先日のブログ記事では、映画の短編化について書いた。

 

 かの『サマーフィルムにのって』では、未来からやってきた青年が、未来の映像は全てCMのように尺が極端に短く、もう映画のような長編は存在しないと語り、まさに今の“タイパ”の行く末を案じたような設定だった。流石に現時点ではそんなことはないと思うが、確かに未来はわからない……

 

 ところで、その対極をなすのが、意外にもヒロインレーベルのGIGAようた。内容が内容だけに、逆に30分程度の尺でもおかしくないのに……そんな2時間モノを拝見すると、尺の割りには場面転換も少なく、登場人物の人となりを掘り下げている様子もない。主人公は冒頭からいきなり戦闘のフィールドにいて、戦闘員や“アロン”のような幹部怪人(このたとえ、わかりますか?(^^ゞ)を一蹴し、まずは己の能力を見せつけ、そこからその能力を分析した敵組織が罠を張り、ものの見事に罠にはまった主人公のヒロインが、敵組織のあの手この手の攻撃に責めさいなまれる(ここが一番長い……まあ、そう言うジャンルのレーベルだから(^^ゞ)、ってのがフォーマットのようだ。これだけなら前述のように30分程度か、せめて1時間の枠に収まりそうなのに、上述の通り、長いものは長い。その原因は、敵によるワンパターンの攻撃にあるように思える。殴るにしても蹴るにしても、そして電撃にしても、同じ攻撃を延々繰り替えす。飽きてしまって早送りしても、まだやっている。こんなに同じ攻撃を繰り返していたら、流石にヒロインにも耐性がつくだろう、って思うくらいだ。制作サイドで考えたら、まるでそれで尺を稼いでいるかのように思えるしつこさだ。当然観る方にも“耐性”がついてきて、何とも冗長に感じる。流石に5分も“腹パンチ”を見せられたら、いくら音とヒロインのうめき声で演出しても、それが当たっていないか、もしくは撫でるような軽いパンチであることぐらい見抜けてしまうよ。電撃にしても、実際に流すわけでもなく、後からCGか何かで電流を合成するんだから、その処理前の何もない状況で、延々女優に悲鳴を上げさせたり苦悶の表情をさせたり白目を剥かせるのは、演者も含めて撮影現場ではあまりにも白々しい状況であることが見て取れて、観ていて逆に痛々しくなってしまう。

 昨年10月開催の「広島発ヒロインアクションまつり昭和100年」でも公開した、稲葉司監督作品『おっぱいロケットガール』で主演を務めた紺野みいな嬢は、上記のGIGA作品でもエース級の活躍を魅せていた。これはその戦闘シーン。

 

 こちらは件の電撃シーン。後処理されたであろう電撃の合成を抜いた実際の映像を考えると、本人の頑張りは別として、いささか滑稽な状況が見て取れる。おそらく何の刺激もないまま、一生懸命“苦しみ”“衝撃”を演じていたのだろう。

 

 やや話がテーマから逸れてしまったが…………ヾ(- -;) 要は、短すぎる尺も考え物だが、冗長な尺も考え物……常識ながら、やはりケースバイケースということで……

 

 

 

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