新たな戦争を遂行したい有権者は若者を中心に確実にいるようである。私は思想家としてそうした声に応えたい。

「戦争しよう」と言う者から殺していけばよいというのは優れたアネクドートであはあるが、根本的な解決にはならない(世界政治における昨今の戦争ブームを相殺するには役立ったが)。

新たな戦争は正義が実現される戦争であり、死ぬべき人間だけが死に弱者が恩恵を受ける戦争である。

弱者を搾取する構造的暴力を排除するとともに、弱者が日常の潤いレベルで思想的恩恵を受けられる戦争でなければならない。

そしてまた死の名誉を求める強者の一部が死ぬ戦争でなければならない(死者のない戦争とは政争である)。

強者と構造的暴力をぶつけ余波を最低限に抑える事がその方途であろう。

現在の世界政治において強者とはアメリカである。

そして構造的暴力といえばロシア赤軍と中国人民解放軍であろう。

また弱者は日本やASEAN諸国である。

米中の軋轢を日本の頭越しにやるのは理に適っており(弱者への余波を抑える)、ASEANに対する中国の圧迫に対してアメリカが策動する事(構造的暴力相殺)も間違いではない。

ちなみにロシア赤軍は、私がメロメロに「メルトダウン」させているので今しばらくは安全である。

ただ、アメリカ軍は中国人民解放軍に・私はロシア赤軍に対して妥協を強いるためにアジアにプレゼンスを置くのであって、闘うために配置されているわけではない。

米中の新冷戦と私ロの核戦略の相克が、アジアの世界政治の実相である。そして、どちらも死人が出れば大戦争に発展しかねない。

戦争に期待する有権者はその辺の情勢を注視する事をオススメする。

jleo