昭和57年当時 教育隊の分隊先任班長は元大和乗組少年兵。

ある時、自習時間だったか

先任の講和がありました。


制帽はいつもやや傾けて被られ、ものすごく痩せてるようにお見受けしました。

堅苦しい、旧軍人口調はこんな感じか?と思わされる。

ものすごく記憶に残っている方。失礼ながら亡霊かと思うくらい。

立場上、直接接する機会はほぼありませんでした。

マーク職種は機関科。


私なんかから見たら 死地をくぐり抜けて来て、初期から海自に勤務された凄まじい軍神に思えました。そのくらい、何かオーラがあったと思います。


定年前、もう思い出したくもないだろう記憶を我々のため、語られました。

普通講話は幹部クラスだと認識。特別にそういう機会を設けてくださった。


今思うと、先任の中では戦争は

まだ決着のついてない、やりきれない思いを背負ってたのかなあと。


核保有を笑顔で語る新興政党


私は背を向け耳を塞ぎます。