今日、日本映画専門チャンネルで、久しぶりに『ゴジラ対メガロ』を観賞した。つい最近まで私の中では「ゴジラ映画サイテー作品」に位置付けられていた作品だ。

 

 何といってもロボットであるジェットジャガーが、物理の法則を完全に無視して巨大化するってのが頂けない。またゴジラの擬人化が甚だしく、かつ着ぐるみの造形が最悪だ。メガロの光線をキングギドラの引力光線と同じ雷状にすることで、過去のギドラの破壊シーンを切り返しで流用するあざとさも、“東宝自衛隊”のシーンが過去の作品からのパッチワークで、しかもメーサー車の攻撃シーンでメガロが一瞬ガイラに‟変身”するのも頂けない。極めつけは、地上人(人類)の核実験に抗議してシートピアがメガロを送り込んだのに、それを水爆怪獣のゴジラが人類の肩を持って撃退するっている設定が、第一作の『ゴジラ』から連綿とその底辺に流れる「反核」の精神に逆行する(本来ならば「シートピア」の言い分の方が正論である)点が許せない。

 

 そんなわけで、歳を取るうちに(といっても小学生から青年に成長する過程だが)徐々にこの映画が観ていて恥ずかしい作品になっていったんだけど、この歳になって「チャンピオンまつり」を許容できるようになってくると、そこまで抵抗はなくなってきた。1971年に坂野義光監督が「チャンピオンまつり」の枠内で『ゴジラ対ヘドラ』という傑作の異色作を生み出したが、翌年の『地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン』とこの『メガロ』は、「『チャンピオンまつり』の映画ってこう撮るんだぜ」とでも(福田純監督が)言いたげな、まさに“正統派”の「チャンピオンまつり」作品だったといえる。個人的には、私もジェットジャガーのデザインだけは実はカッコいいと思っていた(;^_^A

 

 

 ところで、今回改めてこの『ゴジラ対メガロ』を観て、ふと感じたことがある。「シートピア」なる地底王国という設定、地底から現れるメガロ、ヒューマノイド型のジェットジャガーが助っ人にゴジラを呼びに行くなど、どこか『ゴジラ×コング 新たなる帝国』に似てはいないか。ジェットジャガーを同じヒューマノイドに近いゴリラ系のキングコングに置き換えれば、コングはゴジラを呼び起こすし、地底世界はメインに出てくるし、スカ―キングやシーモは地底から登場する。

2対2のタッグも、『~メガロ』と同じだ。

 

 

 そういえば、シーモのモデル(と勝手に思い込んでいる)アンギラスも『メガロ』の冒頭に一瞬だけ姿を現すし(;^_^A

 

 

  『ゴジラ対メガロ』は、アメリカのCATVでヘビーローテ―ションで放映され続けたため、日本では信じられない程全米でファンが多い。『新たなる帝国』のアダム・ウィンガード監督も、どこかで『メガロ』を観てたんじゃないかな(;^_^A それとも、『メガロ』的“能天気”な世界観がアメリカ人気質に合うのかな?

 

 そんなわけで、全くの私感ながら『ゴジラ×コング 新たなる帝国』の根底には『ゴジラ対メガロ』の影響があるのでは以下って思った次第。ちなみに今年2024年は、アメリカに渡って大活躍したイチローの背番号と同じ、“メガロ生誕51周年”である(;^_^A

 

 

 

 

お好み焼きは好き?

コナモンっていうよりは、そば(中華)がメインの広島のお好み焼きじゃ!

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