【トン★スケ本編】その11-4 「贈答ガールズトーク」 | 魔人の記

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ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

◇11-4 贈答ガールズトーク◇

「ところで…」

「はい?」

場所は戻って準備室。
綾乃は、不思議そうな顔でみやびに尋ねる。

「信じられないくらい丸くなったお前が、一体何の用でここに来たんだ?」

「ああ、そのことですか」

「まさか私の体調を心配して…とか、そういうことでもないだろう」

「いえ、それもありますのよ。藤」

「はい」

みやびが指示すると、側に控えていた藤が何やら紙袋を差し出してくる。
思わず受け取った綾乃だったが、なぜそのようなものを渡されたのかがわからない。

彼女は紙袋を持ったまま、みやびにこう言った。

「…時限爆弾か?」

「わたくしがどうしてそんなものを持ってくるんですの? 勝つために謀略を張り巡らすわたくしとは、もうさよならしましたのよ」

「本当か? しかしひと月やそこらでそこまで変われるとは…」

「確かに日数は大してたっていないかもしれませんが、神楽坂さんと同じようにわたくしも…命の危機に瀕しました。それがわたくしを変えてくれたのだと思います」

「ほう…死ぬかもしれないという恐怖を感じ、その上で助かったという経験が、お前のツンツンした心を変えてくれたというわけか」

「はい。それに、先生はわたくしを助けてくださったじゃないですか。命の恩人にツンツンも何もありませんわ」

「…そんなことあったか?」

綾乃はなぜかミコに尋ねる。
いきなり話を振られた彼女だったが、驚くよりも前に綾乃の反応に苦笑した。

「そんなことあったか? って…先生が居合いの技で最後の犯人を倒したんじゃないですか。ひとりは確か照明さんの中に隠れてて、もうひとりはお客さんの中にまぎれてたんですよ」

「ああ…そんなこともあったな、そういえば。ああそうか、それで私は謝罪行脚をして、佳乃がやってきて…ふむ」

ミコに言われて、やっと綾乃は当時を思い出したようである。
そんな彼女に、みやびは申し訳なさそうにこう言った。

「本来なら、もっと早くにお礼を申し上げたかったのですけど…その、家の方でもいろいろありまして。やっと時間ができたと思ったら、今度は先生ご自身が検査を受けられていて…」

「まあ、都合が悪いことは重なることが多いからな」

「はい、と言ってしまっていいものかわかりませんが…ともあれ、今日はまずお礼を申し上げたくて参りました次第です。お渡ししたのは、文明開化堂のカステラです」

「カステラだと?」

綾乃は驚いて渡された紙袋を見る。
それには確かに「文明開化堂」と店の名前が印刷されていた。

「…お前のようなお嬢さまなら、もっとナウでヤングな洋菓子をいくらでも知っているだろうに…なんでよりによってカステラなんだ?」

「もちろん、いわゆるスウィーツと呼ばれるようなお菓子も好きですけど、ここぞという時にお贈りするお菓子とは区別しなければなりませんわ。家の威信にも関わることですから」

「まあな。お前たち金持ちは、プライドとメンツでもっているようなものだから、贈答品にも気をつかうのはわかるが…これはアレじゃないのか」

「アレ、とは?」

「ほら、テレビのCMでやっていただろう。”カステラ1番、電話は2番、3時のおやつは文明開化堂~”の店じゃないのか?」

「最後はやけに早口ですのね、その歌…いえ、わたくしは存じ上げませんが」

「そうか…そういえばかなり前から見てなかったな、そのCM…お前が知らなくても当たり前か」

綾乃はぶつぶつと言いながら、ひとりで納得している。
彼女が何に納得しているのかいまいちわからないみやびだったが、少し不安になったのかこんなことを言い出した。

「あの…カステラ、お嫌いでした? 召し上がっていただければ、間違いなくおいしいと言っていただける逸品だと思うのですけど…」

「ああ、いや、キライだとかそういうことじゃない。少しばかり、ジェネレーションギャップというのを感じていただけだ。これはありがたくいただくぞ」

綾乃はそう言って、返さないぞとばかりに紙袋を自分の方に寄せた。
その様子を見て、みやびは安心した表情を見せる。

「よかったですわ。もしお嫌いだったらどうしようかと」

「どちらかと言えば、カステラはお前たちより私の世代の方がよく食べていたからな。特に私の実家は田舎にあるから、贈答品の定番でもあった」

「あ」

「ん? どうした綾小路」

「先生のご実家で思い出しましたわ。隼人さんのお相手…先生の妹さんでしたのね」

「ハヤトとは誰のことだ? 西郷さんか?」

「薩摩隼人ではありませんわ。この方のことです」

みやびはカバンからスマートフォンを取り出し、少しいじってから画面を綾乃に見せた。
そこには笑顔の綾小路 隼人がいる。

綾乃の妹、佳乃の彼氏だった。

「あーあーあー!」

どうやら思い出したらしい。
綾乃は声を上げて画面を指差した。

「隼人というのはコイツか! そうだ、思い出したぞ。超絶さわやかイケメンだな!」

「は、はい」

「ああ、確かに実家で会ったな…妹の相手としては出来すぎな男だ。コイツに出会ってしまったことで、恐らく完全に男運を使い果たしたな、アイツは」

佳乃と隼人のことを思い出しつつ、うんうんとうなずく綾乃。
その間に、ミコも隼人の写真を見せてもらった。

「うわ…!」

そのさわやかな笑顔。
整った顔立ちに、八頭身という素敵スタイル。

「め、めちゃくちゃカッコいい! この人、綾小路さんのお兄さん!?」

「いえ…いとこというか、少し遠い親戚ですわ。幼い頃は、わたくしもよく遊んでいただいてたんですけど、最近はやはりお忙しいみたいで」

「へぇ…」

みやびの話を聞きつつも、ミコは思わずうっとりしてしまう。
隼人はそれほどのイケメンだった。

そしてここから、ミコとみやびによる怒涛のガールズトークが開始される。

「なんか、王子さまって言葉がぴったりな人だね…こんな人、現実にいるんだ…」

「隼人さんは見た目だけでなく、中身もとても素晴らしい人なんですの。わたくしも、ずっと憧れてましたわ…」

「えっ。それって、綾小路さんの初恋の人とか…そういうこと?」

「ふふっ。もしかしたらそうなのかもしれませんわね」

「きゃー! いいね、そういうの、いいね! うふふ」

「憧れはありましたけれど、心のどこかでわかってしまうんですの。ああ、こんなに素敵な人なのに、わたくしを妹のようにしか見てくれていない…でも」

「でも、そこがまたいいんだよね! 胸がキュンキュンしちゃうよね!」

「そうなんですの。妹としか見てくださらないからこそ、逆に女として見て欲しい…そう思っていろいろアピールしてみましたけれど、ことごとく玉砕でしたわ」

「へぇ…綾小路さんでも、そういうことあるんだ…」

「ふふっ。でも、わたくしがそこまでアピールしてみせたのは、隼人さんが最初で最後ですわね。あの方以上に魅力的な男性を、お父さま以外にわたくしは知りませんもの」

「えっ、そうなの? 社交界とか、すごいカッコいい人、いっぱいいそうだけど」

「確かに見てくれは好み、という方もいらっしゃいますが…隼人さんほどのオーラを持つ方はいませんわ。わたくしと同世代の方は、どの方もあまりに頼りないですし」

「あ、それわかる。同い年の男子とか、ただギャーギャー騒いでるだけで、ホント子どもだなって思っちゃうんだよねぇ。あたしも精神年齢そんなに高くないけど、それでも思っちゃうんだなぁ」

「やっぱり男性は、頼りがいがなくてはどうしようもありませんわ。自分の全てを預けてもいいと思えない方とは付き合えませんもの」

「そうだよねぇ。あたしなんかは自分のこと棚に上げちゃってるけど、やっぱりこう…もっとガチッと『ついてこい!』って人じゃないと無理だなーって思うなあ」

「あら、気が合いますわね。わたくしもですわ」

「ね? ナヨっとしてる人ってなんか無理。やっぱりリードしていってもらいたいもんね、男の人には!」

「隼人さんは、そういう意味でも最高の男性だと思いましたわ。だからこそ、わたくし…自分が少し不幸だと思っておりますの」

「え? どうして?」

「だって、最高の男性を初恋で知ってしまったら、もう…他の男性にときめくことなんてできませんもの。わたくしの人生で、隼人さん以上の方なんて恐らく現れないでしょうし」

「そ、そこまでイケメンだったんだ…! で、その人が先生の妹さんと付き合ってるの?」

「ええ。どうやら結婚も考えているらしくて、連絡をいただいた時はびっくりしましたわ。って…あら?」

「ぐぅ」

みやびがチラリと綾乃を見ると、彼女は寝ていた。
どうやら、怒涛のガールズトークに参加できないまま、つまらなくなって寝たらしい。

「ちょっと、先生! 先生ってば!」

それをミコが起こす。

「ん…? なんだ、神楽坂。もう終わったのか?」

「終わったのか? じゃないですよ。なんでいきなり寝ちゃってるんですか」

「いきなりじゃないぞ。お前たちが話し始めるまでは起きていたんだ」

「じゃあ参加してくれればいいじゃないですか。将来、弟さんになるかもしれないんでしょう?」

「なったところで私から会いに行くつもりもないからな。あまり気にしていないんだが」

「えええ? あんなにカッコいいのに…」

「私にとって、ルックスはそれほど重要じゃない。それはお前も知っているだろう、神楽坂」

「え? ま、まあ…それは知ってますけど」

そう言いながら、ミコはチラリとトンスケを見る。
とその時、葵がまたトンスケを見ているのに気がついた。

「あ、あの…」

「ん?」

ミコが呼びかけると、葵が気付いた。
再度ハッと我に返り、慌てて前を向く。

「な、なんでしょうか?」

「同い年なんだから、敬語じゃなくていいんだけど…それ、気になるの?」

「え? いえ、その…はい。あ、うん」

「あ、どっちかに統一した方がいいよね。じゃあ、敬語もオッケーで…妙な気配が気になるんなら、しまっとこうか?」

「い、いやその、別にそういう意味で見ていたわけでは」

「そうだな。神楽坂、それを準2(準備準備室)に入れといてくれ」

戸惑う葵の言葉に綾乃が割り込んでくる。
指示された通り、ミコは骨格模型(トンスケ)を持ち上げて、準2へと持っていく。

「あら…ごめんなさい、神楽坂さん、先生」

「いいよいいよ、気にしないで」

「ああ、気にすることはないぞ。人間誰しも、そばにあるだけで落ち着かなくなるものはある」

主人として謝るみやびに、ミコと綾乃は続けざまにそう言った。
対する葵はかしこまり、頭を深く下げる。

「も、申し訳ございません。お手数をかけさせてしまいまして…」

「本当に気にしなくていいぞ。どうせ、少しばかりメンテナンスも必要だったのでな」

「は、はあ…」

「ただいまー」

やがてミコが戻ってくる。
席に着こうとする彼女に、綾乃はみやびからもらった紙袋を手渡した。

「よし。神楽坂、これを切り分けろ。みんなで食べようじゃないか」

「いいですね! あたしもちょっと気になってたんですよー」

「あ、それなら藤か葵に…」

何もミコがやることはないと、みやびが言いかける。
しかし、綾乃がその言葉にこうかぶせてきた。

「気にするな綾小路。神楽坂は花嫁修業もかねて、この程度のことはできるようにならねばならんのだ」

「なんですかそれー。先生はお姑さんですか?」

口をとがらせて、ミコは不満そうに言う。
だがすぐに笑顔を見せた。

「でも、甘いもののためなら切り分けくらいやっちゃいますもんね。包丁はどこですか?」

「調理道具の類は全部準2にあるぞ」

「はーい。んじゃちょっと待っててくださいねー」

そしてミコは、紙袋を持って再度準2へと向かった。
この後、彼女たちは高級カステラとコーヒーを楽しみつつ、今度は綾乃も交えてガールズトークを展開させるのだった。

一方、その頃。
聖クラレンス学院・購買部前。

「…あんた…タダモノじゃないね…!」

「はい~。タダで差し上げてはおりませんです~」

「そういうこと言ってんじゃないよ。名前はなんていうんだい?」

「話すと長くなりますので~、『バル』ということにしていただいてよろしいですか~?」

「名前を話すと長くなる、っていうのは意味がわかんないねぇ。許可証にある名前とも、全然かかってないじゃないか」

購買部の「おねーさん」は、やけに美しい石焼き芋売り:バルディルスが示した許可証を指差す。
そこには勅使河原 新衛門(てしがわら しんえもん)という、やけに仰々しい和名が記されていた。

「…確かに長い名前ではあるけどさ」

「まあまあ~、細かいことはいいじゃありませんか~。明日はお昼にも売りにこさせていただきますので~、どうぞよろしくお願いします~」

「そうかい、真正面から商売敵になろうってんだね。よし! こっちも正々堂々、戦ってやろうじゃないか!」

「話がわかる方で助かりました~。お口に合うかわかりませんが~、よろしければこちらをどうぞ~」

バルはそう言って、「おねーさん」に石焼き芋を差し出す。
「おねーさん」は遠慮することなく受け取り、一口食べた。

その瞬間、彼女は目を見開く。

「…!」

「いかがですか~?」

「な、なんて甘さ…! どこのブランド芋を使ってるんだい?」

「いえ~、これは普通のさつまいもですよ~」

「まさか…! この甘さで…?」

信じられないという顔で、「おねーさん」は石焼き芋を見る。
その甘さをしばらく不思議がっていたが、やがて別の質問をしてきた。

「で、これをいくらで売るつもりだい?」

「1本100円です~」

「な、なんだって!?」

彼女が驚いたのも無理はない。
大人の腕ほどの太さの石焼き芋が、1本100円で売られることは今時ほとんどないのだ。

「こ、これが100円かい! それもこんな太いのが!? 普通なら400円はくだらないってのに!」

「そうなんですか~? でも~、せっかくおいしく焼くんですから~、みなさんに食べていただきたいじゃないですか~」

「…こ、こうしちゃいられない…!」

彼女の中に、とてつもない危機感が生まれたようである。
そのまま購買部の中に戻ろうとしたが、バルに呼び止められた。

「あ~、申し訳ありませんが~、100円払ってくださいませ~」

「え? あ…金取るのかい。よろしければ、なんていうからサービスかと思ったよ」

「さっき申し上げましたよ~? タダで差し上げてはおりませんですよ~」

「なるほど…安くする努力も怠らず、きっちり商売もするってわけかい…こりゃますます侮れないね!」

そう言いながら、バルに100円を手渡す「おねーさん」。
その後で、彼女はビシッとバルを指差した。

「うちの目玉は焼きそばパンだ…値段はあんたの芋と同じく100円だよ。明日からの戦い、どっちが勝ってもうらみっこなしだからね!」

「はい~。お互いがんばりましょうねぇ」

「くっ…! 思わぬ強敵出現だよ、まったく!」

そんな捨て台詞を残しつつ、「おねーさん」は購買部へと戻っていった。
その背中を見送った後、バルは本格的に石焼き芋を売り始めるのだった。

…いや、それでいいのか?
全くトンスケに会いに行く様子がないのだが。

「さあ~、いらっしゃいませ~。甘くておいしい~、石焼き芋でございますよ~」

どうやら、バルはそれでいいようである。
この続きは、また明日!

>11-5へ続く

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