今日は居合のY先生が「刀の重みを感じるように振る事」と言っていた。そこで私が考えたのは、ギターのK先生も「指の重みを感じるように弾く事」と言っていた事だった。

両者に共通しているのは、「ツールに力を掛けすぎない」という事であろう。

ところで、昨日彼女に「遠山さんは人にモノを教わるのが苦手なんだね。プライドが高いのかな?」と言われたが、私は「自己流で到達した技術に先人の知恵を肉付けする」という手法で生き残って来たのであり、プライドの問題ではない。

ただ単に、ギターではまだ真に技術的・芸術的な核にたどり着いていないだけであり、先生の教えを無視しているわけではない。

居合は殺意さえあれば大丈夫であり、法律は法的人格が、語学は例文の内容との親和性が重要であり、投資は利益へのセオリーが重要であり、政治はその全てがあればなんとかなるが、ギターには何が必要なのか。

ギターというツールにとって真理とは何か、それを探究しなければならない。25年もやっていてまだ分からないのである。

結論:結局、一番長く付き合っているギターが一番難しい。

jleo