【トン★スケ本編】その5-5 「駆け引きデンジャラス」 | 魔人の記

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ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

◇5-5 駆け引きデンジャラス◇

体育館の裏手。
そこには、みやびの手下である藤と葵がいた。

彼女たち自身も、コンテストに出て差し支えないほどの美貌を持っているのだが…
みやびと同じステージに立とうなどという発想を、そもそも持っていない。

今はただただ、彼女の安否を気づかうばかりだった。

「お嬢さまおひとりで、大丈夫かしら…心配だわ」

「一応、実行委員の中に部下をまぎれ込ませてはいるけど、やっぱり自分の目で安全を確認したいわね。でも…」

「お嬢さまはひとりで勝ってみせると私たちに言った。そして私たちを遠ざけた…それがお嬢さまの思いなら、私たちは従うしかない」

「そうね…私たちの気配は、なぜかお嬢さまにだけは筒抜けになってしまう。これも、幼い頃の思い出が成せる業なのかもしれない…」

「…」

ふたりの表情が沈痛なものになる。
その時、耳に装着していた通信機に声が届いた。

”お嬢さまがそちらへ向かわれます。他の出場者も一緒です”

声に反応し、葵が時計を確認する。
時刻は午後1時40分。

既に予選の投票時間は終了している。
結果発表のために、みやびたちは全員体育館に向かっている…通信の声は、それをふたりに告げた。

「葵、了解した。引き続き、お前たちでお嬢さまの護衛にあたれ。私たちは体育館の周辺を再度見回る」

”はっ”

そして通信は切れた。
葵と藤はうなずき合い、体育館の裏から出てくる。

体育館の入口付近は人であふれていた。
予選の結果を知るために、校舎から体育館へ人々が移動しているのだ。

投票箱自体は校内の様々な場所に置かれており、観客はひとり1枚の投票用紙に出場者の名前をひとり書いて投票する。
午後1時半に投票は締め切られ、まずは投票箱のみが体育館へ運ばれてくる。

その後、投票された用紙をステージ裏で実行委員たちが数え、午後2時に結果が発表されるという具合だった。

そのため、観客たちは「投票所に行かなければならない」という心理的拘束を受けず、そこかしこにある投票箱に投票してしまえば、後は自由に行動ができた。

だからこそ、体育館前は人であふれている。
人で詰まるのを防ぐため、出口と入口は前後で分けられていた。

ちなみに、ミコたち出場者が出入りするのは搬入口からである。
予選の結果に不安がる彼女たちだったが、一方では疑問の声もあがっていた。

「…ふと…思ったんだけど」

「なになに?」

「このコンテストってさ、賞金出るよね。100万円」

「うん! すごいよねぇ…手に入らない状況だと少ないなーとか思うけど、手に入るかもって思ったらドキドキするよね!」

「あとさ、ハワイ旅行が副賞だったりするじゃん。4泊6日で」

「そうそう! みんなは知らないけど、あたしハワイ行ったことなくてさー…綾小路さんがくれるって言った時、一瞬心が揺れちゃったもん」

「あんたねー、女のプライドってもん持ってないの?」

出場者のひとりが、友人らしいもうひとりの出場者を叱っている。
言われた彼女は、苦笑しながらこう返した。

「あ、あたしだってすぐに思い直したってば! …で、ふと何を思ったの?」

「…あ、それでさー」

そもそもの疑問を思い出した少女は、叱るのをやめて話を戻す。
それは非常に単純な疑問だった。

「そういうお金って、一体どこから出てるんだろーなって、ちょっと思ったんだ」

「100万円と、ハワイ旅行?」

「うん。だってさ、スペシャル前売り券が5000円だったり1万円だったりしても、プロのカメラマンさんとか呼んじゃったし、ステージにあんなどでかいテレビみたいなのあるし…」

「ああ、そうだよねー。お金足りるのかって話だよね」

「照明とかもさ、普通レーザーとかないじゃん? どう考えても新しく買っただろって感じだし…どこからお金出たんだろうなって思ってさ…」

「それは、お前たちが気にすることじゃない」

「え?」

不意に前方から声が聞こえて、少女たちはそちらを見る。
開かれた搬入口の先には、笑顔の綾乃が立っていた。

「五月雨先生…」

「そして、お前たちはもっと自信を持っていい。スペシャル前売り券の売り上げは、この私の予想すらも大きく超えた。赤字などどこ吹く風、だ」

「で、でも先生、さすがに100万円とハワイ旅行は…」

「それも問題ない。どうやらこのミスコンの言いだしっぺである双眼鏡コンビが、かなり財力を持つ美少女好きの協力を取り付けていたようだからな」

「あのノゾキコンビが…?」

「人にはどんな得意分野があるかわからん、ということだな。それより、早く準備しろ。もうすぐ予選の結果発表だぞ」

「はぁ~い」

少女たちは返事をして、綾乃の横を通り抜ける。
ミコたちはそろってステージ裏手に入り、みやびだけがぽつんとひとり遅れて中に入った。

自分の横を通り抜けようとするみやびを、綾乃は呼び止める。

「綾小路」

「…? はい?」

「ステージでのパフォーマンスは見事だったが…あの輪に入るつもりはなさそうだな?」

「…妙なことをおっしゃいますわね、五月雨先生」

みやびは小さく笑う。
綾乃の方を振り返ってこう返した。

「わたくしのパフォーマンスが見事であることと、庶民となれ合いになることは、並列でもイコールでもありませんわ」

「それはそうだがな…若干ツンツンしすぎじゃないのか。私が言うのもアレだが」

「アレって何ですの? 先生なら、わたくしに分かるように説明していただけないかしら」

「私の専門は生物だからな。今言ったことは、生物の本能からは少し外れている」

「じゃあ、黙っててくださるかしら。先生には、審査委員長として『公平な』ジャッジをお願いしたいものですわね」

「…」

綾乃の眉が、一度ぴくりと動く。
だが怒りを見せず、彼女は小さく笑ってみせた。

「私も美少女好きの端くれだ。そんな姑息なマネはしない…それに投票数をいじることなど、私にはできん。票数を数える場にいられるのは、実行委員だけだ」

「だったら安心ですわね。先生は神楽坂さんがお気に入りのようですけど、それをゴリ押ししてこないとも限らないと思ってましたから」

「そうとも、このコンテストはあくまで公平な戦いだ。だからこそ…」

綾乃はニヤリと笑う。
それを不思議がるみやびに、一歩近づいた。

だがその一歩が大きい。
ほぼ密着するほど、綾乃はみやびのそばにいた。

「…お前は確実に優勝すると思っているんだろう?」

「当然ですわ。わたくしは綾小路家の娘…貧乏臭い庶民の小娘に負けるなど、あってはならないことなのです」

「だったら、負けた時にはお前は庶民以下ということになる。そういうことだな?」

「…何が言いたいんですの?」

「いや、なに…」

綾乃の微笑に、邪悪なものが混ざり始める。
今までは、ミコたちにしか見せてこなかった魔王の微笑が、ゆっくりと現れ始めていた。

「…もしお前が負けたら、罰ゲームを受けてもらいたいと思ってな」

「罰ゲーム?」

「ああ。奈緒美がそっちに行ってたから聞いたかもしれないが、私の名前は綾乃という。我ながらかわいらしくて若干こっぱずかしい名前だ」

「…それがどうかしましたの?」

みやびは特にツッコミも入れず、半分取り合わない方向で話を進めようとする。
だが綾乃はそうさせない。

「気付かないか? 私の名前は、お前の名字とかぶっているんだよ。私の名前の『あやの』と、お前の名字である綾小路の『あやの』がな」

「だからなんですの?」

「もしお前が負けた場合、学校にいる間は『綾小路』という名字を捨ててもらう。これが、お前に受けてもらいたい罰ゲームだ」

「はぁあ??」

綾乃のぶっ飛んだ提案に、みやびはさすがに後ずさった。
疑問で顔をいっぱいにしつつ、逆に尋ね返す。

「…どうしてわたくしが、そのような罰ゲームを受けなければなりませんの? わたくしは綾小路家の娘ですのに!」

「考えてもみろ、そのお嬢さまが庶民の娘に負けたらいい笑い者だろうが。綾小路という名字に傷がつくばかりでなく『あやの』という読み自体にも傷がつく」

「はあ?」

「お前が笑われれば、私が笑われるのと同じなんだ。それにお前は名字ですむが、私は名前の方で笑われるんだ。これは私にとって由々しき事態なんだぞ!」

「ちょ、ちょっと…五月雨先生? 何をおっしゃってるのか、意味が…」

「それに、絶対に負けない自信があるのなら、この程度の罰ゲームは受けられると思うがな?」

「…!」

意味不明な言葉で煙に巻いておきながら、その直後にまともな言葉で挑発してくる。
綾乃の二段構えをくらったみやびは、それが綾乃の「策」であることを敏感に感じ取る。

「何を考えているのかはわかりませんが…わたくしが負けたら、本気で受けさせるつもりで考え抜きましたわね? その罰ゲーム」

「当然だ。やるからには何事も真剣にやらなければおもしろくない。それにお前は、あれだけのことをやっておきながら誰にも告発されなかった…」

「…あれだけの、こと?」

「トボケてもダメだ。こちらにはその映像がバッチリ残っている。神楽坂以外の全員が神経毒を盛られたというのに、お前だけノーリスクというのは不公平だろう?」

「…」

驚愕の表情で、みやびは綾乃を見つめる。
その表情を見るのがたまらなく楽しいのか、綾乃はついに魔王の微笑をその顔の上に現した。

「満腹中枢を麻痺させる神経毒…恐らく、薬剤師ではなく毒を専門にあつかう者がいるな? そしてそれは恐らく忍術のひとつ」

「な!?」

「さすがに流派までは知らんが、お前の手下に忍者っぽいのがいるのはわかっている。そしてお前が現場にいる以上、『手下が勝手にやりました』は通らん」

「い、いつの間に…!」

もはや隠し切れないと悟ったのか、みやびは悔しげにそう言った。
綾乃の口元はさらにつり上がる。

「言っておくが、学校のネットワークに侵入してファイルを破壊しようとしても無駄だ。その動画データはすでにコピーされて、世界中のアップローダーに預けてある」

「な、なんですって!?」

「まだ公開はしていないが、その準備はいつでもできているという状況だ…つまり、世界中にお前の悪行が知れ渡るということだ」

「そ、そんな…まさか!」

「お前の家が金持ちでいられるのは、世界中で仕事ができているからだ。そのためには信用が必要…しかし、そのご息女があんなあくどいことをバラされては、その信用も一瞬にして崩れ去る」

「く…」

「だが重要なのは、お前があくどいことをしたというのを突き止められたことではなく、それを私にバラされた…ということだ。つまり、お前の家とは秘密を共有できないと、世界中の金持ちが感じることになる」

「!」

綾乃の言葉は間違いなく、正義に照らしたものではなく、ビジネスに照らしたものだった。
だがだからこそ、みやびの心には鋭く突き刺さる。

綾乃は笑顔で、さらにトゲを打ち込んでいった。

「世間一般の評価と、ビジネス的な評価は一致しないことが多い…私は経済が専門ではないが、三十路にもなれば社会の仕組みはある程度わかる。それこそ、必要悪という言葉の意味もわかっている」

「…」

「しかし、恥となるようなことを隠し切れず、第三者にバラされるというヘマをやること…これは、バラされた側が無能であることのいい証拠だ。口封じもできず、和解させることもできず、結局交渉をまとめ切れなかった、という証なんだよ」

「そ、それは…」

「金持ちがある程度悪いことをしているなど、私とて承知している。だが…問題はそこじゃないんだ。わかるな?」

「…」

「だが私は優しいから、あくまで公平な勝負に負けたら、という条件で罰ゲームを受けてもらう。私が持っているネタでお前を脅迫するのは簡単だが、それではおもしろくないのでな」

「く…わたくしがそれを受ければ、公開はしないと…そういう話ですのね」

「そうだ。私にどんな名前をつけられるかというリスクはあるが、そんなもの…ビジネス的信用を失うことに比べればなんでもない。それに」

「公平な勝負に勝てばいい…そうですわよね?」

「その通り。お前が勝てば、何の問題もない。受けてくれるな?」

「…私が勝っても、先生が公開をやめないという選択肢もありますわ」

「バカを言うな。そんなズルいことをするくらいなら、わざわざお前をコンテストに出場させるか。このネタで脅して、出場を辞退させればそれですむことだ」

「そう…ですわね。確かにそう…」

みやびはそう言って、悔しげに下を向いた。
だが、それほど悲痛な表情というわけでもない。

「…」

基本的には自分が有利であることを、落ち着いたみやびは感じたようだ。
そっと顔を上げ、綾乃にうなずいてみせる。

「わかりましたわ」

「そうか。頭がいいのは結構なことだ」

「要するに、学院にいる間は『綾小路家の人間』であることを捨てればいい…そういうことですわよね?」

「ああ。名字を捨てるとはそういうことだからな」

「学院にいる間だけ、ですわよね?」

「しつこいな。その通りだ」

少しいら立った顔で綾乃が返す。
対照的に、みやびは笑顔でこう言った。

「では改めて了承させていただきますわ。まあ、この時間は無駄になるでしょうけど」

「そうだな、お前が勝てば無駄になるだろうな。せいぜいがんばるがいい」

「…がんばる? まだ予選の結果も発表されていないのに」

「お前が予選でコケるようなタマか。決勝のスペシャル衣装、楽しみにしているぞ」

「わたくしのこと、認めてくださってるんですのね」

「フフッ、私をただの美少女好きだと思うなよ」

今度は邪悪さを消して、ニヤリと綾乃は笑ってみせる。
みやびも小さく笑い、やがて彼女の前から去っていった。

その後。
再び超満員になった体育館…コンテスト会場に、実況:河原崎の声が響く。

”さぁ~て、長らくお待たせいたしました! ついに、ついに結果発表です!”

『うおおおおおお…!』

まだ予選の結果発表だというのに、会場のボルテージは最高潮である。
それだけ、誰もがこのコンテストの行方を知りたがっていた。

ステージにはミコたち16人が横一列に並んでいる。
実況、そして審査委員長である綾乃の前置きが終わり、ついに予選の結果が発表された!

”まずはひとり目!”

河原崎の声とともに、ドラムのロール音が聞こえてくる。
先ほどはスネアドラムだったが、今度はバスドラムのロールだった。


どららららららららら…


”ミス・クラレンス・コンテスト、決勝戦進出ひとり目は…”


どらららららららら…どどん!


”エントリーナンバー1番、神楽坂 ミコさん!”

「えっ!」

『わあああああ…!』

驚いて、思わず口元を両手で覆うミコ。
そして歓声をあげる客たち。

間髪入れず、河原崎がミコについての総評を読み上げる。

”元気がよくてかわいい、というのが大多数の意見! それとは対照的にウォーキングで見せた色っぽさも評価され、最初の予選通過者となりました! おめでとうございます!”

「あ、ありがとうございます…!」

どこか信じられないような表情のまま、ミコはぺこりと頭を下げた。
頭を上げると、客たちが全員彼女を祝福して拍手を送っていた。

(あ、あたし…決勝行けるんだ、通ったんだ!)

女性にとって、自身の美しさを認められることは最大の歓喜のひとつだろう。
ミコは今、それを胸いっぱいに感じていた。

その後、同じく決勝に進む3名が発表される。
他の少女たちも、ミコと同じように喜びを胸いっぱいに感じていた。

そして残りの枠は1名となる。

”さあ、残すところあと1名となりました! ミス・クラレンス・コンテスト、決勝戦に進むのは…!”


どらららららららららら…どどん!


”エントリーナンバー16番! 綾小路 みやびさん!”

『きゃああああ!』

『みやびさまぁぁぁぁ!』

最後のひとりに呼ばれたのはみやびだった。
それは順当な結果とも言える。

「…フン」

彼女自身もそう思っていたらしく、ミコたちのように喜びに震えるということはなかった。
ただし礼儀として、一歩前へ出て頭を下げる。

その時。

「…え?」

みやびの耳に、小さくこんな音が聞こえた。


チャキッ


それは金属音。
音がした方向をちらりと見る。

「な…?」

そこには、顔も知らない男がいた。
みやびに何かを向けている。

「ククッ」

男は小さく笑い、素早くステージに上がってきた。
まとわりつくような動きでみやびの後ろに回る。

「あ、あなたは…!」

「大人しくしてろよ、おじょーちゃん」

男はそう言って、みやびに向けていた何かを天井へ向けた。
それを握っている右手に、力を入れる。


ドォン!


それは拳銃だった。
天井に向けて発砲したことで、観客たちが一斉に悲鳴をあげる。

『きゃあああああ!』

『うわあああ!?』

それは誰もが予想し得ないことだった。
コンテストの予選発表の場は、見知らぬ男によって突如…支配されるに至ったのである。

>その6-1へ続く

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