今年のNPBパシフィックリーグの全日程が終了し、そんな中、埼玉西武ライオンズが42年ぶりの最下位になってしまったんだそうだ。
最近はやや落ち着いた感があるが、1980~1990年代の西武ライオンズは、今のソフトバンク以上に強くて“憎ったらしい”チームだった(;^_^A かの「10.19」(1998年)最後の最後で近鉄バファローズがあと一歩優勝に届かなかった時の優勝チームも西武だった。
かつて西鉄ライオンズが身売りによって、「太平洋クラブ」「クラウンライター」と親会社が変わる中、低迷を続け、それが「西武」になって所沢に移転後、破竹の勢いで勝ち始めた(それ故ようやく「ライオンズ」という勇ましい球団名に恥じないチームになったなぁ、って当時は思ったっけ(;^_^A)ので、今回のこの記事を読んで、その“42年前”とはてっきり「クラウンライター」時代の最終年かと思ったら、実は「西武」ライオンズ初年度のことだったようだ。それで当時のことを思い出したら、確かにメチャクチャ弱かった。初年度の西武ライオンズは。
その創成期は、今の東北楽天ゴールデンイーグルスを彷彿させる船出だった。阪神から田淵を、ロッテから山﨑と野村(ノムさん)をトレードで獲得し、社会人の松沼兄弟をドラフト外で入団させたものの、その他の陣容は監督も含め、クラウンライター時代のまんま。球場は素晴らしかったものの、開幕以来連敗を続け、確か二けた連敗の果てに、球団初勝利は、新人の松沼兄(博久)だったんじゃないかな。
アニメ映画『がんばれタブチくん!』で取り上げられたりもしたが(それはそれで当時のパリーグのことを考えたら破格の扱いだったが)、それでも西武グループの資金力で、その後選手を集め、そして知将・広岡達郎を監督に据えてから、いつの間にか常勝球団に姿を変えてしまった。それこそ「金を掛ければチームが強くなる」典型の球団で、今のソフトバンクにその意思が受け継がれているような気がする。
まあ、最下位になって嬉しいことなんて全くないだろうが、この42年ぶりってのも、ある種「勲章」といっていい話である。それにしても、そんなに昔の話ではなかったと思っていたが、あの球団身売り、埼玉移転騒動から、もう半世紀近い時が経っていたんだなぁって、感慨に浸ってしまった。思えば当時、中三だったんだよなぁ(;^_^A
西武42年ぶり最下位「逆に凄い!」の声 80年以降1位18回、2位8回、3位8回、4位5回、5位2回
◇パ・リーグ全日程終了(2021年10月30日)
パ・リーグは30日、今季の全日程が終了。最終順位が確定した。日本ハムはこの日、ロッテに勝ちか引き分けで5位確定だったが、ロッテを5-3で下し、5位が決まった。これにより西武が1979年以来42年ぶりの最下位となった。
所沢移転1年目の1979年、根本陸夫監督2年目で最下位となって以来42年ぶりの“珍事”が確定し、ネット上でもパ・リーグ全日程終了後すぐに話題に上がると、「逆に凄くない?」「初めて見た気がするって思ったら、生まれてねえよ」「生まれて初めて見る…」「黄金期を見てきた側からすると、なかなか感慨深い」など驚きと“称賛”が相次いだ。
それもそのはず、最後に最下位になった翌年の80年から今年最下位になるまでに1位が18回、2位8回、3位8回、4位5回、5位2回 でBクラスになったのもわずか7度だけ。82年からは25年連続Aクラスだった。70年代は6位が6回、5位1回、4位2回、3位1回で1、2位はなし(73~82年までの10年間、パ・リーグは前後期制)。最下位になったことで、改めて80年以降の黄金期を含めた西武の凄さがあぶり出される形となった。ちなみに前回のBクラスは14~16年の3年間で5位、4位、4位だった。

