【朧の城】episode8:秘密・その2 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

・その2 置き去り・

<桐島 浩輔 23時27分 ホテル「ゴージャス」地下>

はあっ、はあっ、はあっ…

「はあっ、はあっ、はあっ」

はあっ、はあっ、あれ…?

「ど、どうしたっ…はあ、桐島ァ」

石碑の前まで戻ってきたけど…誰もいないぞ。

「そんなもん、見りゃわかるぜ…はあ、はあ…」

先生も花梨も、一体どこに行ったんだ…?

「はあ、はあ…なに? 花梨? あいつも来てんの?」

え?
ああ…そうか、『お前』には言ってなかったもんな。

「はあ、はあ…ああ、聞いてないぜ。それに先生ってのは誰だよ?」

先生っていうのは小島先生だよ。
どうやら、俺のことを心配して来てくれたらしいんだけど…

「えっ、マジか! あの先生来てんのかよ…うわー」

…。
そうだよな。

考えてみれば、この反応が普通なんだ。
俺もホントは、小島先生が一緒ってだけで『うわー』ってなるはずなんだ。

だけど今は違う。
なんだかんだ言って、やっぱり頼れる人だと思う。

俺は自分のことで精一杯だったけど…
こんな状況で、先生があんなことをしたのにはやっぱり…

「おい、桐島ァ」

ん? なんだよ?

「こんな誰もいねートコで、ぼんやり突っ立ってどうしようってんだよ! 花梨と先生、もっと上にいるんじゃねーのか!」

え?
ああ…

言われてみればそうだな。
ボーッとしてる場合じゃない、か。

「そうだぜ。とりあえず休憩はできたし、さっさと上がろう! お前の様子だと、なんかヤバいんだろ?」

ああ、そうだな。
急ごう…!

…でも、どうする?
途中には加藤の『中身』がいる部屋があるけど…

会わせてやるべきなのか、そこはスルーした方がいいのか…
そこも迷うところだぞ。

「ほら行くぞ桐島ァ! 急げ!」

えっ?
お、おい加藤!

ちょっと待てよおい!
くそっ、なんだよアイツ、ホントにやたらポジティブじゃないか!

…。
……。

とにかく…
まずは先生と花梨を見つけよう。

加藤の『中身』と『外身』を会わせるかどうするかは、それから考えるか…


<園田 花梨 23時32分 ホテル「ゴージャス」1階ロビー>

ねぇ…桜羅ちゃん。
ねぇってば。

「なぁに? 花梨」

そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの?
さっき言ったことについて。

「そうね…できればもう少し、お客さまを待ちたいところだけれど…」

お客さま?
こんな夜に誰か来るの?

「今、下から上がってきているはずよ。誰かさんの悲鳴を聞いて、ね」

「な、なんだと!」

あ、悲鳴って…
さっき叫んでた声のこと?

えっ?
じゃああそこには、この人以外にも誰かいたってこと?

「ええ、そうよ。あなたの友だちというのは、その人たちのことを指して言ったのだけど…」

たち?
ひとりじゃないのね?

「ふふっ、花梨は鋭いわね。そういうところ、キライじゃないわ」

茶化さないで。
じゃあ、その人たちを待った方がいいってことよね。

「バカな…! そんなこと、僕が許さない! 今すぐ話すんだ、桜羅!」

「駄目。花梨が待つと言ったから、わたしは待つわ」

「なんだと…!」

う、怖い。
な、なに?

ってことはあたし次第ってことなの?
この状況。

「そうよ。あなたが彼らを待つと言ったから、わたしは待つの」

「今すぐ話せ! 要点は僕がまとめて彼らに話す!」

「悪いけれど、あなたの指示に従うつもりはないわ。また目を痛くしてもらいたい?」

「く…!」

「あなたがそれで悲鳴をあげれば、彼らがやってくるのはもっと早まるでしょうね」

ちょ、ちょっと桜羅ちゃん…
その人にひどいことしないって、さっき約束したじゃない。

「そうね…そうだったわ。でもうるさくされるのはあまり好きじゃないの。そのあたりをわかってくれると嬉しいのだけど」

んー…
じゃあさ、あたしもあなたにお願いする。

「えっ?」

だってその人、なんかいろいろ事情があるみたいだし。
あたしが『後から来る人たち待ってよう』って言ったのは思い付きからで、特に深い意味なんてないし。

できればあたしも、どういうことなのか知りたいしさ…

さっきは桜羅ちゃんが二度手間になるからって思って、待ってようって言ったけど、その人が要点をまとめて伝えるって言ってるんだからいいかなって。

「本当に花梨は優しいのね。わかったわ」

ホント?

「ええ。あなたに免じて、さっきの話がどういうことなのか…この場で教えてあげる」

うん。
ありがとう、桜羅ちゃん。

「…なぜだ?」

えっ?
あ、あたし見てないやあの人…

「桜羅、なぜお前はあいつの言うことを聞く? 女同士で連帯感を感じるだとか、そういうわけでもないだろう」

「ええ、もちろんそういうのではないわ。でも、あなたの質問に答える気はないの…あなたに教えてあげるのは、さっき言った言葉の意味だけよ」

「…そうか。じゃあ教えてくれ」

「ふふっ、その悔しそうな顔、好きよ…じゃあ、教えてあげるわ。あなたたちの体が、一体どうなっているのかをね」

あたしたちの、体…?

「ええ。あなたたちふたりに共通しているのは、『人間のものではない細胞』…すなわち『異細胞』が体の中に入っているということ」

イサイボウ…?
なに? それ。

「それはこの星には存在しないはずの、魔人の細胞。細胞がたったひとつでも意志を持ったり、考える力を持っているの」

「な、なんだと…?」

なんかすごい話になってるけど…えええ?
ちょっと意味わかんない。

「教えて欲しいと言ったのはあなたよ、花梨。責任持って、聞いていてちょうだいね」

う、うん…
そうだね、聞きたいって言ったのはあたしだ…

…もしかしたらあの人にならわかるのかもしんないし、とりあえず聞こう。
うん、ちゃんと責任取ろう。

「魔人の細胞は特別製…さっきも言ったように、目に見えない細胞ひとつの状態でも、1個の生物として生きている。けれど小さすぎるから、この星の細菌やウィルスに負ける可能性も高いの」

「…」

「だから、別の生物にとりつくという方法をとるわ。そして体内で細胞を増やして…いずれは完全な魔人に戻ろうとする」

んーっと…
その細胞が、あたしたちの中にあるってこと?

「ええ、そうよ。魔人の異細胞はこの国いっぱいに広がってしまっているから、もう誰が持っていてもおかしくない状態なの。ただ…」

ただ?

「それだけたくさん、異細胞を持っている人たちがいる割には、そう簡単に魔人が復活できないのね。どうやら異細胞たちは、とりついた先で新たな個性を獲得してしまって、それが魔人に戻ることを妨げているようなの」

「…つまり、同じ人間でも体質が違うように…」

「そう、細胞の性質が変わってしまったのね。その変化は、無理にくっつけば拒否反応が起こるほど、深刻なレベルらしいわ」

…。
それが、さっきの『目が外れてないけど外れてるように思わされちゃった』のとどういう関係があるの?

「わたしは、その異細胞に干渉する能力を持っているのよ。とはいっても、生まれつきのものじゃないわ。わたしを復活させた『彼』が与えたの」

「何者だ、そいつは…!」

ふ、普通の人じゃ…ないよね。

「ええ、もちろん。どうやら『彼』は、魔人をうまくコントロールして生命の数を調節しようとしていたみたい…でもわたしはこう言ってあげたの」

「…」

「この星は、あなたが考えているほど優しくない。産み出すのと同じくらい、命を殺している…あなたがコントロールしなくても、命の数は調節されているわ、とね」

…い、言ってる意味が…
全然わかんないんだけど。

「ふふっ、いいのよ。わからなくて。ただ、『彼』にはわたしが言っていることがわかるようだったわ。きっとたくさんの命を奪ってきたんでしょうね」

「…それで…どうなったんだ」

「『彼』によって力を与えられたわたしは、ただの殺子から『循環を与えられる者』になったの。わたしの中で増えた異細胞を分け与えて、偽物の循環を与えられるようになった」

偽物の、循環?

「そうよ。生命というのは、その中で何かが循環しているから生命なの。それがなくなったものは物質になるわ。わたしは、物質になってしまった体に再び循環を与えることができるようになった…つまり」

「ブルーブラッドを生み出せるようになった、というわけか」

「そう。ブルーブラッドというのは『偽の循環を持つ者』。その血は酸素を運ばない…いずれ青黒く染まるわ」

「青黒く染まる…! そうか、全ての血が静脈を流れる血のようになっていくんだな!」

「その通り。まだ生きていたいのに死んでしまった人なんかに、わたしは『偽の循環』を与えたわ…他でたくさんの人が死んでいるんだし、せめて生きていたいって人は助けたいと思ったの」

「…助け、だと…! お前、彼女の姿を見てもそう思うのか!」

えっ?
あたし?

あたしがどうかしたの?

「死んでいるより、生きている方がいいのではないの?」

「確かにそうかもしれない。肉親とかにしてみればそうだろう…だが、状況によっては安らかに死んでいて欲しいとも思うものだろうが!」

「そうなの? ごめんなさいね、わたし…そのあたりのことはよくわからないの。人を殺してばかりだったから」

「くそ…では、あの鬼たちはなんなんだ? ブルーブラッドの成れの果てか?」

あの…
あたし、話題に出た気がするんだけど、ほったらかし?

「そうね、ちょっと花梨は黙っててくれる? この人、わたしが思っていた以上にいろいろ知っていて、話すのがちょっと楽しくなってきたわ」

あ、そう…
桜羅ちゃんが楽しければ別にいいけどさ…

「…で、なんだったかしら?」

「鬼たちについてだ! 小鬼たちや一ツ目たち、あいつらはなんだ! なぜ普通の者には見えない?」

「ああ、あの子たちは…魔人の異細胞とはまた別のものよ。わたしではなくて、トシアキの家の力ね」

「トシアキ?」

トシアキ、って…
おまわりさんの格好したあの人?

「そうよ。彼の家は、代々この村を治めてきたの。わたしの家…『殺子ノ窟』に死にたい人たちを案内するという役目を負っていたわ」

「案内? それと鬼と、どう関係がある?」

「見ての通り、この村は閉ざされた場所にあるし…死にたい人を確実に、それも証拠を残さず殺すために存在しているから、村人は外に出て行けないの。トシアキの家でもそれは例外ではなくて…」

「…」

「…でもそうすると、自然と血が濃くなってしまうのね。だんだんと村人全員が近親者みたいな感じになってきて、五体満足でない子どもが生まれることも多くなってきたわ」

え…
それって。

「今のようにお金を出せばどうにかなる、っていう世の中じゃなかったのね。モノがない時はないの。だから、五体満足でない子を養える余裕などはなかったのね」

「他の村の子殺しなどを請け負っていた村が、皮肉にも自分の村で生まれた子さえも殺さなければならなくなったのか」

「そういうこと。でも、血が濃くなるっていうことはそういう子たちが生まれるばかりではなくて、異能を持つ子が生まれたりもするの」

「それが、鬼を操る力…?」

「ええ。正確には、この『瑞目の血』を持つ肉片を操る力ね。人を殺すことで生き長らえてきた村人たちは、死んだ後で瑞目家に使われる鬼になるの」

「…だが、その力…お前が与えられたという力に…」

「そうね、どこか似ているわ。これが偶然の一致かどうか、わたしも知りたいところなのだけど…」

…。
けど?

「もう『彼』は来ないみたい。なんとなく、わかるの」

じゃあさ…
何かを操るとか誰かを殺すとか…

もう、やる必要なくない?

これだけ自然が豊かなんだから、おいしい食材とか作ってさ。
何か食べ物の名物を作って、それで村起こしとかしたらいいじゃない!

「そうね…そんなふうにやっていく道も、あったのかもしれないわね」

過去形で言わないで。
きっと大丈夫だよ!

だってさ、人殺しで生き長らえるとかさ…
そんなのイヤだよ。

自分が来たこの村で、そんなことが起こってるなんてイヤだよ!

「そうね…そうなのかもしれないわね。でもね、花梨」

え?

「この世界には、死にたい人がたくさんいるの。本当に、あなたが驚くほどたくさん」

…。

「それにさっきちらっと話したけれど、これは命の数を調整するためでもあるのよ。世界というのは、バランスが大事なの…死にたい人がたくさん生きていて、明るい世界になっていくわけがないわ」

ちょ、ちょっと待って!
それって…!

死にたい人は死んじゃえばいいとか、そういう話なの!?

「いいえ、違うわ。死にたい人はわたしが何人でも、何十人でも、何百人でも何千人でも何万人でも…それこそ何億人でも殺してあげる、という話なのよ」

さ、桜羅…?
言ってる意味、全然わかんない…!

「わたしは人を殺すために生まれたの。そのために殺し方を教えられてきた…そんなわたしの前には、たくさんの人が置き去りにされていったの」

…置き去り…

「そう。誰もが死にたくないと声をあげたわ。赤ちゃんは言葉をしゃべることができないから、ただただ泣いていたけれど」

あ、赤ちゃん…?
あなた、赤ちゃんまで殺したの!?

「ええ、殺したわ。それが仕事だったんだもの。親は、自分たちが飢え死にしないように、赤ちゃんをわたしの前に置き去りにしたの」

そんな…!
そんなことって…!

「そういう村なのよ、ここは。そして、その赤ちゃんが死んだからこそ助かった人がいるの」

ウソよ!
そんなの、あなたが…

あなたが責任取りたくないから言ってるだけでしょ!?

「責任なんてどうでもいいの。わたしは、その赤ちゃんを殺した過去から目を逸らさないわ。でもあなたたちは、その事実を教えてもらっていない」

当たり前よ!
そんなこと、あたしとは関係な…

「関係ないと思うのね。でも、本当にそうかしら?」

ど、どういう意味?

「昔が今ほど豊かじゃないのは、あなたにも想像できるでしょう?」

…。
うん。

「お米を作るにも、全部手作業なの。トラクターだとかコンバインだとか、そういうものはないの。今のように、天気予報なんてものもないの」

…。

「牛や馬に手伝わせることはあっただろうけど、それだって機械の効率にはかなわない…それに今ほど大量に輸入するっていうのも無理」

それが…どうしたのよ。

「わからない? 何か起これば、畑や田んぼはすぐに壊滅してしまうのよ。テレビで『今年はレタスが高いです』なんてニュースを見ながら、自分はレタスが入ったサラダを食べてるなんてことが、絶対にできない状況なのよ」

…。

「今の感覚で言うなら、コンビニに行こうとスーパーへ行こうと、何も買えないの。お金がないのもあるけど、それ以上に…モノがないから」

だから…
だからって…!

「わたしにしてみれば、その赤ちゃんを殺して食べなかっただけ、その親はまともだったとさえ思えるわ」

…そんな…!
そんなことって…!

「認めたくないでしょうけど、現実にそういうことは起こっていたのよ。それだけ苦しいことが起こっていたの。その過去を乗り越えて、今があるのよ」

それだったら…!
あたしにそんなこと、いっぱい言えるんだったら!

どうして死にたいなんて思う人たちを止めないの?
なんで止めないで殺しちゃうの?

あなた、言ってることとやってることが全然噛み合ってないじゃない!

「そうね、花梨。あなたが言うことは本当に正しいと思うわ」

じゃあ、もう殺すだとかそういうことはやめてよ!
死にたい人がいるっていっても、ここに連れてこなきゃいいじゃない!

「それが、そうもいかないのよ…どうやら生きるにはお金が必要みたいでね、わたしもお金を稼がないといけないの」

えっ…?
お金?

「そう。自殺ツアーでやってきた人たちを殺したあと、わたしはその人たちの死体から『使えそうな部位』を切り取るの」

え…?
桜羅、あなたなに言って…?

「それをトシアキが、『人の内臓を売る人』のところまで持っていくのよ。それでお金を得て、わたしはここで暮らしているの」

はあ…?
なに、それ…

人を殺して、内臓を売ってるの…?

「でもそれも、もう少しで終わると思うわ。トシアキはブルーブラッドになってもう結構経つし…いつ『循環』が止まってもおかしくないもの」

「…内臓を売る、というのはヤツの提案なのか」

「ええ。今は他の人の内臓を移植して助ける、っていう医療があるんでしょう? それに使うと言っていたわ」

「フン…村文化の暗部から、いきなり下世話な話になったものだ。異形が人を殺して金を稼ぐだと? 冗談も大概にしろ」

「冗談ではないわ。ここを維持するのにもお金がかかるようだし…楽しめるうちは楽しみたいの。わたし、今ほど人生を楽しいって思うこと、なかったから」

「確かにお前の生い立ちだとか、そういう部分は同情できなくもない。だが、だからといって今やっていることが許されるわけじゃない!」

「…あら? やけに元気になったのね、あなた。もう一度、痛い思いしてみる?」

「御免こうむる!」

”パンッ! パンパン!”

えっ?
それって…!

「これで全ては終わりだ! お前を復活させて『置き去り』にした、誰かのことでも考えながら死ぬがいい!」

「あ…?」

えっ…?
桜羅!?

”ドサッ”

「置き去り…そう、ね…今度はわたしが、置き去りにされたのね…『彼』に…」

ええっ?
さ、桜羅!

しっかりして、桜羅!
しっかりしてってば!

「そしてお前もだ、園田 花梨」

”ジャキッ”

え…?

「今のお前を、桐島くんに会わせるわけにはいかん…! ここで仲良く死んでもらう!」

えっ、ちょっと!?
ウソでしょ…?

あたし、なんにもしてな…

”パァン!”

>その3へ続く…

>目次

>登場人物