【トン★スケ本編】その24-2 「吾輩スキャット」 | 魔人の記

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◇24-2 吾輩スキャット◇

このように、奈緒美に溺愛されているキャンディだが…
姿は子猫のようでも、子猫ではない。

もともとはディストという名前であり、トンスケの細胞から生まれた「魔人」である。
非常にややこしい存在なのである。

「よちよちよち~! キャンディちゃん、今日もかわいいでちゅね! うふふ」

「……(おい、その言い方やめろって…)」

「おなかすいたでしょ? ごはん用意するから待っててね、キャンディちゃん!」

「…(メシか、しょーがねぇな…待っててやるか)」

ややこしい存在なのだが、トンスケとの戦いに負けて子猫の体にされてしまったのだ。
今ではアメリカンショートヘア、通称アメショーの子猫として奈緒美にかわいがられている。

「はぁい、キャンディちゃん! おまたせ~」

「…(お…)」

目の前に置かれるエサ皿。
皿に盛られた子猫用の食事。

それは通常のエサではなく、子猫用の離乳食だった。
どうやらいい値段の離乳食らしく、キャンディは文句も言わずにエサに飛びつく。

「……(うまうま、うまうまうま)」

「おいしい? キャンディちゃん」

「にゃあ!(うめーって言っといてやってもいい!)」

「うふふ、そう。おいしいの、うふふ」

奈緒美は満面の笑みである。
おっとり美人の美しい微笑みに、一瞬だけキャンディの動きが止まった。

それを見た奈緒美が、きょとんとした顔で尋ねる。

「あら? キャンディちゃん、どうかした?」

「…!」

奈緒美の言葉でキャンディはハッとする。
そしてまたエサへ集中するのだった。

「わたしがいっぱいしゃべるから、うるさかったかしら? ごめんね、キャンディちゃん。うふふ」

「…(み、見とれてねぇ。見とれてねーぞ、俺は…エサうめーなー、うめーなーエサ)」

「じゃあ、わたしはおトイレの掃除をするわね。ゆっくり食べるのよ」

「にゃう(おう、よろしくなー)」

「うふふ」

奈緒美はキャンディの正体を知らない。
それもあってか、タイミングよく鳴いてくれるのがことさら嬉しいようだ。

彼女は、心底楽しそうにキャンディのトイレを掃除する。
トイレや寝床はケージ内にあり、一度トイレを外に出してからゴミを捨てるという形をとることになる。

キャンディは子猫ということもあって、それもすぐに終わった。
終わった後は手を洗い、消毒もすませてキャンディのところへ戻る。

「あら、ちょうど食べ終わったのね。おいしかった?」

「にゃ(まーまーだったぞ)」

「うふふ、そう。喜んでいただけて光栄ですわ」

「…(ということで定位置に行くからな)」

エサ皿から離れ、キャンディはストーブ前に向かう。
気持ち良さそうにまぶたを閉じ、温かさを体の前面で味わう。

前面があたたまってくると、キャンディは一度げっぷをしてからその場に転がった。
あたたまった腹を床につけて少しだけ冷やしつつ、今度は背中をあたためる。

しばらくすると体をころんと転がして、今度は背中を少しだけ冷やしつつ腹をあたためる。
この「少しだけ冷やす」というのが、キャンディの中ではポイントのようだった。

「…(ぽわーんとあったまってー、からの! ころん!)」

「あらあらキャンディちゃん、食べてすぐにそんなに転がって…げっぷもしたし、大丈夫とは思うけど、ほどほどにね」

「…(おう、心配すんな。気持ちよーくあったまったら、ちょっとだけ冷やすー! ちょっとだけ冷やしたらー? 熱いってトコまでにはいかなーい! わはは!)」

あたたかいということは、キャンディにとって気持ちがいい。
それを転がって少しだけ冷やすことで、何度も何度も味わうことができる。

そんなことを何度も繰り返していると、だんだん眠たくなってくる。
転がる速度も、子猫らしからぬ速度へと落ち始めた。

「…(んー、今日も気持ちいいぜー。このまま寝ちまおうかな、寝ちまってもいいよな。うにゃーん)」

「あったまって気持ちよくなってきちゃった? 目がとろんとしてきたわよ、キャンディちゃん」

「んぅ」

「うふっ、かわいい」

甘えた声を出すキャンディに、奈緒美は満面の笑顔を浮かべる。
だが、それはすぐに消えた。

「ふあ…」

大変なことが起こったわけではなく、ただ奈緒美があくびをしただけだった。
時計を見ると、まだ午前5時を少し過ぎたところである。

「もうこんな時間…でも、少しは眠れるかしらね…」

彼女は、昼は保険医として働き、夜は研究者として実験棟で働いていた。
ほんわかな外見と性格に覆い隠されてはいるが、綾乃とは真逆の忙しい日々を送っている。

ただそれは、あまり時間的余裕を作ってしまうと寂しくなってしまう、という性格のせいでもあった。
彼女は敢えて、自分を忙しい方向へと持っていっていたのだ。

「うふふ、キャンディちゃんもおねむ?」

「にゃ」

「いっしょに寝よっか。ね?」

「…(しょ、しょーがねぇな…)」

キャンディを大きな胸で包み込みつつ、保健室のベッドで眠る。
添い寝の申し出など、本来ならキャンディは受けなくてもいいのだが、

「……(ま、まあ…しょーがねーよな? 添い寝してくれって女から頼まれたら、してやらねーわけにはいかねーよ、うん)」

そんなことを考えつつ、彼女の胸に圧迫されるのを楽しんでいる。
要するに、キャンディも悪い気分ではなかった。


奈緒美は、早朝に短い睡眠をとり、また朝から保険医の仕事を開始する。
もちろん自分が寝床として使ったベッドも、他の人間が使えるようにキレイに整える。

足りない睡眠時間は、授業中など誰も保健室に来ない時に寝ることで補っていた。
ただしこの時はベッドを使えないので、熟睡には至らない。

退屈だと言いまくっていた綾乃が、すぐには彼女にちょっかいをかけに行かなかったのは、貴重な睡眠時間を邪魔したくないという思いもあった。
口にはしないが、奈緒美もそれを感じ取っていた。

そんなハードな生活の中に迷い込んできた一匹の子猫。
正体が何であれ、それが彼女をどれほど癒したかは…想像に難くない。

「…にゃ(なんだよ、今日も行くのか?)」

「じゃあね、キャンディちゃん。実験棟、行ってくるわね」

「…(てめー、体壊すんじゃねーぞ。俺のエサ係がいなくなっちまうからな!)」

「うふふ、なぁに? じっと見て。心配してくれてるの?」

「んなっ、なぉっ!(し、ししししてねーよバーカ! カーバ! 早く行ってこいってんだ!)」

「あらぁ、ダメよ。遊ぶのは、また帰ってきてからね? いい子にしてるのよ」

奈緒美はそう言いつつ、名残惜しそうに保健室を出て行った。
当然、ストーブは消されているので、室内の気温は低くなる。

だが、ケージの中にあるキャンディの寝床には、湯たんぽが置かれていた。
低温やけどをしないよう、タオルが2重に巻かれたそれに、キャンディはしっかと抱きついている。

(…たまに話が噛み合わねーが…それがイラッとするがよ、まあそれはしょーがねぇよな。この体じゃ普通にしゃべるわけにもいかねーし…)

自分の体より大きな湯たんぽの上に、キャンディ…ディストは腹ばいになって乗っている。
考え事をしている割には、彼の表情はあまりにとろんとしていた。

(最初はここに閉じ込められて正直ビビったが、今じゃ何不自由ねーもんなぁ。人生ってのはわかんねーもんだぜ。俺ァ人じゃねーがよ)

腹部を中心に、じんわりとしたあたたかさが広がる。
それが心地よくて、ディストの意識はだんだんと薄れてきた。

(とにかく今日も、のんびり暮らしておつかれさまって感じ…だよなぁ…あぁぁう…ねみー)

口を大きく開けてあくびをする。
それが終わる頃には、もうまぶたを開いていられなくなった。

(ああ…もう寝ちまうぜ、もりもり寝るぜー…おやすみ…)

湯たんぽの上で腹ばいになったまま。
全く体勢を変えることのないまま、ディストは眠りに落ちた。

その寝顔は保健室で暮らすようになってからずっと同じ、安らかなものだった。


しかし、その数時間後。

「うにゃっ!?」

ディストは思わず叫んで目を覚ました。
叫び声が猫っぽいのは、それだけ猫の暮らしに染まってきたということでもあるだろうが…問題はそこではない。

(おいおい…なんだぁ? やたら冷た…さぶっ!)

「っちゅん!」

冷たさと寒さを認識した途端、くしゃみが出た。
体中の毛が、なぜか濡れている。

それだけでなく、寝床の中がびしょびしょになっていた。
水浸しというほどではないが、それに近い状態である。

(何が起こったんだ…?)

意味がわからないディストは、とにかく濡れている場所から離れることにした。
狭いケージ内を移動し、一度トイレに向かう。

(ん…ケージ自体が濡れてるっぽい? が、トイレは無事か…)

濡れているのは寝床の中だけではないようだった。
幸い、トイレの中にまで水が入り込むということはなかった。

トイレは一段上がって中に入り込む構造になっている。
その中でディストは考えた。

(どうやら、いきなりの大雨で床上浸水、っていうわけじゃねーようだな…な、な、なっ)

「っちゅん!」

またくしゃみが出た。
体を大きく震わせる。

(なんだかよくわかんねーが、このままだと寒くて眠れたもんじゃねぇ。とにかく毛を乾かさねーことには…)

だがここはケージの中である。
乾燥機の類などあるわけがない。

ディストもそれがわかっているので、一番身近でその代わりになりそうなものへと視線を向ける。

(やっぱりストーブつけるしかねーよな)

そのためには、まずケージから出なければならない。
奈緒美の用心深さのせいか、ケージからストーブへは少し距離がある。

手を伸ばせば届く、というものではなかった。

(よし、とにかくここから出るぜ。脱獄するぜ)

この中での暮らしを楽しんでいたクセにそんなことを言いつつ、ディストはトイレから一度出る。
ケージの出入口に向かった。

足はべちょりと濡れるが、この際気にしてはいられない。
柵によりかかって立ち、扉を開けようと試みる。

しかし。

(く…柵、の、目、が、細かい…細かいな!)

猫用のケージは、ウサギ小屋とはわけが違う。
柵も細かい十字状になっており、ディストは爪しか外に出すことができない。

猫の知能が高いことを、ケージを作るメーカーもわかっているのだろう。
扉を開けられないために、柵というより格子で全体が包み込まれていた。

(くそ、このままじゃ出るに出れねぇ…かといってこのままここにいたんじゃっ)

「っちゅん!」

(風邪ひいちまうぜ…こんな小さな体だと、風邪ひくだけでもかなりやべェぞ!)

くしゃみはかわいらしいが、ディストには危険が迫っていた。
いくら彼がもともとは「魔人」だとはいえ、細胞である以上無敵ではない。

有毒な化学物質に弱らされることもあれば、体調不良の時もあるのだ。
そこを強力な細菌やウィルスに狙われれば、病気になる可能性もないわけではなかった。

(くっそ、どうする…)

扉にこだわることはひとまずやめて、ディストは一度寝床を見る。
少し離れた場所から見たためか、彼はここでようやくずぶ濡れの原因を知ることができた。

(湯たんぽに穴が開いてやがる! 寝ボケて力加減忘れちまったのか、俺ァよ…!)

湯たんぽにタオルが2枚巻かれているのは、ディストの低温やけどを防ぐとともに、湯たんぽ自身を保温するためでもある。

それでも寒さで結局湯たんぽは冷えてしまうが、ディストがタオルを1枚、2枚と取っていくことで、できるだけ湯たんぽの温かさを長引かせることができる、と奈緒美は考えたようである。
そして実際、それは今まで成功していた。

ただ今夜の場合は、寝ボケたディストがタオルを2枚ともはがし、もうタオルは存在しないというのにタオルをはがそうとして爪を立てたせいで穴が開き、そこから水がもれて周囲が水浸しになってしまったようだ。

(…恐らく、今までも湯たんぽを傷つけちまってたんだろうな。限界にきたのが今日、ってだけの話でよ…まあ、それはいい)

ディストは、寝床から扉へと視線を移す。
そして、闇夜に自らの爪を光らせた。

(とにかくここにいるまんまじゃ、俺ァやべェことになる! まずは脱出しねーとな…脱出さえできりゃ、ストーブでぬくぬくウッハウハだぜ!)

子猫には似合わない「ニヤリ笑い」を浮かべ、ディストは柵から爪を出す。
今ここに、深夜の脱出劇が開始されようとしていた!

>24-3へ続く

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