今月はきちんと“毎日更新”せねばと思った如月一日に、先日の「葛城アキを海上自衛官にする!」でもリンクを張った記事「『海上』といえば葛城アキ!」が、昨日のハッシュタグランキング「#アンゴラ」で、なんと2位になっていた(゚ロ゚)
まあ、確かに尾行時の葛城アキは白いアンゴラのセーターを着てるけどね(^^ゞ
ところで、先日は、娘と一緒に広島県立美術館開催の個展「木村伊兵衛 写真に生きる」を鑑賞した。芸術鑑賞で美術館を訪れるのは、昨年11月3日(文化の日)に広島市現代美術館に行って以来だ。
木村伊兵衛氏は主に大正から昭和40年代まで活躍した、日本写真界の重鎮中の重鎮で、「木村伊兵衛賞」なる権威あるコンクールがあるほどだ。ただ、氏はハッセルや一眼レフといったカメラは使わず、もっぱら使用したのはスナップ用のコンパクトなカメラだった。もっともコンパクトといっても、世に名だたる、かの“戦場カメラマン”ロバート・キャパも愛用した、カメラ業界の最高機種“ライカ”だけどね(゚ロ゚)(^^ゞ
これが木村伊兵衛氏の“自写像”(この表現で良かったかな? (^^ゞ)
氏の愛機だった、本物の「ライカM3」も展示してあったが、館内撮影不可だったんで、RCC(中国放送)の映像から(^^ゞ
今回165枚もの作品が展示されていたが、その歩どんどがスナップとポートレート。その一枚一枚を食い入るように見させて頂いた。昨年の『Aki AgentAngel』撮影時にフォーカズで結構悩まされたので、どうしてもピントに目が行ってしまったが、正直、』氏の写真は思ったほどピントはシャープではなかった。っていうか技巧的に走った写真はそんなになかった。しかし特にスナップにおいては、その躍動感は半端なかった。感覚的には、まるでそこにカメラマンもカメラも存在していないかのような、例えるならば“四次元のポケット”から覗いて撮影したのか、と錯覚してしまうような、人々の生き生きとした姿が写し撮られている。その空気感、開放感は半端なかった。また二次元の静止画に過ぎない写真が、氏の手に掛かるとあたかも三次元の動いている映像に思えるくらい、躍動感に満ち満ちていた。
先ほど“技巧的に走った写真はそんなになかった”と書いたが、あくまで“そんなになかった”だけで、年齢と経験を重ねていく度に、さりげなく背景を巧みにボカしたり、鏡の前の被写体を撮る際に、ケースバイケースでフォーカスを直接本人に合わせるか鏡の中の被写体に合わせるかを選択するなど、気づかないところに細かな配慮が成されていた。他にもヨーロッパの町並みとそこで暮らす人々の営みを俯瞰で捉えるという,また違った意味での「“四次元のポケット”から覗い」た写真も多くあった。かの有名な、そして今回の個展のポスター・チラシにも採用された「秋田おばこ」の写真などは、農家の娘らしからぬ容貌の被写体だったため、被った笠を敢えて顔を隠すようにフレームに大きく入れるなどのテクニックを用いていた(んだそうだ)。
日頃、デジタル一眼レフカメラで映画撮影を行っている故、写真の鑑賞は大変参考になる。改めて映像は画像の集合体であることを再認識すると共に、今回の鑑賞が今後の映画撮影の参考になれば、って思う。兎に角大いに刺激を受けた。木村伊兵衛氏は、私が小学生の頃に亡くなっていて、もう既に死後半世紀以上経過している。しかしまさに「虎は死して皮を残す」ではないが、氏も「死して作品を残す」を実践して、未だこうやって人々に、とりわけ後進のカメラマンや映像を志す者に、多くの感動と志を教え続けている。そう思うと、はや半世紀以上も生きていながら、何も残せていない自分が恥ずかしくなることしきりだった(^^ゞ
ところで、今回同じ広島県立美術館の地下で、当団体のメンバーで日頃“広島発ヒロインアクションムービー”のチラシデザインでお世話になっている方の関係する(そして『台車ガール』の撮影で全面協力してくれた)、比治山大学短期大学部美術科の卒業・終了制作展がたまたま開催されていて、しかも今日が"楽日"だったんで、これも鑑賞してきた。
最終日ということで、同科の中心人物であるその方も来場しているかと期待したが、残念ながらお会いできなかった。しかし展示の方は写真展とまた違った、大学生特有の自由度溢れる展示、特にアニメーションや漫画に特化した展示は目を引いたし、「大学でここまで出来るのか」と唸らせるモノも多くあった。兎に角私のイメージする卒展とは異なる雰囲気の展示だった。もう今日で最後だったんでPR出来なかったのは悔やまれるが、それこそ卒展という堅苦しい雰囲気ではなく、アニメに興味ある人がフラッと来ても楽しめる内容だったよ。
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