに関しては少し関連があるようだが、ウァレフォルの能力とは何かが違う。
似ているようで一線を画している何かがあった。

(個性と名前が砕かれてるって言ってたから、もしかしたらその影響なのかもしれないけど…まあいい。じゃあ次は『O.R.O.E.O.S.』と城戸の能力についてだ…)

城戸に関しても、征司が見つけたルールは見事に当たっていた。
悪魔たちの名前をアルファベットで表記し、その11番目を合わせると『O.R.O.E.O.S.』となる。

さらに、11番目の悪魔グシオン(Gusion)の能力が『召喚者に敵対する者の敵意を友好的な気持ちへと逆転させることができる』というものであるのを発見した。

(召喚者の敵から、敵意をなくさせて友好的にする…これがヴァージャの言ってた『城戸の能力』ってことなのかもしれない。城戸自身がオレと友好的になるのはどうかなって思うけど…もともとグシオンがオレの中にあったのだとしたら、オレが召喚者ってことになるから、別にいい…のか?)

征司は、なんだか自分がとってつけたような結論をつけているような気がして、また少しだけ笑った。
だが、その笑みはすぐに消える。

(よし…城戸の能力もなんとなくだけどわかった! ここからは、知らない誰かの能力だ…!)

名前と数字のルールからすれば、次の数字は『10』。
名前に関しては、まず悪魔たちのアルファベット表記を見なければわからない。

なので、まずはそれを調べることにした。

・13~18番目は…
 ベレト(Beleth)
 レラジェ(Laraje)
 エリゴス(Eligor)
 ゼパル(Zepar)
 ボティス(Botis)
 バティン(Bathin)

これまでのように、数字の分だけアルファベットを進み、その文字を抜き出すと…
今回は『10』という予測があるのでそれを使うと、以下のようになる。

belEth=E
larAje=A
eliGor=G
zapaR=R
botiS=S
batHin=H

(E.A.G.R.S.H.…イーグル、エスエイチ…なんて読むんだこれ)

「イーグルシュ」

「へえ…あ?」

誰かの声に感心していると、征司の目の前から魔導書が消えた。
だが消失したのではなく、上に取り上げられた。

「…!」

征司は何事かと後ろを振り返る。
そこには、輝く笑顔の青年がいた。

彼は魔導書を閉じ、ひそひそ声で征司に言う。

「それ以上読んでもらうと困るんだ。僕とか他の人の能力、わかっちゃうからね」

「え…?」

「ああ、あと…君の知り合いの美人さん、ちょっと借りてるから」

「借り…?」

「こう言った方がわかりやすいかな? ほら、週刊誌の記者さんだよ」

「…!」

その言葉に、征司から血の気が引いた。
青年は征司の反応を確認すると、それ以上は何も言わずにその場から去っていく。

「あっ」

(マズい、本を取られた! それに今、松井さんのこと…!)

慌てて立ち上がり、征司は青年を追いかける。
だが、その前になぜか人々が立ちはだかった。

「行かせない」

「ダメです、行っては」

「え? え?」

征司の前をふさぐのは女性ばかりだった。
なぜか男性は、きょとんとした顔で征司の方を見ている。

「ちょ、ちょっとすいません…!」

「なに? 無理やり通る気? チカンだっておまわりさん呼ぶわよ」

「そうよそうよ、ここは通さないんだから」

「と、通さない、って…!」

テーブル席の周囲を、女性たちに囲まれてしまっている。
「通さない」という言葉は本来、狭い道などで使うべき言葉であるはずだが、このあたりに狭い道はない。

ただあるのは、女性たちによる「人間の壁」。
チカンで警察を呼ばれるわけにもいかないため、征司は思うように壁を突破することができない。

(く、くそっ…! 仕方がない!)

征司は、ほとんどの者に知覚されることのない「第3の手」を背中から伸ばす。
できれば使いたくなかったが、今回はそうも言っていられなかった。

(目一杯伸ばして、あの人たちの足の向こうに通す!)

その命令通り、「第3の手」は女性たちの間を抜け、足の向こう側へと伸びた。
長さは、今現在伸ばせる限界、10メートルまで伸ばしている。

(でもって引く!)

女性たちのひざ裏に、ハードルのように「第3の手」を横たわらせ、思い切り征司側へと引いた。
ひざが裏側から強く押されたことにより、足が勝手に折りたたまれてしまい…

「きゃあっ!?」

突然、女性たちはそろってその場で転んでしまった。
これを好機と見た征司は、倒れた彼女たちの上を飛び越えて青年を追おうとする。

しかし。

「うおっ!?」

女性たちの執念なのか、ジャンプした足をつかまれてしまった。
征司はバランスを崩して女性たちの上に落ちてしまう。

「うぐっ!」

「ぎゃあ!」

「ご、ごめんなさい! でも行かないと!」

倒れたところに重い体が乗ったので、女性たちは悲鳴をあげる。
征司も謝りつつ、しかし追わなければならない。

だが、その場から征司が動くことはできない。
さらに外側には新たな「女性の壁」が現れた。

そして足をつかんだ手は、一気にその数を増やす。
征司は青年を追うどころか、その場でもみくちゃにされてしまう。

「放してください! オレはあの人を追わないと!」

「行かせないって言ってるでしょ! なによあんた頭悪いの?」

「行かせるわけないじゃない、バーカ!」

「絶対に行かせない! あんたはここで困ってればいいのよ!」

(な、なんなんだいきなり!)

振り払おうとする手を、また新たな手がつかむ。
それを「第3の手」でほどき、どうにか進もうとすると今度は足をつかまれて転ばされる。

東図書館は、静かな図書館から一変、征司にとっての蟻地獄と化していた。
いきなり数十人の女性たちに捕まった彼は、脱出しようともがき続けていたのだが…

やがてその体力を失ってしまう。
それほどまでに、女性たちの人数は多かった。

(く、くそ…!)

「今よ! やっちゃえ!」

誰かの号令とともに、征司は両手を後ろに縛り上げられてしまった。
抵抗する体力を失くしてしまった彼は、もはや動くこともできない。

(あれが…3番目の刺客…! 優しそうで、キレイな感じの顔だったのに…!)

顔はわかる。
優男を絵に描いたような顔をしていた。

そしてコードネームも、向こうが自ら名乗ったおかげでわかっている。
その名は「イーグルシュ」。

肝心の能力だが…

(間違いない、これが能力だ…女の人を操る能力! そうでなきゃ、こんなことがいきなり起こるわけがない!)

であるならば、心配なのは茜である。
彼は茜を「借りている」と言った。

女性を操る能力を持つ男が、ひとりの女性に対して「借りている」と言う…
その言葉にどれほど危険なものが含まれているか、征司にもわかる。

(くそ…! 固すぎて『手』じゃほどけない! このままじゃ…!)

征司の予測を裏付けるように、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
やがて彼は、多くの女性たちによって警察へその身柄を引き渡されるのだった。


>E.A.G.R.S.H. その1へ続く