【朧の城】episode9:結闘・その4 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

・その4 理解・

<園田 花梨 0時45分 緑色の水の部屋>

桜羅…
…。

そっか…
寝てるように見えるけど…

ただ寝てるんじゃ、ないんだよね…
もう、目が覚めることは、ないんだよね…

゛花梨…゛

あたしが、こんなにうるさくしても…全然起きないんだもん。
いくらあたしがバカでも、さすがにわかるよ。

まだ、心の中はぐちゃぐちゃだけど…少しだけ、わかった。

桜羅がどうなってしまったのか。
少しだけ、わかったよ。

゛花梨…あー、そのことなんだが…゛

ん?
あ…なに?

゛……゛

…なに?
言いかけてやめないでよ。

゛ああ、悪ィ…だがちょっと深刻な話なんだよ、俺にとっては゛

あなたにとって、深刻な話?

゛ああ…お前、桐島たちには会ったのか゛

桐島くん?
うん…彼と加藤って人には、上で会ったけど…

゛桐島『くん』?゛

えっ…何か変?

゛いや…お前、本当に記憶がなくなってるんだなって思ってな。前のお前が桐島に『くん付け』してるのなんて、聞いたことねーからよ゛

…あなた…
あたしのこと、知ってるの?

゛ああ。上で桐島と一緒に加藤ってヤツにも会ったと言ってたが…俺ァその加藤の『中身』だ゛

…どういうこと?

゛桐島が言うには、俺が死んだのは『外身』だけで、中身は死ぬ前に桜羅がうまいこと切り出してここに入れたらしい。それが俺らしいんだよ゛

らしい、って…
桜羅からは何も聞いてないの?

゛ああ。だから俺はアイツがただの人殺しだとしか思ってなかった。ブルーブラッドなんていう『理性あるゾンビ』を作り出せるバケモノだとしか、俺は考えてなかったんだが…゛

だが?

゛桐島の話を聞いたのと、お前が泣いてるのを見て、ちょっと考えを変えた。まあ聞け゛

う、うん…

゛お前もそうだが、俺の『外身』も桜羅を憎んでる感じがねぇんだ。俺の目の前で桐島と本気でやり合うくらい、桜羅をどうにか助けようとしてた゛

そうなんだ、うん。
それで?

゛俺の体がやってることなのに、頭と心臓があるこっちは全然意味がわかんなくてな…だが桐島の感じだと、洗脳っていうのともまた違う感じだった゛

うん。

゛……゛

…。
……。

…聞け、って言ったのは…そっちだよ。

゛ああ…悪い。そうだな、俺はお前にそう言った…じゃあ話さないとな゛

…うん。

゛あんなに必死になってた桐島には悪いが…桜羅を助ける方法があるかもしれないんだよ゛

えっ!?
ホントなの? それ!

゛ああ…だが絶対助かるっていう保証はできねぇ。俺にも理屈がよくわかってねぇからな゛

どういうこと?

゛俺が入ってる水槽…緑色だろ? この緑の水につかってるおかげで、俺は今生きていられる…何でも傷を治す水らしい゛

あ、じゃあ、そこに桜羅を入れてあげるってこと?

゛ああ。だが注意しなきゃいけないことがある゛

…なに?

゛俺はまだ『死んでない』んだ。だが桜羅は『死んでいる』。桜羅をここに入れたら、俺も『死んでしまう』かもしれないんだ゛

えっ…?

゛それに、だからといって桜羅が蘇る保証はねぇ。傷を治せる水でも、命を蘇らせられるかどうかは別の話だからな…゛

…それって…

あなたは死んでしまうけど、桜羅が蘇るかどうかはわからない…
ってこと、だよね?

゛ああ、そうだ。お前は俺の記憶なんかないだろうし、あったとしても俺より桜羅の方が大事だろうからさ…言おうかどうか迷った。だが…゛

…。

゛なんか一生懸命だろ。お前も、俺の『外身』までもがさ。だったら別にいいんじゃねーかって。桐島は俺を助けてくれようとしてるみてーだが…゛

……。

゛正直、今の俺は自分じゃ指一本動かせねぇ。それどころかそもそも指につながってねぇ。もし、何十年か先に移植手術で助かるとしても、それまでここでずっと生きてる自信もねぇんだ゛

…。
……。

゛だってよ、何もねーんだぜ? ここ。桜羅が死んだまま蘇らなけりゃ、こんなところ誰も来ねぇ。たったひとりでずっと、いつできるかもわかんねぇ手術を待つなんざ…俺にはできねぇ゛

………。

゛そんなの死刑囚と変わらねーんじゃねーのかって思ったんだよ。自分じゃどうしようもなくてよ、誰かが気まぐれに助けてくれるのか、殺してくれるのを待つ…キツいぜ、正直゛

だから…あなたはあたしに、桜羅が助かるかもしれないって教えてくれたの?

゛ああ。待ってる間に、ひとりぼっちのストレスで狂っちまうかもしれねーしよ…そんなんでどうにかなるくれーなら、誰かの役に立ってみてーなって思ったんだ゛

…。
教えてくれて、ありがとう…

゛いいぜ、別に。お前のために、っていうだけじゃねーしさ…゛

……。
だけど、それって…

あたしがやらなきゃいけないこと、だよね。

゛…ああ。見ての通り、俺には骨も筋肉もねぇ。緑色の水の中にふわふわ浮いてるだけだ…この細い神経一本も、俺の力じゃ動きゃしねぇ゛

そっか…。
…。

ちょっと、考えさせて。
だってすぐには…決められない。

゛ああ。しかし…なんか上が騒々しいんだろ? のんびりとはできねーんじゃねーか?゛

うん…
それは確かにそうなんだけど…

それをやるっていうのは、あたしが…あなたを。
殺すってことだよね。

゛…そういうふうに、考えないほうがい゛

でも!
そうだよね?

゛…ああ。そうだよ゛

…。
あなたはまだ生きていて…

もしかしたら、ちょっと待つだけで助けてもらえるかもしれない。
でも、何年もここにいることになるかもしれない。

ただあたしも、ずっとひとりでここにいさせられて…
自分じゃ何もできないまま、っていうのはつらいと思う。

気が狂っちゃうかもしれない。

゛……゛

そう考えると、桜羅をそこに入れてあげた方が、あなたのためにもいいのかなって思うけど…

でも…
本当にそうしちゃっていいのかな…

゛俺はもう、いいって言ったからな…あとはお前次第さ゛

…。
あなたは、死ぬのが怖くないの?

普通の姿じゃないからって、怖くない理由にはならないはず…
あたしだって、他の人から見たらすごい変みたいだけど、死にたくないって気持ちはある。

死にたくないっていうか…いなくなりたくない、っていうのかな。
死んでるのはもう死んでるみたいだし。

゛花梨…頼むから、あらためて言うなよ。俺がなんでサラッと言ったのか、お前わかってねーんじゃねーのか゛

それくらいあたしにだってわかるよ!
だけどさ…!

知らない人でも、知ってる人ならなおさら…
殺してもいいよって言われて、『はいそうですか』なんてすぐに答え出せるわけないじゃない!

゛お前…゛

死ぬのは怖いけど、死なせるのだって怖いの!
だってあなたとは、こうしてお話できてるんだもん!

もとは同じ人間でしょ!?
あたし、人殺しになっちゃうし…

あなたが死んでいくのを、あたしはずっと背負って行かなきゃいけない!
やることやってここからすぐに逃げたって、あたしは『やったこと』の感触を一生忘れない!

怖いよ!
そんなの怖い…!

いくら桜羅が助かるからって、そんなのすぐに決められない!


「そうか…では俺が殺してやろう」


えっ?
なに、今の声。

部屋の外?

゛ドガァン!゛

きゃあっ!?

゛な、なんだ…? お前なんなんだ!?゛

「ほう、これは…! なるほど、これが『あの緑色の水』か」

う、うわ…
にょろっとしたものの先に、顔がついてる…!

そ、その顔って、桜羅がトシアキって呼んでた人のじゃ…?

「脳と心臓…それに血管、か? 重要な器官を保存できる液体というわけだ!」

゛お、おいお前、なんでこの水のことを知ってる! まさか…゛

「ああ、情報源か? そう、そのまさかだ…虫けらのようなブルーブラッドが、仲間を助けようとして口を滑らせたのさ。『緑色の水で治してやるからな』とな」

゛な、なんだと!゛

「その時はそれほど気にしなかったが、ヤツらに動けなくされたものでね…ちょっと探してみようと思ったわけだ。そして見つけた」

ちょ、ちょっと待ってよ!
まさかあんたが、この水を使うつもり…?

「その通りだ。話はドアの向こうで大体聞かせてもらった…桜羅が復活する可能性はつぶしておかねばならないし、俺も体を修復する必要がある。一石二鳥だと判断したわけだ」

…!
あんた、桜羅の敵なのね!

それだったら余計、この水を使わせるわけにはいかない!
大体、あとから割り込んで勝手に使おうなんて、図々しいにもほどがあるわ!

「お前が決めかねている様子だったから、それなら俺が使わせてもらうと言ったまでだ。それに…お前たちよりかは、俺の方がそれを有効活用できるしな」

く…!
させない!

あたしがまだ答えを出してないのに、勝手に使われるわけにはいかない!
桐島くんたちが来るまで、あたしが絶対にくい止めるんだから!

「誰が来るまでくい止める気だ? 報告を受けた中で残っているブルーブラッドは、もはやお前だけだぞ…ククククク」

えっ?

゛な、なんだと? 桐島と俺の『外身』はどうした!゛

「さっき言っただろう? 虫けらのようなブルーブラッドがいた、とな。虫けらは無様に殺される運命…それだけ言えばわかるだろう?」

゛なっ…゛

「それにお前、今『外身』と言ったな? 中身をせっかく保存しているのに悪いが、もうその必要もない…もはやその体には、脳は入れられても心臓を入れる場所がない」

えっ!?

「2体そろって、肩から上しか残っていないんだよ。まさに虫の息というヤツだ」

゛ま、マジか…! 桐島ァ…゛

…。
……。

「もはや何をしても無駄だということがわかっただろう? では、そこをどいてもらおう…その水は俺が有効活用してやる」

…。
イヤよ。

「なに? あらためて死にたいのか? お前」

死ぬのもイヤ…
それにここで死ぬのはあたし『たち』じゃない!

あんたよ!

゛チャッ゛

「な、なにっ!? お前、その銃をどこで…」

゛パンッ、パン!゛

゛ドシュッ、チュイーン!゛

「ぐおおおおっ!? バカな!」

くそ、1発外した!
次はちゃんと狙って…!

「くっ! さ、させるか!」

゛シュッ!゛

゛パン、パンパン!゛

゛ドスッ!゛

うぐ

「うぐおおお! だ、だがっ!」

゛か、花梨!゛

違う…
『だが』は、あたしのセリフ!

「なにっ!? 腹を貫いてやったのに…」

そうよ、貫かれたわ…
でも、だからこそあんたの細い体がすぐそばにある!

目の前にある!

「な、なんだと…! くそっ、もっと体を伸ばしてあの水を!」

銃にはまだ、弾が残ってる!
させるわけないでしょおおおおおっ!

゛バシュッ、バシュッ、バシュッ!゛

「がああああっ! き、キサマっ!」

あるだけ撃ってやる!
全部撃ってやるっ!

゛バシュッ、バシュッ、バシュッ!゛

「や、焼ける! 撃たれた場所が焼ける! 摩擦で変質してしまうううううううう!」

゛バシュッ、バシュッ! カチ、カチ゛

「ガアアア! た、弾切れだな! これで…」

確かに弾はなくなったけど、手がなくなったわけじゃない!

゛ガシッ゛

「なにっ!」

゛ブシュッ゛

「うごおおおっ! キサマ、爪を!」

そうよ、両手で爪を立ててあげる。
あんたはとても近くにいるんだから、目でわざわざ見る必要もないしね。

゛ゴトッ゛

゛お、おい花梨! お前、頭…!゛

見なくても大丈夫!
手の感触で、コイツがどれだけやわらかいかわかってる!

「な、なんだと!」

゛ザシュッ!゛

「ぐああああああああ! くそっ、これでは…!」

そうよ、爪がバッチリ食い込んじゃったから…
あたしを貫いて進もうとすればするほど、あんたの傷は大きくなる。

そういえばあたし、握力も強くなっちゃったんだよね。
女の子にしては強すぎるくらいに。

゛ズブブブブブ…゛

「や、やめろキサマあああああがあああああ!」

痛いのね?
痛みを感じるのね、あんたは。

じゃあもっと感じさせてあげる。
あたしの分まで。

「くっ! こ、この俺を…引き抜こうというのか!」

別に引き抜くつもりはないわ。
一緒にこの部屋を出ようってだけ。

ほら、ちゃんとつかんでないと、あんたを運べないでしょ。

「ば、バカな! 俺はあの水を手に入れなければならないというのに…!」

ううん、そんなのあたしが許さない。
あれは桜羅がのこしたものだし…あの人のもの。

゛お、おい、花梨? お前…゛

あたし…ちょっとホッとしてるんだ。
あなたを殺さなくてすみそうだから。

゛だがお前、それじゃ桜羅が…゛

あたし、さっき言った。
あなたがいろいろ教えてくれる前に。

頭がいいわけじゃないけど、さすがにわかったって。
桜羅に…何が起こったのか、さすがにわかったって。

「う、うおおおっ、なぜだ! お前…お前も、虫けらのようなブルーブラッドでしかないはずなのに!」

あんたにしゃべってないんだ、あたし。
黙ってて。

゛ズブブブブッ゛

「ぐあおおおお…」

うるさい男ってキライなんだ、あたし。
で、続きだけどさ。

認めたくはないけど、あたし…わかっちゃったから。
どうしようもないことが起こったってこと。

゛花梨…゛

だから、ホッとしてる。
これでよかったんだって、思うことにする。

あたしが自分で、そう決められたことが…
すごいよかったって思うし。

゛……゛

いろいろ覚悟して教えてくれたんだろうけど、ごめんね。
期待通りにしてあげられなくて。

じゃあ、あたし…そろそろ行くから。
もうしゃべれなくなるから、早めにさよならしとくね。

゛えっ? しゃべれなくなる、って…゛

下に頭置いてるけど、そのままってわけにもいかないから。
前見えないし。

だから…

゛ぞぶっ゛

「ぐおあ!」

噛みつかせたまま、行くから。
っていうかもうしゃべれてないけど。

見ればわかるよね?

゛花梨…!゛

さあ、あとは…
あんたを切り刻んであげるだけ。

「ぐぬぅぅぅぅ…調子に乗るなよ、くそったれめ!」

゛シュッ!゛

えっ?
にょろっとしたのから、枝分かれして…?

゛ザクッ、ザクザクッ!゛

うわ、いっぱい刺さった。
だけど…

さっきあたしが言った意味、わかんなかった?
もうあんましね、痛くないんだ。

「なに…! お前、痛覚が麻痺してきているのか!」

そう。
だから、苦しませようと思うだけ…

無駄。

゛ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!゛

「ぐあああああっ!」

もう終わりにしよう?
あんたももういいでしょ。

それだけボロボロにされて、まだあの水まで行けると思う?
あたしが歩いた分だけ、どんどん遠ざかっていくのにさ。

「うぐうううう…」

痛いことしたら、あたしの心が折れて簡単にあの水を手に入れられると思ったんでしょ?

残念でした。
作戦失敗ってヤツよ。

「み、認めよう…確かに、作戦は失敗だった…!」

そうでしょ?
だからもうやめよ?

「だがそれならそれで、まだいくらでもやりようはある!」

やりようってなに?
何にもないよ、そんなの。

だからさ、もうみんなで一緒に寝よう。
あたしもさ、痛くなくなったってわかった時から、結構眠たくなってきちゃって…

「眠りたいのなら、お前たちだけで眠るがいい…俺は絶対にあきらめんぞ!」

゛シュッ、シュシュッ!゛

あきらめの悪い男ね…

゛ザクザクザクッ!゛

嫌われるわよ、そういうの…
あ。

゛ドサッ゛

あ、足が…
ちょっと、これって…

「これでお前はもう歩けん。切り離してやったからな…確かあの男にも、似たようなことをしてやった…」

あの男、って…
誰のこと言っ

゛ズバズバッ! ゴトッ゛

あっ…
あたしの、手…

「終わるのは俺ではない! お前だ! バラバラになって死ね…!」

ははっ…
あんた、見た目通り趣味悪いね。

そんなんじゃ、女の子にはモテないよ。

「黙れ!」

゛ズッバァ! ボトッ゛

あ…
あれ?

なんか、真っ黒になった…
なんだろう、これ…

あーっ、ヤバい…
寝てる場合じゃないのに、眠くてたまんない…

何も見えないし、どうしよう…
っていうか…

あたし、もう…ダメ、かな…
あ、う……

……。
………。


<加藤 幸久 0時57分 緑色の水の部屋>

花梨、アイツ…
大丈夫なのか…?

大丈夫だったら大丈夫だったで、俺はここに残されそうだが…

…。
なあ、桜羅よォ…

俺はこれから、どうしたらいいんだろうな?

ずっとひとりで…
たったひとりで生きていくことになるのかな。

なんにもできねーまんまでよ…
そりゃちょっと、つらすぎるんじゃねーのかな。

死にたくもねーけど、このまま生きるのもしんどい…

だって選べねぇんだぜ?
『ここでずっとこうしてる』それ以外、何もねーんだ。

せめてよォ…
生きるか死ぬかくらいは選びたかったよなァ…

゛グチャッ! ビシャア!゛

ん?
なんだ、あの音…

「…く、お、おのれェ…!」

な…!
お、お前!

花梨にやられたんじゃなかったのかよ!

「俺もやられるかと思った…だが俺はヤツを倒した! これでもう、俺の邪魔をする者は誰もいない!」

ま…マジかよ…!

くそ、このままじゃコイツにおめおめとこの水を献上しちまう!
一体どうすりゃいいんだ!

「今言ったばかりだぞ…俺の邪魔をする者はもう誰もいないんだ。お前がそこから動けるというのなら、また話は別だがな」

くっ…!

「しかしお前には体を支える骨もなければ、伸縮自在の筋肉もない! お前はその水の中で、ただひたすら『そこにあるだけ』だ! お前にはもう何も残っていない!」

…くそ…
わかってんだよ、そんなこと…!

どうしようもねぇ状況かもしれねーが、コイツの思い通りになるってのがっどーにもガマンできねぇ!

なんかいい手ねーのか!
こんな俺でも、何かできる手は…!

「何か考えているな? だがもうお前にできることなど何もない! 何か思いついたところで、体を動かせなければどうしようもない!」

うぐ…!

「さあ、その水を渡してもらうぞ! お前をそこから引きずり出してやる!」

くそっ!
何も言い返せねーし、何もできねぇ!

こんなに悔しいことってあるかよ!
ちくしょう…!

「少々ダメージを食らいすぎた…早く治療しなければな。どのボタンを押せば…むっ、これか」

゛ピッ…パスワードを入力してください゛

「パスワードだと? 面倒だな…こうしてくれる!」

゛ドガッ!゛

゛ピピピピピピ…パスワードをパパパスワード入りょパスワーてくださくだささささパスワード?゛

こ、こいつ!
触手ボロボロのクセに、その触手で機械を壊そうとしてやがる!

…いや…!
逆に考えると、コイツもそれだけヤバいってことなのか!

くそ、何かできないのか俺は!
なんでフワフワ浮いてるだけなんだよ!

せめて何か、アイツに一撃食らわせて…

゛ピーーーーーーーーーーーーー゛

ん?
なんだ?

゛パスワードが入力されませんでした。敵対的振動を感知しました。これにより擬似エリクサーを排出します゛

「な、なんだと!」

おっ?
排出ってことは…

あ…
俺、死ぬのか。ここで…

゛ビーッ、ビーッ、ビーッ゛

゛ガコン! ザアアアア……゛

「こ、この音はまさか…! 本当に捨てられているのか! 冗談じゃないぞ!」

゛ガッ! ガツッ!゛

「びくともしないだと…! くそっ、緑色の水は目の前にあるというのに!」

゛ザアアアアアア……゛

ははっ…慌ててらァ。
だが自業自得だぜ。

俺は何にもやってねぇ。
アイツがあせって、勝手にやったことだ…

「くそっ! くそっ!」

゛ガン! ガン、ガツッ!゛

「うぐおおっ! くそ、ヒビひとつ入らん!」

ははっ…
ざまァないぜ。

そんなバケモノになったってのに、このガラス1枚破れねーなんてよ。
ははっ、ははははははっ

「お、おのれェ! だがお前も死ぬんだぞ! この水がなくなれば、お前などすぐに死ぬ! 水がなくなり切る前に死ぬんだ!」

ああ、そうだろうな。
なんたって、俺にはいろいろ足りなさすぎる…

だが、こんな不完全な状態のまま、何もできずにずっと生き続けるよりはいいんじゃねーかなって思う部分もあるぜ。

「フン! 果たして死の瞬間までそう思っていられるかな! それに俺はこんなところでは死なん! その水で回復してからと思っていたが…」

ん?
お、お前!

桜羅をどうする気だ!
もう死んでるんだぞ!

「フフフ…死んでいるなら好都合。俺はもともと、コイツの体を食らいに来たんだ。コイツの中にある『特別な何か』…それを俺のものにするためにな!」

く、食うだと!?
バカなことを言うな!

「それを得ればこんなガラスなど簡単に破れるはず…水がなくなるのと俺が桜羅を食らい尽くすのと、どっちが早いか…そこでよく見ているがいい!」

くっ!
じょ、冗談じゃねぇ!

何もできねーまんまでも、コイツが自業自得で慌ててんのを見ながらなら、死ぬのもそんな悪くねーかなって思ってたのによ…!

死ぬ瞬間まで、そんなおぞましいもん見せられてたまるか!
それに花梨も俺の外身も、桜羅を守るために必死こいてがんばったってのに…

食われる現場を俺が見させられるとか意味わかんねぇ!
絶対にさせるかちくしょう!

だが…!
どうすりゃいいんだ!

どうすりゃ、あのくそったれを止められる!
ああああくそおおおおお!

「では、いただくとしよう…」

くそっ!
やめろ! 食うんじゃねぇ!

てめぇ、やめろって言ってんじゃねーか!
そんなに腹減ってんなら俺を食えってんだよ!

「ククク…」

゛ぞぶり゛


ああっ

「ククククククク」

゛ぞぶり、ぞぶり゛

あああああああっ!
てめえこの野郎ォォォォ!!

殺してやる!
てめぇ、絶対に殺してやる!

これ以上ないっていうくらいの痛みを与えてやる!
やめろっつってんだろーがてめえええええええ!

゛ぞぶっ、ぞぶるじゅる、バリバリッ゛

後悔させてやる!
てめえ絶対に後悔させてやるからなああああ!

くそっ!
くそっくそっくそおおおおおおおおっ!

゛ぐしゅっ、ぞぶ、ぞぶるっ…ゴクリ゛

「ふぅ…」

この野郎…!
完全に、全部…

全部食いやがった…!

「フフフフフ、なかなかうまかったぞ…腐りかけだったのがさらによかったようだな」

殺す…!
てめえだけは絶対許さねえ。

「お前に許してもらう必要などない…ほら、もう水がなくなるぞ」

ああ、俺はもう死ぬんだろうぜ…!
だがあの世でお前を殺してやる!

お前の存在を消してやる!
必ず消してやるぞ!

「あの世だと? フフッ、俺がそんな場所に行くわけないだろう…死ぬのはお前だけなんだからな」

黙れクソ野郎!
てめえだけは絶対に、絶対に許さねえ…!

「同じことばかり言うな。芸がないな、お前…いや、もはや命すらなくなるか。クククククク」

殺す…!
ころ、す…!

「ああ、そうそう。その水に関してだが…桜羅を食ったおかげで必要なくなりそうだ。かなり体力も戻ってきた」

こ…
ろす…!

「言ってみれば得体の知れない水だし、俺が触れたらまずいことになる可能性もある。だから結局、捨ててしまってよかったんだろうな」

こ……
ろ…

「そしてお前は憎しみにまみれながら死に、俺はさらなる力を手に入れる…それがこの物語の顛末だ」

す………

「どんな思いを持っていようと関係ない、結果が全てなんだよ…お前たちは守り切れなかったし、俺に勝つこともできなかった」

……。
………。

「ククッ、いい気分だ! 実にいい気分だぞ! 俺は手に入れた力を使って、全てを手に入れてやる…お前たちはあの世という特等席からそれを見ているがいい…!」

…。
……。

>episode10へ続く…

>目次

>登場人物